「……」
クロニカは息を殺しながら遺跡を進む。
先程投げた偵察球から得た情報によると遺跡が建てられたのは数千年前で、材質は殆どが未知の金属。ひび割れた壁の内部には幾何学的な青い筋が走り、壁の破片を採取して持ち帰るだけでも稼ぎになりそうだ。
「……静かすぎるな」
奥へと進むにつれて嫌な予感が膨らんでいく。入り口からかなりの距離を進んだが、未だに守護者と遭遇していない。
これ程まで高度な技術が使われている遺跡に守護者が配備されていないのは不自然だ。
「こんなに不用心な遺跡は初めてだ。守護者が一匹もいないし……防御機能も殆ど動いてない」
クロニカは今までに何度も遺跡に潜り込んだが、ここまですんなりと侵入を許す遺跡など無かった。
この遺跡よりも小さく、殆どの材質が石とコンクリートで構成された低級な遺跡にも守護者は配備されている。何らかの機能異常や経年劣化で守護者が停止していた話はあっても、防御機能が全停止している遺跡など聞いた事がない。
「うーん、ひょっとするとこれは……」
暫く遺跡を道なりに進み、大きく開けた空間に出たところでクロニカは立ち止まる。
「……ヤバいかも」
咄嗟に来た道を戻り、壁を背にして周囲を警戒。偵察球を取り出し、如何にもな雰囲気の漂う開けた空間に投げる。
「道中に守護者無し、防御機能も無反応、奥へと続く道の先にはいきなり広い大部屋と来た」
クロニカは半ば諦めながら左腕から浮き上がるパネルを注視する。
「あーあ、絶対罠だろ。畜生、こんな単純な手に引っかかるとは……」
偵察球から情報が送られてくる。
「……ああ、くそっ。やっぱり賭けが成立しねーや、こりゃ駄目だ」
案の定、パネルには休眠状態の守護者の反応が表示され、大部屋をぐるりと囲む大量の青い三角マークにクロニカは頭を抱える。
(……いや、待てよ。オレは確かにあの部屋に踏み込んだよな)
(なのに、何でまだ休眠状態なんだ?)
だが、ここでクロニカは諦める前に素朴な疑問を抱いた。
遺跡を守る守護者はどんなに小さな反応も見逃さない。小動物にすら反応する彼らの索敵機能が、不用意に侵入してきたクロニカを見逃す筈がないのだ。
「……はっ、駄目で元々。どうせオレは生まれた時から神様に見捨てられてんだ」
クロニカはコヨーテBを構えて大きく息を吸う。
「そんな無能が覚悟と度胸まで失くしたら……もう何も残らねえ!」
勢いよく大部屋に躍り出る。部屋は円状、遮蔽物になる柱は無し、囲まれればそれで終わりだ。
「……!!」
クロニカはコヨーテBの照準越しに周囲をぐるりと睨む。
最初に踏み込んだ際は気づかなかったが、大部屋の青い照明に溶け込むような青い装甲を身に纏う守護者が天井の窪みにビッシリと収まっている。
(……来いよ、来るなら来い!)
(オレの覚悟を見せてやるよ!!)
武器を構えながら天井を睨む……だが一向に守護者が降りてくる気配はない。
「……!?」
侵入者が目前に現れたというのに、彼らはまだ眠ったままだ。
「……マジかよ」
クロニカは銃を下ろす。一気に緊張が解け、行き場を失った決死の覚悟は身体からすうっと抜けていく。
「ははっ、こりゃあ……俺の勝ちってことでいいのかな?」
ブブ……ン
「!!」
そうして油断した瞬間に何らかの装置が起動。大部屋の奥にある壁から青い光線が放たれる……
「くそっ……!!」
回避など間に合わないと察したクロニカは硬く目を閉じる。
「……ッ!」
ジ、ジジジ……ジ……
「……あ、あれ?」
不思議なことに、壁から放たれた青い光線が命中してもクロニカは存命だった。青い光はまるでクロニカを調べているかのように全身を包み込み、予想外の事態に彼が困惑している内にパッと光が消える。
すると奥の壁に青い光の筋が走り、大きな丸い光の門を描き出す。
「な、何だ……!?」
壁に描かれた門は一人でに開く。完全に開ききると、今度は門の上に青い古代文字が浮かび上がった。
────Welcome back
────You are my treasure
────I’ll always be here for you
────My sweetheart……
クロニカは優しく点滅する青い文字を暫く呆然と見つめていたが……
「……読めねえよ、俺は学者様じゃないんだ」
クロニカの学力では解読不能な古代文字を一先ず無視し、コヨーテBのトリガーに指をかけたまま光の門へと向かった。
「しっかし、本当に凄い遺跡だな。ここまで大掛かりで高度な技術は見たことないぞ……」
クロニカが門を通り過ぎると、壁は再び固く閉ざされる。
まるで彼以外の者の侵入を拒絶しているかのように……
「……」
門の先に広がるのは青い光の筋が静かに脈動する謎の部屋。地面を、壁を、天井を、まるで動脈を流れる血液のように走る光が収束する部屋の中心にソレは眠っていた。
「おいおい……マジかよ。これは……」
クロニカは思わず目を見開き、無意識の内に笑みを浮かべる。
「……聖異物! それも、ここまで状態が良い物があるなんて……!!」
遺跡の奥に眠っていたのは変わった形状の白い兜。青い光が集う四角い鉄の玉座に鎮座し、何千年も経過しているというのに目立つほどの傷汚れはない。
「やった、やったぞ! 大当たりだぁ!!」
思わぬ大物を探し当て、クロニカは柄にもなく大喜びした。
「やったぞ、レイコォー! はーっはっはーっ!!」
……左腕の装置に届いた、探知小刀からの悪い報せにも気がつかない程に。
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