悠久のクロノス

~神に見放された無能のオレが、白いポンコツや灰色の相棒と世界を旅するだけのお話~
ヨシコ
ヨシコ

ACT.32

公開日時: 2020年10月27日(火) 13:19
更新日時: 2020年11月17日(火) 19:25
文字数:2,399

〈ヴァルルルルルルルァアアアアアッ!!〉


 月明かりが照らす夜のアクリ村に魔物の咆哮が木霊する。


「うわああああーっ!」

「ファンタズマだぁぁっ!」

「逃げろ、逃げろおおーっ!」


 村人達は一心不乱に逃げ回る。今までこの村がファンタズマの襲撃を受けた事は一度もなく、更にレント達の報告で安心しきっていた彼らに出来ることは悲鳴を上げて逃げるのみだった。


「ひいいっ!」

「皆、早く裏手から村の外に逃げろ! 俺がコイツを食い止める!!」

「あわわわっ!」

〈ヴァルルルルルッ!〉


 しかしファンタズマは逃げる村人達には目もくれず、此方に刃を向けるレントにすら煩わしそうに威嚇するだけだ。



(何故、襲って来ない!?)



 レントは今まで多くのファンタズマと対峙してきたが、目前にエトが居るのに襲おうとしない個体と遭遇したのは初めてだ。



「くそっ、あの声はまさか……ッ!」

《ヴァルルルルルルルァアアアアアッ!!》


 両者が睨み合う中、クロニカが孤児院の外に飛び出してくる。彼が飛び出して来るや否やファンタズマは咆哮し、驚いたクロニカは反射的に耳を押さえてポンコツを地面に落としてしまう。


「……ッ!」

『ま、まさか! アイツは!!』


 そのまさかだ。二人の目に飛び込んできたのは1匹の黒い魔物。より禍々しく大きな体躯に変化して全く異なる姿に変わっていたが、その憎悪の滲んだ血走った瞳は先程戦った群れのリーダーと同じものだ。


「あの化け物、まだ生きてたのか!!」

「クロニカ!? どうして出てきたんだ、早く建物の中に戻れ!!」

〈ヴルルルルルゥ……!〉


 クロニカの姿を見た途端にファンタズマの様子が変化する。黒い外皮をカチカチと逆立てながら大きな眼で彼を睨み、明確な殺意を顕にした。


「ちっ!」


 レントは地面が割れるほどの勢いで大地を蹴り、ファンタズマに接近して斬りかかるがその尻尾で受け止められる。


「レ、レントさん!」

「早く逃げろ! 邪魔だ!!」

〈ヴァアアアアアアアッ!〉


 ファンタズマはレントの剣を弾き、大きな腕で殴りつける。


「ぐうっ!」


 鎧の上からでも骨が軋む程の重い一撃にレントの表情が歪む。しかし歯を食いしばり、両足を踏ん張って堪え、直ぐにレントは大剣で反撃。ファンタズマの首元目掛けて剣を振り下ろす。


〈ヴァルルッ!〉


 だがファンタズマは後ろに跳んで斬撃を回避。躱しながら尻尾を振り乱してレントを攻撃する。


「ぬううううっ!!」


 鋭い刃の備わった黒い尻尾は堅牢な魔導鎧マキナ・メイルに幾つもの傷を刻む。レントは膝を付き、苦しげに肩で大きく息を吸う。



(……こいつ……!)



 レントの表情に焦りが浮かぶ。このファンタズマは強敵だ。恐らく、今まで戦ったどの個体よりも。


〈ヴルルルル……〉


 ファンタズマは唸りながら尻尾を揺らす。鋭い牙の生え揃った口を大きく裂かせ、黒い尻尾で鋭い突きを繰り出す。


「くっ!」


 レントは突きを大剣で防ぐ。だが弾かれた尻尾は瞬時に横薙ぎへと攻め方を変えて襲いかかる。レントは二発目の攻撃を防御しきれずに勢いよく吹き飛ばされた。


「ぐおおおおっ!」


 近くの民家の壁を突き抜けて土煙の中に姿を消す。ファンタズマは吹き飛んだレントに見向きもせずギロリとクロニカを睨んだ。


「レントさんッ!」

『ク、クロニカ! 早く僕を拾って変身するんだ!!』

「お、おうっ! 言われなくても……ッ!!」

〈ヴァルルルルルウウッ!〉


 急ぎポンコツを拾い上げて装着しようとするが、ファンタズマは目にも留まらぬ速さでクロニカに接近。


「うおわっ!」

〈ヴァアアアアアアアアアアアアッ!!〉


 クロニカの心臟を狙って大きな爪を突き出す。


「うわッ!!」


 だが、ファンタズマの爪はクロニカが咄嗟に盾代わりにしたポンコツに弾かれた。


〈ヴァッ!!〉

「ぐっ!!」

『うおおっ!?』


 間一髪ガードに成功したが、ファンタズマの圧倒的なパワーはクロニカを思い切り吹き飛ばす。


「ああああああっ!!」


 クロニカの身体は軽々と宙を舞い、一気に上空10ブレイルの高さまで飛んだ。


『た、高っ!!』

「……ッ! こ、この高さはちょっと……っ!!」

『変身! 今のうちに僕を装着して変身をっ!!』

「無茶言うなっ! さっきの一発で腕が痺れて……っ!」


 そのまま地面に落っこちていくクロニカをレントがキャッチし、地面にズシンと着地する。


「……っ」

「大丈夫か!?」

「はぇ? ええ……だ、大丈夫だと思います……」


 頭から血を流し、決して軽くないダメージを負ってもクロニカの方を心配するレントにクロニカは不覚にもドキッとした。


『す、凄いな! あの高さから彼を抱えて着地しても大丈夫なのか!?』

「!? 何だコレは……喋れるのか!?」

「え、ええと! そうなんです……詳しい事はわかりませんけど!」

「……まぁ、今はそんな事を気にしている場合じゃないな」


 レントはクロニカをそっと降ろし、無骨なフェイスガードで顔面を覆う。


「コーザが村人達を誘導して裏手から避難させている。お前も早くそっちに向かえ」

「で、でも」

『ここは僕達に任せろ! 君はそいつと一緒に村人の避難を』

「何を言っているんだ、コイツは。俺は討伐者ブレイバーだぞ? 化け物の相手は俺の仕事だ」


 レントはそう言って背中に収めた大剣を再び抜き放ち、ファンタズマと対峙する。


討伐者ブレイバーでもないお前が化け物と戦う必要はない」

「……」

「早く行け、二度は助けんぞ」


 クロニカはレントの気迫に押され、何も言えないままポンコツを抱えて走り去る。


『お、おいっ! クロニカ!?』

「……仕方ねえだろ、オレは討伐者ブレイバーじゃねえんだ。化け物の相手はあの人に任せりゃいい」

『だが……っ』

「どうせ変身しても、肝心な時に変身が解けて赤っ恥かくだけだ……!!」

『……』

「大丈夫だ、あの人はオレなんかよりずっと強い! すぐにあの化け物を倒してくれるさ! なんたってあの人はBクラスの熟練討伐者ブレイバーなんだからな!!」


 そう言ってクロニカはコーザの所へ向かう。


 自分でも理由はわからないが、レントの前ではあの姿クロノスになりたくなかったのだ。


Thank you for reading!(*'ω'*)+

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