時は少し遡り、場所は遺跡の外……
「ぜぇ……ぜぇ……や、やったか?」
ドッガが疲労困憊の様子で、青い血がこびり着いた愛用のハンマーに凭れ掛かった。
「ああ、見てのとおりだ」
アックスは息絶えたファンタズマから斧を引き抜く。少々息は上がっているが彼らに目立った外傷はなく、アックスはトラックで待つ二人に向かってサムズ・アップした。
「ざ、残弾ナシ……ギリギリでしたね」
「あー、寿命が縮んだわ……」
ボンネットが大きく歪んだトラックの荷台でアリィとメイリがボヤく。
「でも……もしリーダーがアイツじゃなかったら寿命が縮むどころか、とっくに死んでたでしょうね」
高機動トラックによる先制の体当たり攻撃に加えてアリィとメイリの援護射撃が功を奏し、ファンタズマとの戦闘はアックス達の勝利に終わった。
ドッガのハンマーはファンタズマの鎧の上からでも体内に衝撃を与えて動きを止められる上に、独自の発熱機構を持つアックスの片刃斧は鎧ごと肉を焼き切る強力な魔動機だ。
「まぁ、上出来だな」
人類種の天敵とされるファンタズマだが、単体であれば実力のある探索者がパーティを組んで臨めば倒せない相手ではないのだ。
「……だが、アリィとメイリは弾切れか」
「バカスカ撃ちまくってやがったからな。アイツらの援護がなけりゃ俺たちもキツかったが……」
「仕方ない。今日はコイツの素材でガマンしておくか……一旦、引き上げるぞ」
「遺跡はいいのか? とんでもない宝が眠ってるかも知れないんだぜ?」
「どうしてもと言うなら俺は止めん。行きたいなら行け……」
「……ちっ、仕方ねえなー!」
アックス達は息絶えたファンタズマの死体をトラックまで引きずって運ぶ。
「あ、二人が戻ってきま……」
突然、二人の様子を見ていたアリィが目の色を変えて硬直する。
「……」
「? どうしたの、アリィ?」
「……え、嘘……。嘘でしょ……」
「アリィ?」
アリィの瞳には、アックス達の後方から急接近してくる黒い影達がハッキリと映っていた。
「リーダー! ドッガさん! 死体を捨てて早く戻ってください!!」
「ど、どうしたのよ、急に」
「後ろから新手が来てます! 早く……早く逃げてぇー!!」
アリィは思わず荷台から飛び降り、両手を振って大声で叫んだ
「……聞こえたか?」
「……ああ、聞こえた」
彼女の声が聞こえたアックス達は互いの目を合わせた後で咄嗟に死体を捨て、武器に手をかけながら同時に後ろを振り向く。
「……おい、ドッガ。何でお前も振り向くんだ? さっさと逃げろよ」
「何だよ、いつもみたいにまた俺に足止めを頼んだのかと思ったのによ」
「二人共、何してるんですかぁーっ! 早く戻ってきてぇぇー!!」
「アリィが戻れと言ってるぞ、さっさと戻れ」
「テメーに言ってんだよ、馬鹿。さっさと戻れや、アックス兄貴さんよ」
「いや、もう遅い。アイツらと目が合った」
アックスは此方に向かってくるファンタズマを見ながら苦笑いする。
「俺が時間を稼ぐ、お前は二人の所に戻ってトラックで逃げろ」
「うるせー、テメーはリーダーだろうが。あいつら連れて逃げるのはテメーの役目だ」
「……全く、強情な奴だ」
「はっ、テメーがな!!」
二人は互いに譲らずに武器を構える。
向かってくるファンタズマの数は2匹、先の戦いで疲弊している彼らにこの怪物達を倒せるだけの余力はない……
しかし『お前 (テメー)は死なせられない』という不器用な気遣いが、お互いの逃げ道を奪ってしまった。
「……まぁ、二人の方がより時間は稼げるか。精々、踏ん張れよ」
「テメーがな!!」
アックスとドッガはそう言ってファンタズマ達に突撃する……
〈ヴォオオオオオオッ!〉
〈ヴァルルルルルルッ!〉
だが、ファンタズマは何故か二人を無視し、攻撃を仕掛ける事もなく一直線に遺跡へと向かっていった。
「何っ!?」
「なっ!?」
二人は思わず振り返る。
ファンタズマ達が此方を攻撃せず、更にエトの気配など微塵もない暗い遺跡の中へと飛び込んでいく不可解な光景を前に流石のアックスも大いに混乱した。
「……ファンタズマが、俺たちを見逃した?」
「ど、どういう事だ!? しかもあいつらまで遺跡の中に……」
「リーダァァーッ!!」
アリィが泣きながら2人に駆け寄ってくる。
「……」
「何で、何で戻ってこないんすかぁぁー! 死んだらどうするんすかぁぁー! 馬鹿ぁぁぁぁぁー!!」
「お、おう……悪かった。謝るからもう泣くなって……」
「うゎぁぁぁぁぁん!!」
「……今日はもう撤退だ。異論は無いな? ドッガ」
「……おう」
図らずも命拾いした2人はこれ以上深く考える事を辞め、とにかく今は撤退することに決めた。
◇◇◇◇
そして時は戻り、遺跡内部……
「え、あっ……何……っ」
クロニカが赤い飛沫を自分の血だと認識する前に刃は乱暴に引き抜かれ、その胸からはドス黒い血が吹き出す。
「ごぷっ!」
クロニカは激しく喀血し、白い兜を掴んだまま落下した。
《お、おい! しっかりしろ!!》
「が、がはっ……がはっ!」
《何だよ! 一体、何が……!!》
〈ヴルルルルルッ!!〉
《なっ……!!》
倒れるクロニカの後方からファンタズマが現れる……アックス達が遺跡の外で遭遇した新手の2匹だ。
《そんな……!!》
クロニカを攻撃した1匹は徐ろに尻尾の血を振り払い、もう1匹が唸り声を上げて躙り寄る。
血を止めどなく溢れさせるクロニカの姿を、白い兜はただ絶望しながら見ているしかなかった。
「……ごふっ! げぼっ! こ、これ……キツイな」
《し、しっかりしろ! 大丈夫だ、ちゃんと手当てをすれば……!!》
「はは……大丈夫、だって?」
《……ぼ、僕を信じろ! 君の傷は急所を僅かに逸れている! すぐに止血して傷を塞げば、まだ……っ!!》
〈ヴシュルルルルッ!!〉
〈ヴルルルルゥゥ!!〉
ファンタズマは獣よりも獰猛な青い眼でクロニカを睨む。
「ははっ……これの、何処が……大丈夫なん、だよ……」
《駄目だ、目を瞑るな! 僕を見ろ! 僕を見ろぉおおー!!》
「はっはっ、うるせー……な……流石にちょっと、疲れたんだよ……」
《駄目だ、死ぬな! 出会ったばかりなのにこんな……っ! こんなところで死ぬな!!》
「はは……全く、最後まで……うるさい……奴だ……」
クロニカは白い兜に力無く笑いかけ、そっと眠るように目を閉じた……
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