そうなったのが、一人だけとは限らない。
「ふざけんな、このっ……! クソヤローッ!!」
『お、落ち着け、クロニカ!』
「うるせーっ!」
クロニカは怒りと羞恥のあまり、ポンコツの言葉も無視して思い切り後部ハッチを殴りつける。
「……!!」
『あれ、どうした!?』
だが、アカツキの装甲は非常に堅牢だ。ファンタズマの攻撃すら数発は耐えられる超硬質鋼材で作られたハッチを殴ろうものなら悲鳴を上げるのは殴った拳の方。クロニカは真っ赤に腫れ上がった拳を抑えながらその場に蹲った。
「うううううっ……!」
『ど、どうしたんだ、クロニカ!? 大丈夫か!?』
「う、うるせー! うるせーっ!」
思った以上に拳へのダメージが大きかったのか、クロニカは暫くの間そのまま動けなかった。
「うん、ごめんね。でも、絶対に明日には帰るから。心配しないで、シスター」
『最適なルートの検出ヲ完了、自動操縦モードへ以降……目的地到着まであと50分、デス』
「うん、クロニカも無事よ。大丈夫、安心して」
アカツキの操縦を補助機脳のジェスリに任せ、レイコはシスター・ソロネと通話しながら操縦席を離れる。
『本当にあの子は大丈夫ですか? 無茶をしていませんか?』
「大丈夫よ、大丈夫。ポンコツが居るし、何度も痛い目に遭ってきてるからもう無茶なことはしないと思うわ」
『ですが……』
「もー、シスターは心配し過ぎよ。今日だって無傷でファンタズマを倒したんだから。怪我なんて一つもしてないし……」
『大丈夫か、クロニカ!? ちょっとその手を見せてくれ!』
「だ、大丈夫だっての! こんなの、大して痛くもねえし……!!」
『いや、手の色が真っ青になってるよ!? それに血が』
〈ヴヴーン!〉
「大丈夫だっ……ててて……!」
クロニカを心配するシスター・ソロネに彼の元気な声を聞かせてあげようとしたレイコだったが、何故か利き手を負傷してるクロニカを見て目を細めた。
「……」
『レイコさん?』
「クロニカに代わろうと思ったけど、アイツは今シャワー中みたい。あとでかけ直させるわね。じゃあ、バイバイ」
そう言ってシスターとの通話を切り、レイコはうんざりするような溜め息を吐いた。
「くっそお……あの野郎! 今度会ったら、ぶっ飛ばしてやる!」
「何してんのよ、アンタ」
「あ!? 何だよ、レイコ!?」
「何で怒ってんのよ」
『いや……ちょっと色々あってね。うん』
「あ、そう……まぁ、別になんでもいいけど。シスターがアンタを心配してるから後で連絡入れといてあげて」
レイコはそっと携帯式電話機を置いて立ち去る。
「……やっぱりクロニカはいくつになっても馬鹿のままね。ポンコツがいても変われないとか、もう病気じゃないの」
口ではそんなことを言いながらも不思議とレイコの表情は緩み、力を得ても変わらぬクロニカのお馬鹿ぶりに安堵しているようだった。
◇◇◇◇
「なぁ、流石にヤバくないか?」
セフィロト方面から離れた砂漠地帯にある巨大な陸上戦艦。既に戦艦としての機能は失われ、砂漠の狼と呼ばれる強奪者達の根城と化した鋼鉄の遺跡で一人の男が呟いた。
「リーダーが部屋に引きこもってからもうまる二日経つぜ……?」
「ジャスミンが差し入れた飯にも手をつけてないし、やっぱり何かあったんじゃねえか?」
砂漠の狼のメンバー達は部屋に引き篭ったまま出てこない頭領を心配していた。
彼の様子がおかしくなったのは二日前。探索者達を襲撃し、彼らから奪った宝やその日に得た収穫を見せあって盛り上がったあの日。手下達を先に食事に向かわせ、好奇心から古い篭手を左腕に装着した時からだ。
「なー、リーダー。いい加減に出てきてくれよ! 皆、心配してるんだぜ!?」
『……』
「リーダー!」
それから彼らの頭領ジョンはずっと自分の部屋に閉じこもったまま。食事も摂らず、手下達の声にも応じず、固く閉ざされた扉の向こうでじっとしている。
「あーもー! 何なんだよ、何があったんだよ!?」
「ひょっとして病気なんじゃ……!?」
「まさかアイツらから奪った装備に毒が塗ってあったとか……」
「オラオラ、そこを退きなぁ! ぶっ飛ばすよォ!?」
「はっ!?」
手下達が困り果てていた時、巨大なハンマー型魔動機を携えた炊事係兼教育係のアマンダがやって来る。
「あ、アマンダ姐さん!? 何をするんです!?」
「見りゃわかるだろ!? いつまでも閉じこもってる馬鹿を叩き起してやるのさ!」
「ちょっ! 落ち着いてください!!」
「聞こえてるね、ジョン坊! これから扉をぶち開けるから部屋の隅っこでジッとしてな!!」
『……! ……!!』
「いいね!? 扉には近づくんじゃないよ!?」
『……ま、待て』
部屋の中から微かな物音とジョンらしからぬ弱々しい声がしたが、アマンダは構わず魔動機を振りかざす。
「姐さん、やめてください! 流石にそれはやり過ぎです!!」
「うるさいよ! アンタ達は見た目に似合わずアイツに甘すぎなんだい! こういう時は! 思いっ切りやらなきゃ駄目なんだよぉー!!」
「わあああああっ!」
アマンダが振り抜いた魔動機は丈夫な鉄の扉を容易くぶち破り、まるで木の板のように軽々と部屋の奥まで吹っ飛ばした。
「だ、大丈夫ですか、リーダー!? 扉に当たってませんか!?」
「リーダーッ!!」
「オラァー! ジョン坊や、出ておいでぇー! 説教ついでにご飯の時間だよぉー!!」
「ば、馬鹿! 入ってくるなよ!」
「ああん!? アンタが出てこないのが悪い……」
固く閉ざされた扉の向こう。カラッとした陽の光が差し込んだ薄暗い部屋の中にいたのはジョンではなかった。
「は、早く出ていけ! これは命令だぞ! すぐにこの部屋から出て……もう二度と入ってくるな!!」
その部屋にいたのは黒髪の女性。
「……はい?」
長い髪で隠れた目元から覗く青い瞳と白い肌、そして豊満な身体が魅惑的な美女であった。
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