「……とりあえず、ウチのことはわかります?」
「ミカ。医療担当で子供の頃から砂漠の狼のメンバーだった」
「ああ、良かったぁ……」
「アマンダ達の事も覚えている。が、何処まで合っているのかわからないな……」
不思議な事に記憶が混ざりあっているのに不快感は全くない。
まるで最初からそうであったかのようにジョンの頭は見知らぬ記憶を自分の物だと認識していた。
……それが何よりも不気味であった。
もしあのまま人格の植え付けが完了していれば、彼は自分が消えた自覚もないままアレスという別人に成り代わってしまっただろう。
やはりあの意志ある篭手は迂闊に手を出していい代物ではなかった。ジョンは好奇心に負けたかつての自分を心の底から軽蔑した。
「……今の私は、誰なんだろうな」
そしてジョンとアレス。その両方が混ざり合い、そしてどちらでも無くなってしまった自分は何者なのか。
ジョンはそんな事を考えながらそっとドアを開ける……
「あっ、ジョン坊や! 目が覚めたのかい!?」
「リーダー!」
「だ、大丈夫ですかい!? リーダー!」
「えっ、本当にあの女がリーダーなのか!?」
「嘘だろ!?」
「嘘じゃねえって! 本当にあの女がリーダーだよ!!」
医務室から出た彼女を砂漠の狼達が出迎える。
「……はっ、参ったな。半分くらいまた顔を覚えなきゃいけない奴がいるぞ」
彼女は見知った顔ぶれの中に混じる見知らぬ顔を見つめ、ウンザリするように笑った。
◇◇◇◇
『……彼女の、反応がもう探知できなくなった』
砂漠の狼の根城からそう遠くない寂れた村でエリニュエスが呟く。
「あら、あらあらあら。まさか壊れてしまったの?」
頬に着いた赤い血を拭い、サヨコは残念そうに返す。
『数十分前までは確かに探知できた。変身したと、思しき急激な反応増加のすぐ後に……消えてしまった』
「何かと戦っていたのかしら?」
『……その可能性は、ある』
「それじゃあ、せっかく近くまで来たんだから確かめに行きましょうか」
エリニュエスを鞘に収めてサヨコは歩き出す。周囲には武装した強奪者と思しき男達の死体が転がり、一面に返り血が飛び散って惨い有様であった。
「それじゃ、私達はもう出発します。機会があればまた」
「ひっ、ひぃ……っ!」
「あわわわわ……」
「うええっ、うええええん……!」
サヨコは一晩の寝床を与えてくれた村人達に優しい笑顔を向けるが、彼らは怯え切ってまともに言葉も発せられない状態だった。
『……行こう。もうここには、居られない』
「ふふふ、そうね」
震え上がる村人達を見て寂しげに笑った後、サヨコは村を出た。
「せっかく悪い子達から助けてあげたのに……せめて『ありがとう』の一言はもらいたかったわね」
『……人助けにしても、もう少し殺し方を考えるべきだ。あんな殺し方をすれば、誰だって怖がってしまう……だろう』
「うふふ、ごめんなさい。でもあの子達は子供に手を出そうとしたから……」
サヨコは村を襲ってきた強奪者達の姿を振り返る。
金になるような目ぼしい物もないのに武器を持って攻め入る男達。穏やかな朝食の時間を邪魔されただけでも不愉快だったが、殺戮の決め手となったのは彼らが村の子供に手を出した事だ。
「子供に手を出すエトは悪い子の中でも最悪よ。すぐに良い子にさせるだけじゃ許されないわ……骨の髄まで反省させてあげなきゃ」
彼女の逆鱗に触れた強奪者達の末路は悲惨なものだった。特に子供に乱暴を働いた者は生きたまま少しずつ切り刻まれ、苦痛と絶望を味わいながら死亡した。
『……そう、だな。あれは彼らが悪い……』
サヨコの人となりを知るエリニュエスは彼女の凶行を諌めはしても止める事はしない。クロニカ達と違って彼女達にはならず者に手加減するような慈悲はないのだ。
「せっかく大人になれたのにあんな悪いことをするんですもの。思い知らせてあげないと。子供がどれだけ大切なものなのか、子供を虐めるものがどれだけ許されざる存在なのか」
『……そうだな、子供は……む?』
エリニュエスは遠くから此方の方に向かってくる反応をキャッチする。
『この反応は……』
「どうかしたの、あなた?」
『……クロノスだ。東方面からクロノスの反応が近づいてくる』
「クロノスは確か……クロニカちゃんが持っていた兜だったかしら?」
『……これは、空を飛んでいるのか? クロノスに飛行能力は、搭載されていないはず……』
「あら?」
サヨコ達の頭上を虹色の翅を生やした飛翔船が通り過ぎる。
『……あれに乗っていた、のか』
「あの方向は……聖都セフィロトの方ね」
『……それは、まずいな』
エリニュエスはセフィロト方面に飛び去っていく飛翔船を見ながら珍しく思い詰めたような声で言う。
『今のクロノスと、奴らを会わせるのは……危険だ』
「どうするの?」
『先にクロノスを、止めに行こう……間に合うかはわからないが。もし奴らに懐柔されれば、この上なく邪魔な存在になる』
「ふふふ、わかったわ。じゃあ……先にあの子達に会いに行きましょうか」
サヨコはくすりと笑って剣を抜き放ち、紫の戦士エリニュエスへと変身する。
『転移場所を、セフィロト付近に設定。システムチェック……正常。必要なエネルギーを計算……完了……』
「今回は狙い通りの場所に飛べるかしら?」
『……そう、願うよ』
エリニュエスの周囲を紫色の光の粒が浮遊する。光の数は徐々に増えていき、やがて彼女の体を包み込むように光の繭を形成。
『転移、開始』
────パキュンッ!
薄ガラスが割れるような音を立てて繭は消失し、その場には僅かばかりの光が痕跡のように残された。
Thank you for reading!(〃´ω`〃)旦+
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