異世界喫茶カフィノム

-ラスボス前店-
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【第42話】お姉さんにおまかせ

公開日時: 2020年9月20日(日) 21:00
文字数:2,568

【カフィノム日誌】

 エスティアちゃんはコーヒーを飲むと乙女になる。

 今までのギャップがすごすぎてアタシとしてはイラッときてしまったのだけど、この時の彼女にしか聞けないことを聞けた。

 コーヒーの持つ力、恐るべし……。





 乙女エスティアちゃんの騒動から翌日。

 シキさんにコーヒーの伝授をしてもらっていると、いつもより早くハルさんが入店した。


「2人ともおはよう。マスター、魔石持ってきたわ」


「わぁ、ありがとう。ごめんね3つも作ってもらって」


「大丈夫よ。今日はその水でよろしくね」


 コロ……とカウンターに手のひらサイズの青い魔石と赤い魔石が3つずつ置かれる。水と火だ、わかりやすい。


「ハルさん、魔石って一度大量につくって置いておくことって難しいの?」


「難しいわよ。私がすごい疲れるし、それに長く使わないと劣化する」


「そ、そこは食べ物と一緒なんだ……ゴメン」


「いいのよ。今日はファイちゃんに色々付き合ってもらうから」


 ニッと悪そうに笑いながら、彼女はタバコに火をつける。

 そうだった……昨日なんだか怪しい頼られ方をされたのを思い出した。


 ――ファイちゃんを元戦術剣士と見込んで頼みがあるのよ。


 胡散臭すぎる。アタシの経歴を持ち出すあたり、雰囲気がいつもと違う。

 とはいえ、聞かない訳にもいかない。アタシは灰皿と水を持っていって隣に座った。


「そ、それでアタシに頼みって?」


「オトコができない……いや、つくらないと決めた私にはやらなきゃいけないことができたのよ」


「は?」


「結論から、言うわ。私はヒラユキ君とエスティアちゃんはくっつくべきだと思う」


「……は?」


 真顔で2度言ってしまった。何を言ってるんだこの人は。

 嫌な予感は当たりそうだ。これは、かなり厄介事に巻き込まれる気がする!


「いや、無理でしょそれ。お互いカフィノムだと険悪なの知ってるでしょ」


「いいえ! お姉さんには見えるわ。あの2人はなんだかんだお互いを尊敬してる! お似合いよ、私が見込んだ男女よ!」


 ハルさんに言われても説得力ないなぁ……とはじめは思った。けど、彼女は決してモテない訳じゃないことはこの前ノワとの会話で知った。

 男女の仲を色々と見てきて、場数と経験則でモノを言ってるのならある程度はわからなくもない。


「でも、ハルさんどうする気?」


「くっくっく、案外鈍いわねファイちゃん。色恋沙汰の策は浮かばない?」


「うん、浮かばない」


 肩をずるっと下げたハルさん。事実だから仕方ない、色仕掛けなんてできるほどの魅力がアタシにはないだろうし、男女の仲にもそこまで興味がない。


「ドライな時はドライよねファイちゃん……まぁいいわ、聞いてちょうだい。私の恐るべき作戦を!」


 壮大な前置きをして、ハルさんはタバコを灰皿に押し付けながら、その核心を高らかに言った。


「ヒラユキ君とエスティアちゃんに、コーヒーを飲んだ状態で会話してもらうのよ!」


 アタシの背筋が伸びた。なるほど、そういうことか。

 シキさんは任せて、と言わんばかりに親指を立てて豆を挽いている。気が早い。

 いつの間にか来ていたゼールマンさんはふぅと一息ついていた。

 単に座ったばかりだからだろうけど、どこか安心したような雰囲気だ。彼はまぁ……いいや。


「それで! ファイちゃんを元戦術剣士と見込んで頼みがあるのよ!」


「3回目っ! もう察せたわよ。こういうことでしょ!?」


 トン、と水の入ったカップを音を立てて置き、アタシはアタシに求められていることを口にした。


「その2人が一緒にいるとき、いかにしてコーヒーを飲ませるか、そういう策が欲しいのよね!?」 


「そういうことよっ! さっすが元戦術剣士ファイちゃんっ!」


「うん、もう言わなくていいそれ……」


「照れない照れない! 本当、察しがいいわね!」


 言うと、ぱちん! と指を鳴らすと同時にその指でアタシを指差したハルさん。わざとらしく察しがいいなんて言わないでほしい。ツッコミたくなる。


 なんだろう? 色恋沙汰になるとよりめんどくさくなるのが、ハル=ファルジオンという女性なんだろうか……。


「ということで作戦会議をするわ! マスター、ファイちゃん。いいわね!?」


「私はあの2人が仲良くなるの見てみたいし、いいよ」


 シキさんは完全に乗り気らしい。カフィノムの秩序を重んじる人だからかもしれない。


 アタシはというと……すごい、どうでもよかった。

 関係性を知られただけで良くて、別にそれ以上どうこう野暮な横やりは入れなくてもいい。そんな心持ちだ。

 大事なのは本人らの本音な訳で、そこにアタシ達が介入することでもない。

 ……と思うのは建前。

 本音を言うと、同時にアタシには気になることができてしまった。


 ――真面目で優しい状態のヒラユキ君と、あの乙女なエスティアちゃんが会話するとどうなるのか。


 これだ。淀んだ混沌とした雰囲気の魔界……それに似つかない落ち着いたカフィノム。

 そこに、アタシは好奇心のままに、混沌を生みたくなった。

 悪いことをする訳じゃない。


 刺激、が少し欲しかった。アタシのための話をするなら、ここでのんびりする中にある少しの波乱のおかげでカフィノムを楽しめる。

 シキさんのための話をするなら、彼女の思いを叶えることにもなる。ハルさんのため……はいいや、発案者だし。


 ともかくも、やれば面白いことになる気がする。

 そういうことだから、もてはやされるのは好きじゃないけど――


「いいわ、アタシも策を練る。見てみたいし、あの2人のコーヒー状態の会話」


「でしょ!? ファイちゃんも見たいわよね!?」


「興味ないといえば、大ウソよ」


 これも、自分に正直に生きるためのひとつかもしれない。

 好奇心というソレは疼きに疼いていた。だからアタシもハルさんに乗った。

 ヤな奴なのは多分間違いない。でも、ヤな奴じゃないと策士は務まらない!

 ……開き直りが自分でも怖いくらい早かった。


「それじゃあ閉店まで会議よ! お姉さんにお任せ! 『ヒラユキ=イルマとエスティア=レイウェルのアツアツトークを聞くためのファイちゃんの策を主軸とした作戦要綱』をつくるわ!」


「長っ!?」


「え、なに? もう一回最初から教えて?」


「シキさん。軽く流していいよ……」


 無駄に活気に溢れているハルさん主導に、アタシ達は1日中話していた。

 そして、ある程度の流れは決まり、決行は2人が来たその時にやることとなった。

 どうなる、カフィノムの若者男女の交友関係。

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