【カフィノム日誌】
コーヒー状態でヒラユキ君とエスティアちゃんに会話をしてもらった。
お互い尊敬しあっていて、良い雰囲気だったんだけど、効果が切れちゃったエスティアちゃんから冷たいことを言われ、アタシ達は沈黙……好奇心があんまり良くない結果を生んだ。
2人にコーヒー状態で会話してもらった日から、定休日を挟んだ翌日。
カフィノムには、重い空気が漂っていた。
「マスター……やっぱり私、大きなお世話だったのかな?」
「ハルさん、さっきから同じこと言ってるよ? え、えぇと……10回目くらい?」
「若者の仲を取り持とうとした結果がこれよ。私、最悪よ。うぅ……」
「それはアタシもよハルさん。本当、悪いことしちゃった」
カウンター席で2人して頭を抱える。
ゼールマンさんにはハルさんともども肩をポンと叩かれた。あまり気に病むなと言いたそうだ。気遣いはありがたい。
でも、アタシやハルさんの思いが空回りして、カフィノムに淀んだ空気を醸し出してしまった。エスティアちゃんに弁明しようにも、彼女が来ないんじゃどうしようもない。
だけど、彼女のヒラユキ君への尊敬の思いは間違いない。
アタシ達が余計なことをしたにしても、そういう前進が見られたのは良かったと思える。
ただ、これからのこと。この前できた亀裂が心配で、アタシ達は悩んでいた。
「でもファイちゃん、ハルさん。2人のやったことってちょっと悪ふざけかもだけど、本当に悪意があった訳じゃないよね?」
シキさんが、アタシ達に温かいミルクを出しながら言う。口をつけると、優しい味だった。
「エスティアちゃんとヒラユキ君を困らせたくて、やったことじゃないよね?」
「それはそうだけど、シキさんとカフィノムにも申し訳なくって」
「うぅん。多分、誰も本気で怒ってないと思うんだ」
「マスター、それは楽観的よ……エスティアちゃんは怒ってるわ」
「そうかなぁ? 私にはただ冷たかったように見えただけだけど。それに――」
少し考えているのか、腕を組みながらシキさんは続ける。
「エスティアちゃんも、自分でどうしたいのか、わかんないんじゃないかな?」
「っ!」
「ファイちゃんも、前そうだったでしょ? 自分にウソついてる。そんな感じ」
ハッとした。そうか、この前のアタシと、状況が似ているんだ。
アタシ達が余計なことをしたにしても、言われてみればそうなのかもしれない。
エスティアちゃんは、本当はヒラユキ君に感謝していて、彼の優しさを知っていた。でも、自分の性格とヒラユキ君の元来の軽い雰囲気が障壁になっている。
素直じゃない、という一言で片づけられるといえばそうだ。でも、2人が歩んできた人生を聞けば、それで済ませられる話じゃない。
奇しくも、コーヒーが一度それを取り払った。
エスティアちゃんも、コーヒーの自分が本当の自分だとも言った。
「アタシと同じ、って。エスティアちゃんも、どうしたいのか……そっか」
似た経験を、一番新しくしているのはアタシだ。
それなら、今度はアタシが誰かのためになる番なのかも。
一昨日、一度失敗した。でも、そこで沈んでいる場合じゃない。
「シキさん、ハルさん。今度はアタシが頑張ってみる!」
「ファイちゃん?」
「今ならアタシ、エスティアちゃんに言えることあると思うんだ」
「前、私に言ったみたいに?」
「うん。アタシ、やっぱりあの2人がお似合いってハルさんの言葉忘れられなくて」
コーヒー状態の2人を見て、より思った。
内容にちょっとイラっときたのは置いといて、あの2人は確かに互いを慕い合ってしている。
それが、カフィノムではずっと険悪って状況が、なんだか悲しい。
どうせなら、おせっかいと恨まれても構わない。何か、何かもうひとつあれば、2人にとって良い方向に持って行けるかもしれない。
「だからお姉さんとして、アタシ達を見守っててほしい」
2人の目を見てハッキリ言うと、2人は一度顔を合わせてから、アタシを見て微笑みながら一度頷いた。
決意を新たにしてから関わったのが、エスティアちゃんだった。
アタシがカフィノムで生きていく新たな一歩の証明は、彼女の背中を押すことかもしれない。
まだ18の若造だけど、次来たら彼女ともう一度正面から向き合って話したいと、腹の底から思った。
両頬を叩いて気合を入れる。彼女はちょっと怖いけど、それに対峙する度胸は持ち合わせているつもりだ。
――カランコロンカラーン。
その音に、勢いよく振り返る。
そこにいたのは、エスティアちゃんだった!
「はぁ……邪魔、するわね」
入るなり嘆息して、気だるげに入ってきた彼女。アタシやシキさんとも目を合せようとしないで、しかも席に行こうともしていなかった。
よし、何を言われようと、罵倒されようと、行けアタシ。動かなくちゃ何も始まりはしない。
「いらっしゃい、エスティアちゃん」
堂々と迎えた。おずおずしない。プライドの高い人との付き合い方は、奇しくもアタシのパートナーが教えてくれた。
「ファイ、アンタ――」
「エスティアちゃん。ゴメン」
「えっ?」
「アタシ、エスティアちゃんのこと考えずに、アタシ達の都合であんなことにしちゃった。だから、ゴメン」
先に頭を下げる。あの1件で余計なことをしたのは間違いない。
そういうことを早く謝らないと、後から嫌にひきずることになる。カフィノムの面々とは、絶対に仲悪くなりたくない。それはアタシの願望のようなものだった。
「はぁ……違うわよ。謝るのは、アンタじゃない」
アタシの言葉を聞いて、さらに嘆息するエスティアちゃん。だけど、内容は呆れている雰囲気じゃなかった。
「謝るのは……はぁ、エスよ。アンタ達のしたこと、エスはひとつもくみ取れなかった。それに酷い態度も取った――」
言いながら、彼女はゆっくりと顔をこっちへ向ける。
そして、すごくぎこちなく、きしむ音を立てるように、ぎぎぎ……と彼女は腰を曲げた。
「わ、悪かったわ……ごめん、なさい。滅多に謝ったことなんてないけど」
ヒラユキへは言うつもりはないけど、と付け足して、彼女はハルさんに一言謝る。アタシとシキさんには深々と頭を下げていた。
「レイウェル家の者としてどうこうじゃなくて、お世話になってる、カフィノムへの謝罪よ」
ふん、と俯いて、席へ着いたエスティアちゃん。
プライドの高さは、相変わらずだけど……彼女も彼女なりに、一昨日のことを考えていたのか。
それなら、今この機会を逃さない。
気張れ、アタシ。エスティアちゃんと、カフィノムのこの先のためだ。
アタシは、コップ2つに水を淹れて、彼女の元へ向かった。
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