異世界喫茶カフィノム

-ラスボス前店-
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第53話 全部オマエのせい

公開日時: 2020年9月26日(土) 18:00
文字数:3,776

【カフィノム日誌】

 憶測でしかないけど、アタシの元仲間が5人全員揃ってカフィノムに何か企んでそうな動きがあるらしい。

 こっちと黒騎士の様子を見ているだけみたいだからまだ断定できないけど、警戒はちゃんとしよう。





 ヒラユキ君の警告……そんな大袈裟に怖い話ではないけど、それを聞いた日の夜。

 アタシはシキさんと店の方で2人きりになって話す。


「ごめん、シキさん。またアタシのことで……」


「うぅん大丈夫。それにファイちゃん悪くないよ」


「そう言ってくれるのは嬉しい。でも、連中がカフィノムに何かしてくるなら、アタシは全力で守るから」


 思っていたよりも、すぐに言えた。

 それを伝えたくて、シキさんと会話をしていたところはある。

 アタシにあるしがらみを取り払う、過去の自分とは決別する意味を込めて決意し、彼女に話したかった。


 自分のためとカフィノムのため。正直、魂胆は半々だ。

 アタシが一歩踏み出して、カフィノムに対してできることをしたい。

 この決意が、アタシの精一杯だ。


「ありがとうファイちゃん。でも、独りで抱え込まないんだよ?」


「……うん。お店やってるうちはみんないるから大丈夫だと思うけど、問題は朝と夜ね。多分、忍び込んでくると思うの」


「う、うん。私もそう思うな」


 向こうもそこまでバカじゃない。

 むしろアタシが元々いた場所だから、戦術にはそこそこ長けてる。

 前の3人はそんなにだけど、ワンとトゥはつるんでいた中でも頭抜きん出ていた。余計に油断ならない。


「もし何かしてくるとするなら、その時間だよね?」


「そうね……言いたくないけど、アタシが向こうにいたらそうしてた」


「前に失敗してるから、ぷんぷんな人達も今度は色々計画してるのかな?」


「様子を見てるだけって話だし、多分そう。警戒しないと、ね」


 その様子見とやらがなくなるまで警戒しよう。

 かと言って、力任せに突っ込んでこられるのも困る。ヒラユキ君やゼールマンさんにずっといてもらう訳にもいかないし。


「それじゃあ、朝は私が早起きしてお店にいるよ」


「それなら、アタシは夜見張るわ! 深夜はノワに警戒してもらうことにする!」


 やることは決まっているから、行動を決するのも早かった。

 猫は夜行性だから適材適所だ。でも、ノワへのご飯も弾ませないと。


「夜は任せて! 徹夜で戦術練ってたこともしばしばだったから!」


「た、頼もしいけど……ファイちゃんはもう無理しちゃダメなんだよ?」


 変なところで胸を張ると、若干シキさんにヒかれてしまった。

 それでも、大丈夫なのは多分間違いない。


 しばらく、朝と夜は平穏なカフィノムじゃなくなる。

 ここばかりは、本気の本気で真剣にならないといけない時間だ。


 アタシはずっと使ってなかった細身の剣を部屋から持ってきて、腰に差した。

 カフィノムやシキさん、そして自分を守るための装備だ。

 早速、アタシはお店の掃除をしつつ夜を店内で過ごした。


 ――――――。


 朝はシキさんが。昼はみんなが。夜はアタシが。深夜から明朝はノワが。

 それぞれが、カフィノムの様子を見守った。


 とはいえヒラユキ君の話によると、連中はひたすら店やアタシ達の様子を『見ているだけ』だそう。


「来るなら来なさい。相手になるわ」


 夜、常にその構えでお店に立つ。様子をよく見ている、ということは、やっぱり忍びこもうとしている線が強い。


 戦うならアタシひとりでどうにかできる相手じゃないかもしれない。けど、忍び込むなら話は違う。向こうが待ち構えているとは思っていないから、この待ちは不意打ちになる。


「明かりも最低限だし、まさか待っているとは思わないでしょ?」


 少し得意げに、入口に一番近い席に座りながら見張る。

 アタシは夜じゅう、カフィノムを守っていた。


 ――そんな日々になって、数日。休みを2度挟んだから10日くらい。


「来る気配は、ないか。ふぅ……」


 下を向いて、肩で息を吐く。アタシにも疲れが出始めていた。

 神経張り詰めているから、余計に身体に負荷がかかる。

 でもそれはシキさんもきっと同じだ。このくらいでへこたれてなんていられないし、気配がないからといって緩めることもしない。


 今日もとりあえず、カフィノムは大丈夫と思い、そろそろノワに交代しようと肩の魔法陣に意識を向ける。


 その瞬間だった。


「捕まえな!」


「きゃ……うぐっ!?」


 バダン! と入口から乱暴な音が鳴ったと思ったら、アタシは床に投げ叩きつけられた。

 そこから身体を持ち上げられ、前を向かされて手で首と身体を拘束されてしまう。


「っ! どうしたの!?」


 部屋からもバダンと音がして、シキさんが慌てて飛び出してきた。

 カフィノムの明かりが火の魔石で次々に点けられる。明るくなった店内。状況を動ける範囲で確認する。


「あ、アンタら……くっ」


 アタシの元仲間、5人が勢ぞろいしていた。

 中でも一番屈強なトゥにアタシは押さえつけられて動けない。


「で、でも!」


 動けないなりにも腕は少し動く。この拘束を解かないと。

 肩の魔法陣を叩いて、ノワを喚んだ。


「させるか!」


「に゛っ!?」


 彼女が出てきたタイミングに合わせて、スリとフォウ、シックが同時に拳を振るう。

 シックの拳がノワの身体に当たってしまい、彼女が壁に叩きつけられて床に倒れる。


「ノワ!?」


「馬鹿が。『観察済み』なんだよ、ファイちゃんよぉ?」


「コイツ……」


 ノワがぐったり倒れていて、立てていない。なんて酷いことを。 


「これ以上余計なことしたら、あの猫にも消えてもらうよ?」


「ワン……アンタ……っ!」


 キッと声の主をにらみつける。

 アタシの頭に弩……奇しくもシキさんと同じ武器、それを向けている女がいた。紫のショートヘアで、黒いつやつやした革の上下の短い服は今も忘れない、ワンだ。


「ファイちゃん!」


「おっと、アンタがここの店長さんだね? 下手なことしたらこの子の命はないよ」


「シキさん……アタシ、一瞬油断して――」


「それだけじゃないね。最初からウチらの術中だったんだよオマエらは」


 けらけら笑いながら、ワンがアタシの頭を小突いて続ける。


「ウチらは、前にスリ達を捕まえたあの赤髪の目に留まるようにわざと動いたのさ」


「そう。姉御はそれで、この店が厳戒態勢になるように仕向けた」


 トゥがアタシ達の動向を読んでいたような発言をする。

 えっ……忍び込むことが目的じゃ、なかったの?


「ウチらがそのまま観察したぶんには、この店の従業員はそこの店長とファイ、あとはいてもそこの猫くらいだって把握していたのさ」


「俺らはファイの性格を知っている。やるとなったらバカ真面目に夜遅くまで見張りかなにかをするだろうって」


「そうさ。そのバカ真面目さに救われたねぇ。時間が経てば、やがて疲れてくるだろうってウチらは読んだ。それで、頃合いを見てこの奇襲さ」


 アハハハ! と下卑た笑いを発するワン。

 やられた。連中への読みが甘かった。

 てっきり、ヒラユキ君とゼールマンさんには懲りていて、朝か夜に忍び込むことを考えているとばかり思っていた。


 狙いは最初から比較的弱いアタシを人質にとることだったってことだ。

 完全に読み外している。連中のアタシへの理解度を舐めていた。


 要求は、もちろん抜け道だろう。

 コイツらなら倉庫の備品を壊してでも先へ行く気だ。


「ありがとうねぇファイ。ここでもウチらに『使われて』くれてさぁ! アハハハッ!」


「また、アタシのせいだ……」


「ハッハッハ! そうさ、全部オマエのせいだよ! ファイちゃぁん?」


 弩でアタシの顎を持ち上げながら、ワンはニヤつきながら続ける。


「アハハハ! これはねぇ、オマエが招いた結果だよ。ホント、バカでクソ真面目な女。いやぁ、ありがとうねぇ……ここでもウチらに『利用』されてくれてねぇ! 頼りにしてたわよ!」


 ギャハハハ! と他の4人の下衆な笑いが響く。


 悔しい。

 悔しい悔しい!

 悔しい悔しい悔しい!!


 結局、アタシはコイツらに利用し尽くされるだけの存在だったのか。


「真面目な奴ほどウチらみたいなのに食い物にされんのさ。その当たり前に気づかない軍師ちゃん。オマエはいつまでたってもガキなのさ」


「……っ!」


 とめどない怒りと悲しみが、涙になって溢れ出る。

 精一杯身をよじっても、トゥの手を叩いてもビクともしない。


「あぁあっ! どうして! どうして、アタシは!」


 歯がつぶれるほどに噛みしめる。

 連中よりも、無力でクソ真面目な、このアタシ自身が憎くなった。

 自分のこの性格がこんなことを招いているのなら、アタシが生きている意味がないとすら思える。


 アタシの無意味な真面目さは、どれだけ人に迷惑をかければ気が済むんだ!

 トゥの腕に食い込むほど爪を立てて、歯をギリリと軋(きし)ませる。

 アタシもシキさんも、何もできない。


「さ、ここにあるんだろ? 城への隠し通路。黙って案内しな」


 要求は予想通り。アタシを殺されたくなかったら地下へ連れていけとのことだ。


「し、シキさん! アタシはいい! こんな奴らの言うこと聞かないで!」


「舞台装置は黙ってな」


「うぐっ……」


 弩でお腹を強く殴られる。

 舞台装置。やっぱりアタシは……そんな存在でしかないんだ。

 そんな場合じゃないのに、ただただやるせなくなった。


「さぁどうするんだい? 店長さんも、コイツが可愛いならウチらの要求を飲むしかないよねぇ?」


「…………」


 下を向いているシキさん。表情が見えない。


 だけど、その直後。


 彼女はその状態で、一言だけ言った――




「――ファイちゃん、ごめんね」

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