【カフィノム日誌】
シキさんのコーヒーとの出会いと、カフィノム誕生秘話を聞けた。
まさかゼールマンさんがシキさんに声をかけていたなんて。でも、ゼールマンさんが知識を持っていたのなら、なんで自分で淹れないんだろうと思った。
休みを挟んで、営業2日目。
倉庫の整理以外に、アタシにはやるべきことが増えた。コーヒーを淹れる勉強だ。
早朝、倉庫へ行く前。
アタシはいつもよりさらに少し早く起きて、シキさんに目覚ましのシキブレを淹れてもらう。それを片手にもらったコーヒーの本を読む。元々本は好きだから苦じゃない。
本にはどこかの世界の喫茶店について書かれたものから、美味しいコーヒーの淹れ方まで1冊ながら幅広い。
それを時間を決めて読んでから、倉庫に向かう。
朝はノワと一緒に、シキさんに呼ばれるまで作業だ。
「ノワ、今日もよろし――」
召喚して、いつものように引っかかれては距離を取られ、ご飯を弾き食べし、ぷいっと背を向けて『仕事』に取り掛かったノワ。
ここばかりは何もかも相変わらずで、進展の様子がない。
流石のアタシも、こう繰り返されてはがっくりくる。
せめて、彼女との距離を縮めたいものだけど……方法がわからない。猫って何をすれば好感度あがるんだろう。ハルさんに相談してみようかな?
しばらくして、シキさんから声がかかる。カフィノム開店だ。
アタシはエプロンをつけて、来客を待つ。今日はハルさんとゼールマンさんの2人だけだった。
ハルさんには水、ゼールマンさんにはシキブレを出す。一通りやったアタシはシキブレを片手に、ハルさんの隣に座った。
今日は彼女と普通に喋る日だ。
「ハルさん。ノワのことだけど、相変わらずなのよね」
「あー、あの子やっぱり懐かない?」
「懐かないといえばそうなんだけど、アタシに問題があるのかなぁって」
「……そこで、ノワのせいにはしないのね」
「だって使い魔って言っても猫よ? 気高いけど気まぐれって生き物なのは重々わかってるし」
「ファイちゃん。貴女は本当に何事にも真剣だし、自分に厳しいわ……大事なことだけど、気をつけるのよ」
いきなり神妙そうな顔つきで言われた。あれ、そんなに重い話をしたつもりはなかったのに。
「えっ、何に?」
「周りばっかり見てると、自分のことが疎かになるのよ」
「や、でもこれがアタシの普通だし」
「悪いことじゃないけど、そこだけに目線がいかないようにね。それで、ノワのことだったわね」
まぁ、そうねぇ。と言いつつ、ハルさんは唸りながら続けた。
「ノワ……黒猫の使い魔は、人に媚びる真似はしなかった。私にも懐かなかったし。でも、誰よりも仕事は着実にこなし、妥協をしない一匹狼だったわ」
猫だけどね、と自分で言いながら少し笑うハルさん。アタシもノワを選んだ時同じことを思ったから、アタシも少しクスりときた。
「まぁ、完璧主義者なんだと思うわ。あとは、憶測でしか語れないんだけど、いい?」
「全部を理解できるとは思ってないわ。でも、少しだとしても距離を縮めたいの」
「でも、どうしてそこまで? 猫って言っても主人とただの使い魔よ?」
なんでそう思うのか。
初めてのアタシのパートナーだから?
猫を懐かせて、自分が従わせた充実感がほしいから?
アタシから距離を取る存在がいると怖いから?
猫一匹手なずけられない人って箔を押されたくないから?
違う。アタシは――
「単に、ノワが可愛いのよ。彼女が許す限りもっと仲良くなってみたい。そのためならアタシは手を尽くしたい。それだけ」
「……愛、ね。ちょっと羨ましいわ。そうね、ノワはプライドの高い猫だから――」
そして、ハルさんはアタシへひとつの打開策を出した。
「これからもファイちゃんはノワに媚びない。かと言ってノワも曲げさせない。プライドをぶつけ合い続けること、ね」
「つまり、そのままのアタシをもっと見てもらえばいい。ってこと?」
「そうね。喚べば喚ぶほど、彼女の目にファイちゃんが映る機会は多い。仕事以外でもとりあえずは一緒にいること、そして今後も自分を曲げないことね」
「わ、わかったわ! それじゃ早速――」
思い立ったがなんとやら。アタシは肩の魔法陣を叩いて、ノワを喚んだ。
……のが、アタシのミスだった。
「痛った!? あっ! ちょっノワ! 待っ……ぶっ!?」
軽率に喚ぶと、爪を立てられながら肩から飛びのかれるのをふと忘れていた。
出てきた瞬間、彼女が肩を蹴るものだから、アタシはカウンターに前のめりに突っ伏す。
「熱っつ!? 熱い熱い! あっ!」
当然、カップのシキブレがひっくり返る。アタシはコーヒーを身体にびしゃと浴びた顔とエプロンが黒く濡れる。
しかも、その拍子にカップがコロロとカウンターを転がって――
――ガシャァアンッ!!
「あーっ! やっちゃっ……た! もーこのっ! アタシのバカっ!」
カウンターに肘を打って、頭を抱えて声を張り上げる。
なんてことだ、カフィノムの備品を壊してしまった。
打開策が見えたことに気分が高まって、この先の予想と周りのことを疎かにしていた。
ハルさんのさっきの言葉が、逆パターンでこうも早く現実になるなんて。アタシ、本当にまだまだ甘いなぁ。
「シキさん、ゴメン!」
「うぅん、大丈夫だよ。怪我、なかった?」
拭く布をくれる。まずはカウンターを拭いてから、アタシの顔を拭いた。
「す、すぐ片付けるから!」
布を水魔石のおいてあるくぼみ、流し台に置いて、店の端にある掃除用具置き場へ向かう。
「えっと、ほうきほうき……おっととととっ!?」
焦っていたか、失敗に動揺していたか。その時足がもつれて、べしゃと転んでしまった。
「ちょっ、ファイちゃん大丈夫!?」
「……うん。痛い」
「答えになってないわよ?」
ハルさんにツッコまれて泣きたくなった。でも、泣かない。泣くとノワにますます幻滅されそうだから。
そんなノワはというと、アタシの方を見ていた。
「……ノワ?」
彼女はンナァオ、と鳴いてアタシをふんと一瞥し、裏の寝室へととことこ歩いて去っていった。
「な、情けないわ……」
一連のことより、ノワの今の仕打ちの方がキツかった。示しがつかないとはこのことだ。
プライドのぶつけ合いなんて程遠い。ノワと距離が縮まる日は来るのか。アタシの明日はどっちだ。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!