異世界喫茶カフィノム

-ラスボス前店-
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【第29話】ノワとの距離

公開日時: 2020年9月14日(月) 07:00
文字数:2,507

【カフィノム日誌】

 シキさんのコーヒーとの出会いと、カフィノム誕生秘話を聞けた。

 まさかゼールマンさんがシキさんに声をかけていたなんて。でも、ゼールマンさんが知識を持っていたのなら、なんで自分で淹れないんだろうと思った。





 休みを挟んで、営業2日目。

 倉庫の整理以外に、アタシにはやるべきことが増えた。コーヒーを淹れる勉強だ。


 早朝、倉庫へ行く前。

 アタシはいつもよりさらに少し早く起きて、シキさんに目覚ましのシキブレを淹れてもらう。それを片手にもらったコーヒーの本を読む。元々本は好きだから苦じゃない。


 本にはどこかの世界の喫茶店について書かれたものから、美味しいコーヒーの淹れ方まで1冊ながら幅広い。


 それを時間を決めて読んでから、倉庫に向かう。

 朝はノワと一緒に、シキさんに呼ばれるまで作業だ。


「ノワ、今日もよろし――」


 召喚して、いつものように引っかかれては距離を取られ、ご飯を弾き食べし、ぷいっと背を向けて『仕事』に取り掛かったノワ。

 ここばかりは何もかも相変わらずで、進展の様子がない。

 流石のアタシも、こう繰り返されてはがっくりくる。


 せめて、彼女との距離を縮めたいものだけど……方法がわからない。猫って何をすれば好感度あがるんだろう。ハルさんに相談してみようかな?


 しばらくして、シキさんから声がかかる。カフィノム開店だ。

 アタシはエプロンをつけて、来客を待つ。今日はハルさんとゼールマンさんの2人だけだった。


 ハルさんには水、ゼールマンさんにはシキブレを出す。一通りやったアタシはシキブレを片手に、ハルさんの隣に座った。

 今日は彼女と普通に喋る日だ。


「ハルさん。ノワのことだけど、相変わらずなのよね」


「あー、あの子やっぱり懐かない?」


「懐かないといえばそうなんだけど、アタシに問題があるのかなぁって」


「……そこで、ノワのせいにはしないのね」


「だって使い魔って言っても猫よ? 気高いけど気まぐれって生き物なのは重々わかってるし」


「ファイちゃん。貴女は本当に何事にも真剣だし、自分に厳しいわ……大事なことだけど、気をつけるのよ」


 いきなり神妙そうな顔つきで言われた。あれ、そんなに重い話をしたつもりはなかったのに。


「えっ、何に?」


「周りばっかり見てると、自分のことが疎かになるのよ」


「や、でもこれがアタシの普通だし」


「悪いことじゃないけど、そこだけに目線がいかないようにね。それで、ノワのことだったわね」


 まぁ、そうねぇ。と言いつつ、ハルさんは唸りながら続けた。


「ノワ……黒猫の使い魔は、人に媚びる真似はしなかった。私にも懐かなかったし。でも、誰よりも仕事は着実にこなし、妥協をしない一匹狼だったわ」


 猫だけどね、と自分で言いながら少し笑うハルさん。アタシもノワを選んだ時同じことを思ったから、アタシも少しクスりときた。


「まぁ、完璧主義者なんだと思うわ。あとは、憶測でしか語れないんだけど、いい?」


「全部を理解できるとは思ってないわ。でも、少しだとしても距離を縮めたいの」


「でも、どうしてそこまで? 猫って言っても主人とただの使い魔よ?」


 なんでそう思うのか。

 初めてのアタシのパートナーだから?

 猫を懐かせて、自分が従わせた充実感がほしいから?

 アタシから距離を取る存在がいると怖いから?

 猫一匹手なずけられない人って箔を押されたくないから?


 違う。アタシは――


「単に、ノワが可愛いのよ。彼女が許す限りもっと仲良くなってみたい。そのためならアタシは手を尽くしたい。それだけ」


「……愛、ね。ちょっと羨ましいわ。そうね、ノワはプライドの高い猫だから――」


 そして、ハルさんはアタシへひとつの打開策を出した。


「これからもファイちゃんはノワに媚びない。かと言ってノワも曲げさせない。プライドをぶつけ合い続けること、ね」


「つまり、そのままのアタシをもっと見てもらえばいい。ってこと?」


「そうね。喚べば喚ぶほど、彼女の目にファイちゃんが映る機会は多い。仕事以外でもとりあえずは一緒にいること、そして今後も自分を曲げないことね」


「わ、わかったわ! それじゃ早速――」


 思い立ったがなんとやら。アタシは肩の魔法陣を叩いて、ノワを喚んだ。


 ……のが、アタシのミスだった。


「痛った!? あっ! ちょっノワ! 待っ……ぶっ!?」


 軽率に喚ぶと、爪を立てられながら肩から飛びのかれるのをふと忘れていた。

 出てきた瞬間、彼女が肩を蹴るものだから、アタシはカウンターに前のめりに突っ伏す。


「熱っつ!? 熱い熱い! あっ!」 


 当然、カップのシキブレがひっくり返る。アタシはコーヒーを身体にびしゃと浴びた顔とエプロンが黒く濡れる。

 しかも、その拍子にカップがコロロとカウンターを転がって――


 ――ガシャァアンッ!!


「あーっ! やっちゃっ……た! もーこのっ! アタシのバカっ!」


 カウンターに肘を打って、頭を抱えて声を張り上げる。

 なんてことだ、カフィノムの備品を壊してしまった。


 打開策が見えたことに気分が高まって、この先の予想と周りのことを疎かにしていた。

 ハルさんのさっきの言葉が、逆パターンでこうも早く現実になるなんて。アタシ、本当にまだまだ甘いなぁ。


「シキさん、ゴメン!」


「うぅん、大丈夫だよ。怪我、なかった?」


 拭く布をくれる。まずはカウンターを拭いてから、アタシの顔を拭いた。


「す、すぐ片付けるから!」


 布を水魔石のおいてあるくぼみ、流し台に置いて、店の端にある掃除用具置き場へ向かう。


「えっと、ほうきほうき……おっととととっ!?」


 焦っていたか、失敗に動揺していたか。その時足がもつれて、べしゃと転んでしまった。


「ちょっ、ファイちゃん大丈夫!?」


「……うん。痛い」


「答えになってないわよ?」


 ハルさんにツッコまれて泣きたくなった。でも、泣かない。泣くとノワにますます幻滅されそうだから。

 そんなノワはというと、アタシの方を見ていた。


「……ノワ?」


 彼女はンナァオ、と鳴いてアタシをふんと一瞥し、裏の寝室へととことこ歩いて去っていった。


「な、情けないわ……」


 一連のことより、ノワの今の仕打ちの方がキツかった。示しがつかないとはこのことだ。

 プライドのぶつけ合いなんて程遠い。ノワと距離が縮まる日は来るのか。アタシの明日はどっちだ。

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