異世界喫茶カフィノム

-ラスボス前店-
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【第32話】ありがとう

公開日時: 2020年9月15日(火) 21:00
文字数:3,708

【カフィノム日誌】

 なんでもやりすぎてぶっ倒れたアタシを、シキさんが介抱してくれていた。

 夢を見ていたアタシは、悪い結末を思い描いていて、これ以上シキさんに隠しごとをしたくないと思って、覚悟を決めつつあった。





 こぼれる涙を抑えることなく、アタシはひとつの決意をした

 言えること全部、打ち明けよう。

 涙を布でぬぐってくれるシキさんを見つめ続ける。


 なにもかもを受け入れてくれるこの人には、もう何も隠したくない。

 今までのアタシの失態、ダメさ加減を全部わかってくれたから、もう打ち明けてもいい。

 そんなズルい気持ちもあった。何も知らない、わかってないまま言うよりは、心が軽い。合理的なタイミングだった。


 どうしても損得の理論で考えてしまうのはこれまで培ってきてしまった経験のもの。こればかりは変えようも、是正しようもない。

 それでも、意識は変えられる。


 最も合理的なのは、直前まで黙っていること。だけど、もうそれはやめだ。

 今だけは、理論で動かない。タイミングこそ合理かもしれないけれど、することは洗いざらい話すという不合理そのもの。


 アタシはこの瞬間、不合理に身を委ねる。

 ……そう。自分の気持ちに、正直になることにした。


 シキさんとは『戦術剣士のアタシ』じゃなく、『ひとりの人間としてのアタシ』で向き合いたい。


「ファイちゃん。落ち着いた?」


「っ……なんとか。うん。」


「良かったぁ。でも、しばらく休んでてね。みんな心配してたから」


 うんうん頷いて、アタシの頭を撫でてくれる。その優しさが、少し痛かった。

 そんな思いでこれからシキさんと接するのは、もう嫌だ。

 見放されるか、そうならないか。もう、ふたつにひとつだ。


 言うのは怖い。先がわからない、読めないから怖い。

『それでも』、踏み出せ。不合理に飛び込め。賢明ぶる、弱いアタシとはサヨナラしろ。

 アタシは、少しでも変わらないといけないんだ。


「そしたら私、お店の掃除するよ。また具合悪くなったら呼んでね?」


 そうして立ち上がって、アタシから背を向けるシキさん。

 瞬間、アタシは彼女の手を咄嗟にパシンと掴んだ。


「シキさん!」


 まず、その名を強く呼んだ。アタシはじっと彼女の目を見つめる。

 不思議そうにしているシキさんは首を傾げていた。

 後ろめたい気持ちで、言いはしない。ハッキリ、覚悟を決めて、言う。

 結果がどうなろうと、言わなきゃならないんだ。


 今だけは、読むな。先を予想なんてするな。

 自分にそう命令して、シキさんにはアタシの隣に座ってもらった。


「どうしたの? やっぱり私といないとさびしい?」


「……うぅん。そうじゃなくて、聞いてほしいことがあるの!」


「聞いてほしいこと? コーヒーの腕前?」


 天然故なのか、ちょっとした茶々が入った。コーヒーのことで茶々とは……。

 軽く流して、アタシは続けた。


「シキさん。アタシ、面接の時、お金と住まいがないから働きたいって言ったよね?」


「うん、憶えてるよ。もう先がないとは思わなかったんだよね?」


「それもそうだけど……アタシ、カフィノムで働くことを選んだ理由、もうひとつあるの!」


「他に、理由?」


「……倉庫。倉庫の整理をシキさんから頼まれた時、アタシちょっと変だったの、わかる?」


「うーん、下に入った時かぁ。ごめんね、そこはちょっと憶えてないかも」


 直後、倉庫の整理が何か関係あるの? と聞いてきた。核心だ。

 いよいよ、言う時が来た。もう後には退けない。


「あのね、シキさん。このカフィノムの倉庫は――」


 黒騎士に勝てなかったところで、ここを見つけたこと。

 ここの倉庫の先には、抜け道があること。

 それ目的で、アタシは働きたいと思っていたこと。

 いずれ、その先の魔王を倒したいこと。

 そうすることで、自分を証明したいこと。


 怖い、怖いと思いながらも、アタシは自分の計画を全部話した。

 ハルさんやヒラユキ君、エスティアちゃんのことには一切触れてない。その暗黙の約束は守る。

 あくまで、アタシはそういう魂胆で、カフィノムに来た。それだけを、ただ話した。


「――聞いてほしいことは、終わり……です」


 つい、敬語になってしまう。でも、シキさんから目を逸らさずに話しきれた。

 臆病に話しながらも隠さなかった、アタシの震えた矜持だ。


「そう、だったんだ。そっか」


 黙って聞いてくれていたシキさんは、アタシを見たまま、小さな声でそう言った。

 これからどんな言葉を言われるのか、それとも何も言われないのか。わからない。

 ただ、少しの沈黙があった。

 その時だけ、今も、今までも隣にいたシキさんが、すごく遠くに思える。

 少なからず、これで何もかも終わりってことも、あるからだ。


 アタシから言えることは……もうない。

 彼女の行動を、待つしかなかった。


 ただ待つ数秒、数分は、何より長く感じる。

 だけど、アタシは少しもシキさんから目を逸らさなかった。


「……そっか、ファイちゃん。ありがとう」


「っ!?」


 出てきた言葉は、お礼だった。

 率直に、何が何だかわからなかった。


 なんで、どうして?

 やっぱりアタシは、この人をまだなんにも理解できていないんだろう。


「あの、あのぅ……シキさん?」


「や、ファイちゃんのおかげで、理由がわかったなーって」


「理由?」


「ほら、コーヒー以外で変な人がやってくることがあるーって話したでしょ? その理由がわかったから、まずお礼かなーって」


「そ、それは! その……アタシもその変な人の1人、なんだよ。シキさん」


「うぅん。違う」


「違わないって! 今、聞いたでしょ!? アタシもそんな変な人と同じくらい、あさまし――」


「ファイちゃん!」


 アタシの顔を挟み込むように、両手の平で頬に触れてくるシキさん。

 彼女の大きな声を、初めて聞いた気がする。事実を、正論をぶつけている中で、思わず押し黙ってしまった。


「ハルさんも、ヒラユキ君も、エスティアちゃんも、ゼールマンさんも……そしてファイちゃんも。『変な人』とは、違うよ。全然、違う」


「やめて、やめてよ……アタシをかばわないで。結局、アタシは弱い人間なの!」


「うぅん、かばってなんてない。だって――」


 一度強く頷いて、一息吐いてから、シキさんは続けた。


「だってファイちゃんは、みんなにも、カフィノムにも優しい人って、知ってるから。そんな人は弱くなんてないし、あさましくなんてない」


 アタシを挟み込んで、顔を近づけながら彼女は言い切る。


「買いかぶりすぎ……だってば。アタシはアタシのためだけにしか――」


「もしファイちゃんがそんな人なら、こんなに真面目に働いたりしないよ。私やみんなと、楽しそうにしたりなんてしないよ。コーヒーの勉強をしたりなんてしないよ」


「そ、それは……」


「もう何十日も経ってる。普通、投げ出すよ。楽な方に行きたがるよ。働かない選択もファイちゃんにはできたんだよ」


「それは、お金も住まいもなかっただけだって――」


「それなら私達を脅したりもできた。働くにしても、倉庫のモノを全部壊して早く先へ行くこともできた。だって、頼んでから私、一度も倉庫の様子見てないよ?」


 糸目のままで声量もないけど、彼女の言葉は重くて、お腹に響いてきた。


「ファイちゃん。まだ、自分にウソついてるね」


「アタシに、ウソ?」


「うん。ハルさんにハッキリ言ってのけて、ハルさんを勇気づけたのは、そんな下心あった?」


「それは……」


「ヒラユキ君と遊んで、自分が辛かったことを話したところで、抜け道の先へ行くことにつながる?」


「っ!」


「私から言ったにしても、自分でコーヒーの淹れ方を毎日勉強して、この先何かタメになる?」


 畳みかけてくるシキさん。

 ウソでウソを塗り固め続けたアタシの面の皮が、彼女の手で少しずつはがされていく気がした。


「ファイちゃん。貴女はきっと、カフィノムやみんなが大好きになってて、優しくて、真面目で、誠実で……すごく『変わった人』だよ。自分に、ウソつかないでほしいな」


「へ、『変な人』じゃなくて、『変わった人』?」


「うん。似てるのに意味が違って、面白いよね」


「シキさん、アタシ……」


「だから、ファイちゃんは大丈夫。私はそんなファイちゃんが好き。カフィノムで真面目に働くファイちゃんは、絶対ウソじゃない。私、そういうのは見間違えないって、言ったよね?」


「シキさん……シキさぁん!」


 何度も名を呼んで、アタシはシキさんに顔をうずめて、みっともなくまた涙をぼろぼろと流していた。

 アタシの低俗な魂胆を話しても、彼女はがっかりする様子もなければ、糾弾する様子もない。


 それどころか、アタシに落ち着くように言ってくれて、アタシの内面をしっかり見てくれていた。

 大丈夫。その言葉が、どれほどアタシの救いになってしまったか。

 

 こんな弱いアタシを、カフィノムは……シキさんは、受け入れてくれた。

 どんな言葉も安く思えてしまう。何も言葉が出てこない。そんな時――


「だけど、ちょっとだけ。わがまま、言ってもいいかな?」


 ――抱きしめてくれていたシキさんが、両肩を掴んで、不意にアタシと向き合う。


「シキさんの、わがまま?」


「うん。ファイちゃんがせっかく話してくれたでしょ? だから私もひとつ、ファイちゃんに言いたいこと、あるんだ」


 そう前置きして、彼女は指でアタシの涙を少し強くぬぐった。

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