【旅の記録】
常連達のことを少し知った。ほぼ無一文になっていたアタシは、ここで働きたいとシキさんに頼むと、『面接』をすることになった。
アタシとシキさんは、さっきまでヒラユキ君がいたテーブル席へ移動した。
2人分の水が用意されて、彼女と向かい合って座る。
粛々とした雰囲気の中、シキさんが「よっし」と胸の前で両手の拳を握り、ふんと小さく鼻息を鳴らしていた。
「それじゃあ、はじめるね。今日は何を建てよっか?」
「そ、それは建設じゃない? えっ、コレ面接よね?」
「最近、身体の節々が痛んで……」
「それは関節?」
「私、現役の時はひとりでおっきいバリスタを運んで撃ってたんだー」
「それは伝説!」
「聞け、皆の衆っ」
「演説!? 待って待って、シキさん?」
緩くも何故か畳みかけてくるシキさんに思いつくまま切り返す。すると、彼女はボードに挟んだ紙に何かを記していた。
「うんうん。精度、テンポはマルだねー。ナイスツッコミ」
「えっ! アタシ試されてたの!?」
糸目のままのシキさんに、親指を立てられる。ここもすでにテストだったんだ。
会話の組み立てみたいなものを見てたのかな? 確かにお客さん商売だもんね。流石、結構な年数をここで孤高に営んでいただけあるなぁ――
「それじゃあ早速、面接はじめていこうと思うんだけど」
「はじまってなかった!?」
「うん。ほら、私って結構変なこと言うから、ファイちゃんついてけるかなぁって。だけど、まずは大丈夫だったよ」
うんうんと頷くシキさん。ここからが本番かな。
ちゃんと構えよう。ひとまず、敬語の方がいいかも。
「じゃあまずは、ここで働きたいと思った動機は?」
「はい。淹れてもらったコーヒーが美味しくて、魅力的に感じました。ここで学び、コーヒーとお客さんに敬意を払い、貢献したいと思ってます」
「本当は?」
「お金と住まいがないんです。……はっ!?」
「うんうん。素直でいいね」
ちらっと話していたけど、つい言ってしまった。
シキさんの「本当は?」の圧がすごかったせいだ。何故だろう、本能的な恐怖を感じた。
「もし採用なら住み込みで働いてもらうことになるけど、大丈夫?」
「ど、どのようなご心配でしょうか?」
「うーん、私と同じ部屋で寝るとか、魔王城の近くで落ち着かないとか」
「別方向すぎる心配! いえその、どっちも大丈夫です」
前者は同性だから問題ないし、後者もそのくらいの肝っ玉がなければここまで独りで来ていない。
「同棲はオーケー、何をされても大丈夫……と」
「何をする気!?」
「こんなに可愛い子が同じ部屋だし。それはもう、ナニを――」
「じょ、冗談よしてくださいってば」
「うん、冗談。それじゃあ、次ね」
ずるっ、と肩が下がってしまう。心臓に悪い。どこまで本気なのか、天然なのかわかったものじゃない。
つかみどころのない人だから、会話が少し疲れる。
「次。ここは常連さんが殆どだから、決して豊かな生活はできないかな。そこも大丈夫?」
と思ったら突然、今までとは違う真剣そうな声色のシキさん。
……ちょっと、黙って考えてしまった。
実際、住み込みならここの抜け道を勝手に使って魔王を倒して帰れば、故郷で贅沢三昧な生活を送ることができる。
だけど、そんな無理やりはきっと通らない。ここでのポジションを全力で頑張る以外に私に選択肢はないはずだ。自分で招いたこの状況なのだから。
「……はい。それでも、ここで働きたいです」
「それでも、か。うん、いいね」
その言葉好きなんだ。と言って、シキさんはボードをテーブルに置く。
最後に、アタシの首筋くらいまで伸びた銀髪を触り、アタシの身体を上から下までなぞるように見る。
「結構私と対照的な感じがいいかも。うん。ファイちゃん、いいよ。いい」
「対照的?」
「雰囲気がね。あと、服がカッコ可愛いなーって。その赤い、肩が出るようにしたコートみたいな服、面白いね」
顎に指をあてて、糸目のままでふむふむと口に出して言う。
座るアタシを、立ち上がってまじまじとぐるり一周して見るシキさん。なんだか緊張する。やがてアタシの向かいに戻ってきて、一度大きく頷いて言った。
「うん、エプロン映えしそう。よっし。それじゃあファイちゃん、採用」
「ホント!? あ、ありがとう!!」
シキさんの差し出した手を、両手で掴んで握手をした。
やった! これで諸々の問題が一気に解決して、尚且つ『抜け道』の好感度上昇合戦に新しいポジションとして参戦できる!
「初めての弟子……弟子? ま、いっか。ファイちゃんかぁ、やるしかないなぁこれ」
「何をやるんですか!? で、でもシキ店長! よろしくお願いします!」
「あ、もう敬語じゃなくてもいいかな。同じ場所で暮らすんだから、対等でいようよ」
「えっ? そ、そう? じゃ、じゃあシキさん、改めてよろしく」
「うん、よろしくねー」
ぽわっとした雰囲気でよろしくと言われて、ちょっと気が抜けてしまう。短いながらも緊張した状態が終わったから、余計にそうなった。
「生活の事は追々教えるよ。まずは、これがお仕事の一覧ねー」
そう言って、シキさんが1枚の紙を手渡してきた。
『カフィノムのおしごと
・お客さんの注文とり、お運び、談笑
・コーヒー修行
・食器洗い
・倉庫の整理
カフィノムのおしごと……あ、上にもう書いてるね』
綺麗な細い字の手書きの紙を見て、中身を把握する。上下に同じことを書いているのはスルーした。
ざっと見てひとつだけ気になる所があったから、早速アタシは聞く。
「倉庫の整理って?」
「あー、それね。そうだね、最初に教えておこうかな。こっち来て」
「へっ!?」
ガチャン! と音を立てて、カウンター床下……例のハッチが開く。
夢にも思わなかった、まさか『そこ』があっさり開くとは。
「えっ……えっえっ!? そ、そそそそそこって!」
「どしたのファイちゃん?」
「う、うぅん大丈夫よ。その下が倉庫なんだ?」
「そう、一度見ておいてほしくて」
願ってもいないチャンスが舞い込んできてしまった。まさか採用直後で核心に迫れてしまうなんて! このままなし崩し的に通れたりしないかな?
――なんて安い展開、訪れるはずもなく。
「うわぁ……」
「うわぁ、だよねぇー」
梯子を下りるや否や、げんなりしてしまった。
目が虚ろになっているかもしれない。最悪だ、なによこの場所は。
数個のカンテラしかない、地下の暗く広い倉庫。何もかもぐちゃぐちゃに置かれて、足の踏み場がほぼない倉庫。カビとホコリと虫の巣みたいな糸が蔓延っている倉庫。衛生なんて言葉は一切無縁の倉庫。一番奥に扉らしきモノが見える倉庫。もとい、抜け道。
広さは喫茶店そのものの3、4倍くらいだ。じめっとした場所特有の嫌な臭いもして、長居したくない。
そんな倉庫の整理。抜け道へ行くための開拓作業。
これ、一体どれだけの時間がかかるんだろう?
「私がお店開く前からここが汚くてー、喫茶店の備品も置いてたらこうなっちゃった」
「ここを整理ね……生理的にヤバいわ。吐きそう」
「あ、うまい。流石ファイちゃん」
ぱちぱちとシキさんの拍手が地下に響く。なにも嬉しくない。
この光景を常連の面々が見たらどう思うんだろう。ガッカリどころの騒ぎじゃない気がする。この天然な彼女の好感度上げに意味はあるのか……倉庫整理の人員が増えるだけだと思う。
これが、アタシのカフィノムでの生活のはじまりだった。
ひとまず倉庫は置き、明日から常連達の相手だ。ハルさん達、驚くかな?
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