【カフィノム日誌】
いつも通りのカフィノムと思いきや、突如としてシキさんの武勇伝を聞いてしまった。全員が揃ったところで彼女が改めてその中身を少しだけ教えてくれるらしい。
「それで、シキさん?」
「う、うん。でも、なぁにこれ?」
カウンターを挟んでシキさんが立っていて、その前には常連5人が並んで座っていた。
アタシが唆して、彼女の武勇伝をみんなで聞こうと巻き込んだからこうなっている。
カウンター席が埋まったのは初めてかもしれない。全員がシキさんに注目していた。
「ということで、シキさんどうぞ」
「えっ、えぇ……」
「どうぞ」
アタシが手を向けるとシキさんがおろおろしていた。
でも、続きは後でって言った彼女の責任だ。
言動には責任を持っていただきたい!
……なんて、図々しくしながらアタシは手を向けたままシキさんの言葉を待った。
「こんなに大がかりになるとは思わなかったよ」
「それだけみんなマスターが好きなのよ」
「調子いいこと言っちゃって。嬉しいけど」
適当かますハルさんを受け流しつつ、シキさんはうーんと唸る。
恥ずかしいかな、やっぱり。でもこうなった時のアタシの好奇心は止まらない。
ちょんちょん、と肩の魔法陣もつついてノワも呼んだ。すでにシキさんを囲う陣形だ。
「ねー、ノワ? ノワもシキさんの話聞きたいよねー?」
わざとらしく言うと、ノワは隅っこに行ってそっぽ向いた。店の端にいても、視線はシキさんにちらと向き、部屋へのドアの前に座っていた。
……いいわよノワ、シキさんの退路を絶とうってアタシの意図を汲んでくれてる。
「ノワちゃんまで……うーん、そんなに大層な話じゃないから重いなぁ」
「シキさん、お願い! エスも黒騎士の手がかりは少しでも欲しいの!」
「オレも気になるな。女性の素敵なトコは知っておきたいからな」
「…………!」
エスティアちゃん、ヒラユキ君の一言、そしてゼールマンさんの無言の頷きで畳み掛けていく。今日の主役は、シキさんだ。
席の埋まったカウンターの壮観たるやこれ以上にない。
これはもう、話してもらうほかない!
「わ、わかったよ。でもあんまり期待しないでね」
観念したのか、おずおずしながらもカップを拭き終えて、棚に戻すシキさん。
「そして、そのかわり、みんなもう1杯シキブレだよ?」
「情報料ね! あっ、アタシお金ないや……」
「ファイちゃんはいいよ。これからの営業4日間、全部掃除当番ね」
「ぐっ! は、はい……誠心誠意やらせていただきます」
もちろん、タダじゃなかった。
タダで済まないシキさんも流石だなぁ。
アタシ以外が3枚の金貨をカウンターに置く。そしてシキさんは全員ぶんのシキブレを用意し始めた。
それを待つ間、ふとエスティアちゃんがコーヒーを淹れる光景を見ながら呟く。
「エス、あんまりコーヒー飲まなかったから知らないんだけど、シキブレのブレって、何?」
「あれ? エスティアちゃんそっか。シキブレのブレはね、ブレは……ほら、ね? ハルさん?」
「ちょっとファイちゃん!? 店員よね!? ファイブレって普通に言ってるわよね!?」
ハルさんにツッコミ連呼されて驚かれる。実を言うとアタシも詳しく知らなかった。
最初の頃、ブレンドって話してたような気がするけど、具体的にどういうことだろう?
キラーパスもいいところだけど、ここはハルさんに頼もう。
「しょーがないわねぇもう。ブレンドコーヒーってのは、端的に色々な種類のコーヒー豆を混ぜて、美味しい組み合わせにしているものよ」
『へぇ……』
「ファイちゃんは、へぇ……じゃないのよ?」
端的に話してくれた。ハルさんに呆れられたけど、愛嬌だと思ってほしい。アタシもアタシで色々考え方が変わった気がする。
「なるほど、コーヒーのお豆にも色々種類があるのね……」
「オレも初耳だ。まぁ、ありふれたものじゃないから知ってるほうがスゴいわな」
「そう。詳しくは知らないけど、ゼールマンが持ってくるのよね?」
聞くと、彼が両手を開いて指で6と表した。
6種類の豆を持ってきてくれているらしい。
「その豆を色々混ぜて、美味しい組み合わせを見出すのがマスターの初めの仕事なのよ」
「そっか……やっぱりシキさんって、すごい」
アタシはそのブレンド豆にあやかってるだけだ……。
同時に、ゼールマンさんはどこからそれを持ってくるんだろうと気になった。自家栽培……?
そもそも彼ってどこに住んでるんだろう? 未だに謎の多いおじさまだ。
そうこう話して、コーヒーのことを知ったところで、シキブレがみんなの前に置かれる。準備が整った。
「それじゃあ、私が軍にいて、黒騎士さんと戦ったお話だね」
ずず……とシキさんが少しコーヒーを飲み、みんなも口をつけた。
「中央の軍のことは、そんなに大事じゃないからいいよね。私はそこでバリスタってでっかい攻城用の弩から、手持ちの弩を武器に戦ってた」
「うんうん。その軍総出で黒騎士と戦ったのよね?」
「そう。でも、黒騎士さんの討伐隊って、あんまり連携よくなくて……それであっさり負けたんだねぇ」
腕を組んでんーと唸るシキさん。
そんな練度で挑んだとしても、彼女は黒騎士に傷をつけた。
それなら、なおさら恐ろしい事実かもしれない。
「その時、シキさんはどうだったの?」
「私はねぇ、手持ちのやつ、これで狙撃手を務めてたよ」
「エスの弓よりも、精度良さそうよねぇー! シキさん、すごい!」
「遠距離からの狙撃で黒騎士に当ててたのかよ……すげぇな」
早速乙女っぽくアガっているエスティアちゃんと、神妙そうに賛辞を送るヒラユキ君。コーヒー効果はバッチリらしい。
「でも遠距離から撃つってマスターじゃ考えられないわねぇ。視界ぶれそうじゃない?」
「それはハルさんが今酔ってるからでしょ……しっかりしてってば!」
アタシが冷えた水のコップをハルさんの首に押し当てる。
ひゃう! なんて声を出して、少しか正気になっていた。
「いっつもこうだけど、狙撃の時だけは目を開けてたからなぁ。精度は良かったよ。百発百中、ばしゅーんって」
「すご……それに目開けてるんだ。シキさんの瞳……見てみたいな」
「そんな綺麗なものじゃないよー。こればかりは、今はダメ」
指でばってんをつくるシキさん。
「でも、そっか。シキさん、狙撃で黒騎士に傷を」
「うん。一瞬の隙をたまたまそれを突いてたら、当てられたの。結局時間の問題で、みんなどかーんだったけど」
「いやそれでもすごいわ。びっくりよ。ね、みんな?」
言ってみんなを見ると、なんというか……阿鼻叫喚の状況だった。
「えぇーんマスターすごいぃ……! 感動した。良かった……良かったわねそれでも生きてて……」
ハルさんが泣きながら言う。感動する部分なかったと思うんだけど。
「シキ嬢、アンタに師事したいぜ……その狙撃の腕は今も衰えてないはずだろ? すごい人が身近にいるもんだな」
ベタ褒めのヒラユキ君。相変わらず正直だ。曇りのない綺麗な瞳でシキさんを見つめている。
「でもでもぉ、ヒラユキも気配殺せば狙撃できそうじゃない? シキさんも当然ちょーすごいけど、2人ともすごいってエス思う!」
エスティアちゃんが2人を褒める。つくづく、彼女のコーヒー状態のギャップがすごい……いやヒドいとまでちょっと言えてしまう。
普段のツンケンからあまりにも違う。みんなのコーヒー状態って、やっぱり独特だ。
ゼールマンさんは、シキさんの話とみんなの反応にふむと鼻を鳴らしていた。彼がリアクションすること事態、本当に珍しい。
それだけのことなんだと改めて理解した。
「……あっ」
そんな時、アタシにふと思い浮かんだことがあった。
「どうしたのファイちゃん。まだ、私のこと聞きたい?」
「き、聞けるなら色々ゆっくり知りたいな。それより、仮の話だけど――」
そして、アタシはその浮かんだことをそのまま口にした。
「――あのさ、アタシ達全員で協力して黒騎士に挑んだら、イイ線行きそうじゃない?」
『っ!?』
みんなの背筋が伸びる。
本当に仮の話だけど、アタシの元戦術剣士としての知恵と好奇心が、この6人と1匹でのパーティーを妄想させた。
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