異世界喫茶カフィノム

-ラスボス前店-
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【第14話】お姉さんの恩返し

公開日時: 2020年9月6日(日) 21:00
文字数:3,408

【カフィノム日誌】

 ハルさんの悩みを和らげることができた……かもしれない。

 ここで働くからには、シキさんの期待以上のことができれば。アタシにもそんな心境の変化が少しだけあった。





 今日はカフィノム定休日だ。

 シキさんが言った通り、4日営業したら1日お休みのサイクルだった。

 休日なら、アタシのやることはひとつ。

 午前中はガッツリ眠って、お昼ご飯を食べてからの取りかかりだ。


「さぁ、やるわよ!」


 地下にアタシの声だけが響く。気合は十分。

 そう、やることは倉庫の片づけ。店内の掃除はシキさんがやってくれるとのことで、アタシはこっちに集中できる。

 カフィノムで働くのも悪くないと思い始めはしたけど、本来の目的も忘れない。


「じゃ早速。ノワ!」


 とんとん、と肩に刷り込まれた魔法陣を叩く。

 前みたいにおずおずとは呼ばない。堂々としていれば、ノワもアタシの背中を見て――


「今日も倉庫の整理と掃除を手伝っ……いっだい!?」


 背中を見てついてきてほしいどころか、背中に爪を立てられて飛びのかれた。

 い……今のは前よりも痛かったわよノワ。

 アタシが何かした覚えはないのに。あっ、もしかして朝に呼んだきりだったから怒ってるのかな? 何もしなかったことに怒っているのかもしれない。

 

 ノワとの物理的な距離は木箱6箱ぶんだった。遠くなってる……がっくり。

 彼女は依然アタシを睨んで、尻尾を木箱にパタパタと叩きつけていた。


「ご、ゴメンゴメン。三食の時には呼ばれたいわよね。お腹、空くもんね?」


 手のひらで炎魔法を使う。お詫びと言わんばかりに、昨日の朝にあげた時よりも強めに出した。

 相変わらずノワは、前足でアタシの炎を弾き、空中でキャッチしてそれを食べる。


「おぉー! やっぱり器用ねノワ! ナイスキャッチだわ!」


 親指を立て、今度は褒めてみた。お世辞のつもりもない、悪い気分はしないはずだ。

 それでもノワは、着地した後にぷいとアタシから目を逸らして、倉庫の奥へと消えていった。


「ま、まだ距離は縮められないか……でも、アタシはめげないわよ」


 ちょっとしょげてしまったけど、ここで落ち込んでもいられない。アタシはアタシで仕事をしよう。


 ――――――――――。


 しばらく経って、梯子周りのゴミやら鉄くずやら木片やらがある程度片付いた。

 これで梯子を降りての足の踏み場くらいは確保できたと思う。

 進捗は大体だけど、100分の1くらい。先はとてつもなく長い。


「ふぅ、でも地道にやるしかないか」


 梯子のふもとに、ぽとぽとと倉庫にいたであろう虫の死骸を積み重ねていくノワ。昨日よりキビキビ動いてくれていた。

 今日は前よりも強めの魔法を使ったから、そのぶんに見合った働きをしてくれてると見てもいいのかな?


「真面目ね……そこが好きでノワを選んだのよ。アタシ」


 かがんで話す。それでも彼女は興味なさそうにあくびをして、前足を舐めては顔をかく。

 猫らしいといえば猫らしい。好感度のそれは極限に低くてげんなりするけど、変にすり寄られるよりかはなんだか良いと思えた。


「さ、少し休憩したら、もうちょっとお願いするわ。水、持ってくるわね」


 そう言って梯子に手を書けた時だった――


「やってるわね。入るわよー」


 カラッとした女性の声が聞こえたと思ったら、その人は梯子を使わずにひょいと降りてきた。

 その人物は、アタシのよく知ってる人。


「ハルさん!? 今日、休みだけど?」


「知ってるわよー。個人的に、ファイちゃんに会いに来ただけ」


 ウィンクするハルさん。モノは言いようだった。

 喫茶店目当てでなければいいでしょ? と言わんばかりのものだ。


「マスターにも魔石の補充したかったからちょうど良かったのよ」


「そ、そうだったんだ。ここ、結構常連さんに助けられてるお店よね」


「マスターが天然だからね。ゼールマンも休日にシキブレの豆を届けに来たり、軽食の食材を買ってきてくれたりもするわよ」


「ゼールマンさんとハルさんいないと成り立たないわねここ!?」


 驚いてしまう。でもそんな話もちらっとしていたことを思いだした。ゼールマンさんは一体どこでそれを調達してくるんだろう? コーヒー豆ってモノを今まで見たことがなかった。


「そんなことよりファイちゃん。水くさいじゃない!」


「えっ?」


「ここよ、ここ。私も初めて入れてもらえたんだけど、やっぱりここが抜け道だったのね!?」


「あ、あぁー……まぁその、まぁ……」


「や、いいわよ別にそんな委縮しなくても」


 得体の知れない後ろめたさに一歩引いてしまう。アタシが抜け駆けしようとしていることが半分くらいバレた。

 だけど、ハルさんは特に口調を強めるでもなく続ける。


「それにしてもマスター、ファイちゃんは下にいるのよね? って聞いたら、あっさり通してくれたのよね」


「今までは違ったの?」


「んー、なんか聞いてもはぐらかされたのよね。多分、この有様だからなんだろうけど」


 確かにそうかもしれない。カフィノム自体は綺麗でお洒落なお店だから、地下のコレを見られるのが嫌だったのかも。


 アタシがいることで何が違うのかはわからないけど、単にアタシに会いたがってるハルさんに居場所を教えただけ? それとも、アタシがもうここにいるから、隠しても仕方ないから?


「まぁ、それより。どこから手をつければいいのかしらね?」


「えっ? な、何を?」


「ファイちゃん……鈍感はモテないわよ。手伝う、って言ってるのよ」


「えっ!?」


 2度聞いても回答は同じだった。

 ハルさんは、倉庫整理の手伝いをすると言う。


「で、でも常連達の勝負って言ってたじゃない」


「あー、そう本気で思ってるのはファイちゃんとヒラユキ君とエスティアちゃんくらいじゃない? 私はもうどうでもいいというか、興味本位なだけ」


 だって、魔王を倒しても結婚できるわけじゃないし。とあっけらかんと言ったハルさん。

 最初に教えられた感じだと、みんな目をギラギラさせてここを狙ってるのかと思っていた。


「ファイちゃんが昨日言ったように、私はカフィノム自体が好きなのよ。それに私――」


 言いながら、ハルさんがアタシの頬に手を伸ばして触れてくる。ちょっとだけドキッとしてしまった。緊張と不安の半々だ。


「私、純粋にファイちゃんが気に入っちゃった。私の話を聞いてくれる人はいても、その先を考えてくれたのはファイちゃんが初めてだったわ」


 安心したように優しく微笑むハルさん。

 そっか。昨日のアタシの言葉、響いたんだ。経緯は色々あるにしても、ちょっと嬉しい。


「だから、私とファイちゃん。そしてマスターはこれからひとつのパーティよ。一緒にこのきったない倉庫、片付けていきましょ?」


「で、でもアタシ! 片付け終わったら、きっといなくなるわよ?」


「それはその時よぉ。寂しいかもだけど、ファイちゃんにはファイちゃんのしたいことがあるんだから、そこにまっすぐ進めばいいの」


「ハルさん……」


 これが、大人のお姉さんの言葉か。

 なんだか、重みがあると思った。包容力があると言うか、安心する。

 だけど同時に、ちょっと怖くなった。もしもここを片付けて、シキさんに真実を話したら、彼女はどう思うんだろうかと。


 結局そのためだったんだと落胆するか? シキさんに申し訳なくなる。

 そっかぁと軽く流してアタシを放りだすか? それはそれでなんだかキツいなぁ。


 どう言われたいのかは、アタシにもわからない。どっちにしても、まだ怖い。

 だから、今後も抜け道のことを伏せたいと、ハルさんとすり合わせた。


「あ! それじゃあ、私は溜めたゴミを――」


 言いながら、ハルさんはアタシが寄せ集めた木片と金属片の山に向けて手持ちサイズの杖を振る。

 すると、山が小さく光ったと思ったら、ポン! と音を立てて小さな爆発を起こした。

 ゴミ山はただの塵に変わって、ほうきですぐに掃けてしまいそうだ。


「これで楽でしょ?」


「すっご……これは、捗るわ! ありがとうハルさん!」


「軽いけど、お姉さんの恩返しと思って頂戴。改めてファイちゃん、よろしくね」


 差し出された手を取る。

 倉庫整理において、アタシとハルさんのパーティができた。

 この結成は、嬉しい気持ちが殆どだ。

 でも同時に、ちょっとだけ気分がもやもやした。


 ――頼むよぉーファイ。策士のリーダーでしょー?


「はは……いやいや、終わったことだしね。さ、集中集中!」


「ファイちゃん?」


「なんでもないわ。夕方にはシキさんが呼んでくれるから、それまで頑張るわ!」


 ハルさんとアタシ、そしてノワの2人と1匹。倉庫の掃除が少し楽しくなった。

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