【カフィノム日誌】
ハルさんが倉庫整理を手伝ってくれることになった。彼女はそこまで抜け道にこだわっていなかったらしい。嬉しかったけど、少し昔を思い出した。
昨日はハルさんとお話しながら倉庫を片付けた。
ノワと3人で1日中整理をしていたから、今日は開店までシキさんとの共同部屋で過ごしていた。
シキさんも「のんびりしてて」と言ってくれたから、アタシはベッドに座ってぼぅっとする。
「ハルさんとノワで倉庫整理のパーティかぁ」
パーティ、という言葉にちょっと考えこんでしまう。
……アタシは、独りでここまで来た。旅人としての歩みは、独りで成し遂げたものだ。
「あーヤメヤメ。今はカフィノムの一員なんだから!」
昔は昔。今は今。語るに及ばないとはこのことだ。
それより、今日も頑張ろう!
振り切るようにベッドから勢いよく立ち上がって、頬を叩く。
「何かしてる方が落ち着く! よし、手伝ってこよう!」
シキさんの所へ向かう。ハルさん達がいつ来るかわからないから、倉庫の整理は今しない。部屋からドアを開けて店内に入ると、彼女はコーヒーカップを洗っていた。
「シキさん、カップ拭くわ」
「あっ。ありがとうファイちゃん。昨日大変だったのに、休んでなくて大丈夫?」
「うん。動いてる方がいいの」
もやもやは、振り払うのが一番だ。誰にも話すつもりもないし。
アタシは今できることをするだけ。ハルさんに言われた、あまり気を遣いすぎないことは、自分に対しても言えることだ。
「今日もハルさんから来るかしら?」
「そうだねぇ。あんな風にショックなことがなければ、一番早いから」
「あそこまで泥酔すること、今まで結構あったの?」
「4年間で、30回くらいはあったかなぁ」
「多っ!? ハルさん可哀想すぎない!?」
「ハルさんの流した涙は、この乾いた魔界を潤すねぇ」
「悲しすぎる!」
ぽけーっとしながら妙にカッコいいことを言うシキさん。ハルさん、なんて不憫なお姉さん……。
「毎回そうやってフラれ続けたら気がおかしくなりそうだわ」
「なんだろうねー。ハルさん、すごく良い人だから。ガツガツいったり、無理やりどうこうしたりしないから……かも」
「う、うーん。それもどうなのかしらね?」
「でも、ファイちゃんの言葉で救われたんじゃないかなぁ。ハルさんの雰囲気? って言うのかな。それが昨日もすごく変わった気がしたよ」
うんうん、と頷くシキさん。
それなら嬉しいのだけど、ハルさんのメンタルが心配だ。
実はものすごく芯の強い人なんじゃないかとも思えるけど、いつか自棄になっちゃわないか心配だ。アタシやシキさんがいることで、何か拠り所みたいになっていればいいな……。
「マスター、やってる?」
なんて話をしているとハルさんが入店。いつものカフィノムが始まった。
カップは大方拭き終わった。今日もハルさんとお話かな?
「やってるやってる。今日はコーヒー、水?」
「一昨日散々飲んだから、水で。あとあの、麺のやつが食べたいかな」
「わかったよ。合わせて金貨8枚だね」
「オッケーよ、はいマスター」
慣れたように金貨を手渡し、シキさんが棚から平べったいお皿を取り、お鍋に湯を沸かし始めていた。
麺のやつ……って、メニューにあった一番高いのだ。見るのは初めてかな。
「カフィノムの軽食ってあんまり触れてこなかったかも」
「ファイちゃんまだ新人だもの。一緒に座って様子見る?」
「う、うん。それじゃあ」
いつものようにハルさんの隣に座る。ついでに先に水を出しておいた。
シキさんはしっかりその様子を見ていたのか、ありがとうーと言って料理に集中し始めた。
「マスター、料理も美味しいのよねー」
「ハルさん、カフィノムの全てを知ってそうよね」
「そりゃもう。私が愛すべきはここって、わかったもの」
ファイちゃんのおかげでより、そう思えたわ。と彼女はウィンクする。
今更ながら、小恥ずかしくなった。たかが新人があれだけ大仰なこと言ったのはちょっと出しゃばりだったかな? でも、ハルさんに響いたのならいいのかな?
アタシがカフィノムにいる意味が、あそこでひとつ作れた気がする。
自分の理由だけでここに居座るのがなんだか嫌だったから、あの時初めて、外に向いた理由ができたと思えた。
こういうことをいちいち考えちゃうから、真面目すぎるのかもしれない。自分を楽にするって難しいなぁ……。
「あぁして鍋で麺をゆでて、そのあとマスター特製のソースを絡めるのよ」
色々考えながらも、ハルさんと一緒にシキさんの料理の様子を眺める。
これまで夕飯はパンに野菜を挟んだやつを食べているから、その光景は新鮮だった。
「へぇ、良い香りね」
「細かく切った薬草とミルクを煮詰めて、とろとろにした白いソースが最高なのよぉ」
うへへ、とニヤつきながらハルさんはシキさんの後ろ姿を見つめ続ける。
そんなに美味しいんだ、今度頼んで作ってもらおうかな?
――カランコロンカラーン!
「おーす。って、おぉ! ハル嬢はやっぱ早いな、流石」
出来上がりを楽しみにしていると鐘が鳴った。来たのはヒラユキ君だ。アタシは立ち上がって彼を迎える。
「いらっしゃいヒラユキ君」
「ファイちゃん、シキブレ頼むぜ」
「わかったわ。シキブレひとつね」
悠々と歩いて、いつもの席に座るヒラユキ君。注文を即座に取り、シキさんに伝えた。
その時、シキさんが「あっ」と言ってアタシを止める。
「せっかくだし、今日はヒラユキ君とお話してきてもいいよ」
「えっ、ヒラユキ君と?」
「あぁ、名案ねマスター。私みたいな女の相手ばっかりじゃファイちゃんも飽きるでしょ?」
「なんでハルさんは自虐気味なの?」
「こんな行き遅れとはいつでも話せるでしょ。ほぉら! お姉さんは捨て置いて、若いオトコのトコへ行ってきなさい」
「自虐! しかも言い方! そういうお店じゃないしここ!」
「ハルさんおまちどうさまー。さて、シキブレシキブレ……」
「わぁ、ありがとう。やっぱりコレよねー。ほらファイちゃん、行ってらっしゃいって」
麺料理をハルさんの前に出し、シキブレの準備に取り掛かるシキさん。
ヒラユキ君の方を見ると、彼は本を片手にひらひらとアタシに手を振っていた。
それなら、言われた通り、今日はヒラユキ君の接客をしよう。
彼とはどんな話をすればいいかな?
そんなことを考えながら、アタシはシキブレの出来上がりを待った。
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