異世界喫茶カフィノム

-ラスボス前店-
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【第28話】コーヒーを淹れる人

公開日時: 2020年9月13日(日) 21:00
文字数:2,872

【カフィノム日誌】

 アタシのコーヒー淹れ初挑戦は惨憺たる結果だった。

 自分がこうもできない奴とは思ってなかったのがショックだ。

 でも、そんな中でシキさんとコーヒーの出会いを聞けることになりそう。





 図らずもシキさんの過去を聞けるチャンスが到来した。

 ヘコんでいたアタシだったけど、そんな場合じゃない。その機会は逃さない。恩人と、『恩場所』のきっかけはどうしても知りたい、理解したいと常々思っていたから。


「お待たせ。座って話そう?」


「ありがとう。ずっと、その話聞きたかったんだ」


 新たにシキブレが2杯出来上がり、カウンターの席の端2つに隣同士で座る。

 それからシキさんは「ハルさんかゼールマンさんが来るまでね」と言ってから口を開いた。


「……ずず」


 と思ったらコーヒーに口をつけていた。

 ずるっとアタシの肩が下がる。今、完全に何か喋る素振りだったじゃないの。

 この人、天然だし全然つかみどころのない人だってことを忘れてた。


「シキさん!?」


「あ、ごめんごめん。喉乾くかなーって」


「事前準備!? それなら水の方がよくない?」


「あ、それもそっかぁ」


 あははーと笑うシキさん。言いながら、アタシは彼女に水を差しだした。

 改めて、水を少し飲んでから、今度こそシキさんは話し始めた。


「5年前、だね。私がここでコーヒー淹れ始めたのは」


「ハルさんがここに通い始めて4年だから……それよりも前ね」


「うん。最初の常連さんはハルさんなんだ」


 今、自分が座っているハルさんの席、その椅子を撫でるシキさん。

 それまでは閑古鳥だったのかもしれない。5年前、黒騎士がどうだったのかは知らないけど、アタシの思った通り、魔王城の前に喫茶店は難しそうだ。なにより怖いし、なんであるのかわからないし。

 だけど、そこでアタシにひとつの疑問が浮かんだ。


「あれ? ゼールマンさんは?」


「そうそう。それを今言おうと思っててね」


「あっ、ゴ……ゴメン」


「うぅん。それが一番重要だからねぇ」


 そこから、カフィノムを一度見まわして、一度頷いてからシキさんはアタシを見て言う。


「実は、ゼールマンさんから声かけてもらったんだ。喫茶店をやらないか、って」


「えっ!?」


 誰でもそういう反応になると思う。

 ハルさんから、ゼールマンさんがコーヒーの豆やら料理の食材を持ってきているって話を聞いてはいたけど、そういうことだったのか。

 ゼールマンさんって、カフィノムの常連というより……スポンサーなのかもしれない。


「これはもう過ぎた話だから、深刻にならないで欲しいんだけどね――」


 そう前置きして、シキさんは棚と棚の間に飾られている、古ぼけた装飾があしらわれた弩を見ながら続けた。


「お店を始める前、私は中央部の魔王討伐の軍にいたんだー」


「えっと、天才的な弩使いって言われてたんだっけ?」


「そう。もう昔の話で、恥ずかしいけどね」


「そこでシキさんも戦って……たんだ。ちょっと想像つかないかも」


「うん。それで、その軍は黒騎士さんに、どかーん」


「どかーん!? 軽っ!? えっ、壊滅させられたってこと?」


「うん。私も軍に思い入れあったわけじゃないし。そこはね、軽く」


 そういえば城下町でそんな話を確かに聞いた。

 軍隊総出で黒騎士と戦ったけど、その時はほぼ皆殺しになったって話だ。

 その、『ほぼ』皆殺し。壊滅状態の中の、生き残り……いや、言ってしまえば『見逃された』人。そこにシキさんがいたんだ。


「軍で若いのは私だけだったし、軍も軍で私を良いように使ってただけだし。その隊長さんも黒騎士さんにやられちゃったし。色々終わったなーって思ったの」


「そこで、みんなやアタシみたいに、黒騎士に退くように言われたの?」


「そうそう。『若い芽を……』なんちゃらーって」


「アイツ、同じことしか言わないわね」


 黒騎士。ますますよくわからなくなってきた。

 若者は無暗に命を取らないのはいいけど、彼がなんなのか本当にわからない。


「それで、とぼとぼとあっちの城下町に帰った。ぼろぼろだったから宿で休もうと思ったんだけど、そこでゼールマンさんに会ったの」


「あ、偶然だったんだ?」


「多分、そうかな。あの人、宿でぼーっとしてたし」


 シキさん曰く、その時、私がこの辺りの人じゃないとゼールマンさんは気付いたらしい。

 そこが出会いだったんだ。でも、なんでコーヒー?


「その時、私が宿の人と弩の話になって。私の昔の話、バリスタの扱いがすごかったーって話をしてたら……ふふっ」


 何故か笑うシキさん。彼女が声を出して笑うことは珍しい。余程のことかもしれない。


「そしたらね。ゼールマンさんがいきなり立ち上がって……『バリスタ!? 腕は確かだって!?』って詰め寄ってきたんだー」


 それが発端、と言いつつくすくす笑い続けるシキさん。ゼールマンさん、ついに喋ったわね。

 でも、なんだろう、言っちゃっていいのかな? ちょっと察しがついた気がする。


「ね、ねぇもしかして……その『バリスタ』を、前に教えてくれた『コーヒーを淹れる人』と勘違いして、ゼールマンさんが咄嗟に声をかけた?」


「ぷっふふ……そう、ファイちゃん正解。それで私に、コーヒーと喫茶店について書かれた本を渡してきて、この立地の家を提供して、今こうなってるってお話」


 言いながら、1冊の本を懐から出して言う。本には確かにコーヒーのことや、どこかの世界の喫茶店について書かれているものだ。


「ぜ、ゼールマンさんの勘違いから、カフィノムが始まったんだ!?」


「うん。どうしてもコーヒーを飲みたい、そのためならなんでもする、って」


「すごい情熱ね。だからああして助けてくれるんだ?」


「そうだね。それに私も、どうせ路頭に迷うところだったし、引き受けたの」


「コーヒーを淹れる腕はわからなかったのに?」


「そこはゆっくり頑張ろうかなって。それで、私も最初は泥水で、ゼールマンさんに顔をよくしかめられたなーって」


 話が最初に戻った。シキさん、舵取りうまいなぁ。

 そっか、今でこそハルさんに天才的な腕だって言われてるけど、昔はシキさんもそうだったんだ。


「だからファイちゃん。そう落ち込まないで。ゆっくり、一歩ずつやっていけば、きっと美味しいコーヒー、淹れられるから」


 微笑みながら言って、アタシに例の本を手渡すシキさん。「少しずつ勉強しよう?」とも言ってくれた。


 シキさんの過去は、重いような軽いような。ともかく、大筋を聞けた。

 でも、彼女の今はそれをひきずることはなさそうで、常連に囲まれて。ぽわぽわしているけど、カフィノムって場所や、みんなのことが好きなマスター、『てんちょう』だ。


 それを理解したところで、来店の鐘が鳴る。入ってきたのは、ゼールマンさんだった。話の区切りには、ちょうどいい。

 いつものように彼は寡黙にコートと帽子を脱いで、ダンディにカウンターの席に着く。


 ――だけど、今日ばかりはその様子がなんとなく可笑しかった。

 

 彼の勘違いから始まった、カフィノム……か。

 アタシもその一員として今は頑張れるよう、コーヒーの勉強をしよう。


「ゼールマンさん、ご注文は?」


 彼は黙りながらも少しだけ笑いながら、メニューのシキブレを指さしていた。


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