【カフィノム日誌】
ハルさんからアタシに使い魔が譲渡された。黒猫のノワだ。
カフィノムに初めての看板猫が加わって、お店は2人と1匹になった。
黒猫のノワがカフィノムで暮らすことになった翌日。
早朝からアタシは倉庫に入っていた。
「よっし、少しでもカタしていかないとね」
今日は剣も持ってきている。あのでっかい虫が現れたらバッサリ斬ってやろう。
ひょいひょいと木片やら金属片を拾い、足の踏み場を確保していく。あの手の虫は暗いところを好むから、前みたいに木箱の陰を注意すればさして恐怖じゃない。
「あ、それより!」
良い案が閃いた。こういう時に協力を惜しんでどうする。
アタシは自分の左肩、刷り込まれた魔法陣をちょんちょんと叩いた。
「ノワ、ちょっと手伝……っでぇ!?」
アタシの肩を思い切り蹴りつけて飛び、距離を取って木箱の上に乗るノワ。色の違う左右の目を暗闇でギラギラさせながら、アタシに向けてフーッと一度ふいていた。
こんなところに呼びやがって、と言いたげな顔だ。
「ま、まぁまぁ。その、ね? ちょっとこの倉庫を片付けるのを手伝ってほしい……んですけど。ノワさん?」
しゃがんで、手の平から火の魔法を出す。なんでアタシが低姿勢なんだろう。
ハルさんが言うには、こういう魔力を使い魔は食べるらしい。
「た、食べるわよね? わっ!?」
ンナァオと低く鳴き、パシッとアタシの手の平の炎を猫の手で弾く。倉庫の先に飛んでいった火の玉を空中で口キャッチしていた。
そして、食べたと思ったら、彼女は奥へ走り去ってしまった。
そんなに直接もらいたくないのか。ノワとの距離は遠いなぁ。
「で、でも! そのうち仲良くなれるよね?」
先は長い。でもアタシは楽観的だった。
じっくり構えていれば、いつかはアタシの膝に乗って、丸くなってくれるかも? ちょっとした夢だ。
「でも、まずは距離を縮めるところからかぁ、とほほ……」
ノワとアタシの今回の距離は、木箱5個分だ。
でも、魔力を食べてくれるだけ良かった。
そこまで渋られるとノワにも悪い。お腹を空かせる思いだけはさせたくない。
「さて、アタシはアタシでやらないとね」
気を取り直して、周りの散乱している木片を梯子の下に集める。すると、奥から足音がした。
ノワが戻ってきたのかな? 多分そうだ。トトトトト、と素早い足音が近づいてくる。
「どうしたの? って!?」
だんだんノワの姿が見えてきた、と思ったら彼女が何かを咥えている。
脚がいっぱいの、黒くて長い虫。ノワより長さのあるデカい虫。前にアタシの腕を這い回った輩だ。
それを仕留めたのか、長いソレの真ん中を咥えて猛スピードで彼女が駆け寄ってきていた。
仕事を頼むと一番ちゃんとやってくれるのは彼女よ。
ハルさんの言葉を思い出した。魔力をあげたから、仕事をしてくれたのか。
でも、流石にそれは――
「きゃあああぁぁあぁぁあああぁぁっ!?」
心臓に悪すぎる。2日連続の絶叫だ。
猫は自分で捕まえた獲物を自慢するために、主のところへ持ってくる習性があるらしい。
目の前に例の虫の死骸をポトリと置いて、ノワはアタシの肩へと戻っていった。
驚いたし気持ち悪かったけど、ここのデカい虫問題は彼女がいればなんとかなりそうだ。
――――――――――。
「倉庫、大丈夫だった? すっごい叫びが聞こえたからびっくりしちゃった」
「あ……う、うん。だ、だぁいじょうぶ。だってアタシだもん」
「そう? 手伝えなくてごめんね、無理はしないでね」
昨日のデジャヴみたいな会話をして、開店こと常連が来るのを待った。
シキさんがカップをひととおり拭き終わり、アタシが店内の掃き掃除を終わらせたところで、ドアの鐘が鳴る。
「おっ! 今日はオレが一番乗り?」
「あら、いらっしゃいー」
今日はヒラユキ君が最初に来た。2日ぶりだ。
と思ったら、後ろから彼を押しのける影が1人いた。
「邪魔。エスが先よ」
「おぉっと。朝からかますねぇ? エスティアのお嬢さんよぉ」
「っさい。あ、シキさん! シキブレとクッキーをお願いします」
「エスティアちゃんもいらっしゃい。いつものだねー」
青く長い髪をかき上げ、エスティアちゃんが先に入って窓際に座る。そこが定位置なの? それに、ヒラユキ君とシキさんへの会話のトーンが違いすぎる。怖いくらいに違う。
やれやれと言いたげに首を振って彼も入店し、奥のテーブル席に座った。ヒラユキ君もそこが定位置なの?
2人のやり取りに気をとられていると、ゼールマンさんもいつの間にか来ていた。相変わらず無口な、渋いおじさまだ。
シキさんは早速3人分のシキブレを用意するべく、豆の入った器のレバーを回している。
今更知ったけど、豆を挽いているらしい。砕いて粉状になった豆を、三角錐に折られた紙の筒に入れて、お湯を通し、カップに液体を落とす。そうしておいしいコーヒー、シキブレが出来上がる。
「っていうかファイちゃん。ここで働くことにしたのか?」
「あっ! そ、そうだった。ヒラユキ君とエスティアちゃんに言ってなかったわ」
「カフィノム見習いか、いいね。制服似合ってるぜ。あぁ、このオレが言うんだ、間違いねぇ。いいってことよ」
「うるさいこの人たらし。良いポジションについたわね。でも、負けないから」
それぞれ感想をくれる。なんというか、2人らしい言葉だ。
特に違和感もなく接してくれるからありがたい。もっと何か言われるかと思ったけど杞憂だった。
「今日はハルさん以外が揃い踏みね」
「そうだねぇ。でも、ハルさん毎日来るんだけど、どうしたのかな……あっ」
話をしていると、扉が開いた。
だけど、いつものカランコロンカランじゃない。バタン! と少し乱暴に開けられて、鐘が少しうるさく鳴っていた。
「いらっしゃいー。全員集合だねぇ」
「い、いらっしゃいハルさん」
なんだろう、様子がおかしい。
顔を伏せながら、アタシ達の言葉に反応もせず、つかつかと歩いてカウンター席に座っていた。
若干肩が震えているような……本当にどうしたんだろう?
「マスター。シキブレ、まずは5杯。すぐにお願い」
「ごっ!? えっ、5杯!?」
「う、うん。5杯だね」
端的に言うハルさん。未だ表情は見えない。シキさんは言うとおりにする。周りの空気が変わっていた。
「おっと。ハハ……あぁ、いつものアレか。なぁ? ハル嬢、オレを食ったりしないよな?」
「知らないけど、アンタが死んでくれたら嬉しいわ」
本を開きながら、ヒラユキ君が不穏な事を言った。
これから何が起こるんだろう。嫌な予感しかしない。
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