異世界喫茶カフィノム

-ラスボス前店-
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【第10話】いつものアレ

公開日時: 2020年9月4日(金) 21:00
文字数:2,611

【カフィノム日誌】

 ハルさんからアタシに使い魔が譲渡された。黒猫のノワだ。

 カフィノムに初めての看板猫が加わって、お店は2人と1匹になった。





 黒猫のノワがカフィノムで暮らすことになった翌日。

 早朝からアタシは倉庫に入っていた。


「よっし、少しでもカタしていかないとね」


 今日は剣も持ってきている。あのでっかい虫が現れたらバッサリ斬ってやろう。

 ひょいひょいと木片やら金属片を拾い、足の踏み場を確保していく。あの手の虫は暗いところを好むから、前みたいに木箱の陰を注意すればさして恐怖じゃない。


「あ、それより!」


 良い案が閃いた。こういう時に協力を惜しんでどうする。

 アタシは自分の左肩、刷り込まれた魔法陣をちょんちょんと叩いた。


「ノワ、ちょっと手伝……っでぇ!?」


 アタシの肩を思い切り蹴りつけて飛び、距離を取って木箱の上に乗るノワ。色の違う左右の目を暗闇でギラギラさせながら、アタシに向けてフーッと一度ふいていた。

 こんなところに呼びやがって、と言いたげな顔だ。


「ま、まぁまぁ。その、ね? ちょっとこの倉庫を片付けるのを手伝ってほしい……んですけど。ノワさん?」


 しゃがんで、手の平から火の魔法を出す。なんでアタシが低姿勢なんだろう。

 ハルさんが言うには、こういう魔力を使い魔は食べるらしい。


「た、食べるわよね? わっ!?」


 ンナァオと低く鳴き、パシッとアタシの手の平の炎を猫の手で弾く。倉庫の先に飛んでいった火の玉を空中で口キャッチしていた。

 そして、食べたと思ったら、彼女は奥へ走り去ってしまった。

 そんなに直接もらいたくないのか。ノワとの距離は遠いなぁ。


「で、でも! そのうち仲良くなれるよね?」


 先は長い。でもアタシは楽観的だった。

 じっくり構えていれば、いつかはアタシの膝に乗って、丸くなってくれるかも? ちょっとした夢だ。


「でも、まずは距離を縮めるところからかぁ、とほほ……」


 ノワとアタシの今回の距離は、木箱5個分だ。

 でも、魔力を食べてくれるだけ良かった。

 そこまで渋られるとノワにも悪い。お腹を空かせる思いだけはさせたくない。


「さて、アタシはアタシでやらないとね」


 気を取り直して、周りの散乱している木片を梯子の下に集める。すると、奥から足音がした。

 ノワが戻ってきたのかな? 多分そうだ。トトトトト、と素早い足音が近づいてくる。


「どうしたの? って!?」


 だんだんノワの姿が見えてきた、と思ったら彼女が何かを咥えている。

 脚がいっぱいの、黒くて長い虫。ノワより長さのあるデカい虫。前にアタシの腕を這い回った輩だ。

 それを仕留めたのか、長いソレの真ん中を咥えて猛スピードで彼女が駆け寄ってきていた。


 仕事を頼むと一番ちゃんとやってくれるのは彼女よ。


 ハルさんの言葉を思い出した。魔力をあげたから、仕事をしてくれたのか。

 でも、流石にそれは――


「きゃあああぁぁあぁぁあああぁぁっ!?」


 心臓に悪すぎる。2日連続の絶叫だ。

 猫は自分で捕まえた獲物を自慢するために、主のところへ持ってくる習性があるらしい。

 目の前に例の虫の死骸をポトリと置いて、ノワはアタシの肩へと戻っていった。

 驚いたし気持ち悪かったけど、ここのデカい虫問題は彼女がいればなんとかなりそうだ。


 ――――――――――。


「倉庫、大丈夫だった? すっごい叫びが聞こえたからびっくりしちゃった」


「あ……う、うん。だ、だぁいじょうぶ。だってアタシだもん」


「そう? 手伝えなくてごめんね、無理はしないでね」


 昨日のデジャヴみたいな会話をして、開店こと常連が来るのを待った。

 シキさんがカップをひととおり拭き終わり、アタシが店内の掃き掃除を終わらせたところで、ドアの鐘が鳴る。


「おっ! 今日はオレが一番乗り?」


「あら、いらっしゃいー」


 今日はヒラユキ君が最初に来た。2日ぶりだ。

 と思ったら、後ろから彼を押しのける影が1人いた。


「邪魔。エスが先よ」


「おぉっと。朝からかますねぇ? エスティアのお嬢さんよぉ」


「っさい。あ、シキさん! シキブレとクッキーをお願いします」


「エスティアちゃんもいらっしゃい。いつものだねー」


 青く長い髪をかき上げ、エスティアちゃんが先に入って窓際に座る。そこが定位置なの? それに、ヒラユキ君とシキさんへの会話のトーンが違いすぎる。怖いくらいに違う。

 やれやれと言いたげに首を振って彼も入店し、奥のテーブル席に座った。ヒラユキ君もそこが定位置なの?


 2人のやり取りに気をとられていると、ゼールマンさんもいつの間にか来ていた。相変わらず無口な、渋いおじさまだ。

 シキさんは早速3人分のシキブレを用意するべく、豆の入った器のレバーを回している。


 今更知ったけど、豆を挽いているらしい。砕いて粉状になった豆を、三角錐に折られた紙の筒に入れて、お湯を通し、カップに液体を落とす。そうしておいしいコーヒー、シキブレが出来上がる。


「っていうかファイちゃん。ここで働くことにしたのか?」


「あっ! そ、そうだった。ヒラユキ君とエスティアちゃんに言ってなかったわ」


「カフィノム見習いか、いいね。制服似合ってるぜ。あぁ、このオレが言うんだ、間違いねぇ。いいってことよ」


「うるさいこの人たらし。良いポジションについたわね。でも、負けないから」


 それぞれ感想をくれる。なんというか、2人らしい言葉だ。

 特に違和感もなく接してくれるからありがたい。もっと何か言われるかと思ったけど杞憂だった。


「今日はハルさん以外が揃い踏みね」


「そうだねぇ。でも、ハルさん毎日来るんだけど、どうしたのかな……あっ」


 話をしていると、扉が開いた。

 だけど、いつものカランコロンカランじゃない。バタン! と少し乱暴に開けられて、鐘が少しうるさく鳴っていた。


「いらっしゃいー。全員集合だねぇ」


「い、いらっしゃいハルさん」


 なんだろう、様子がおかしい。

 顔を伏せながら、アタシ達の言葉に反応もせず、つかつかと歩いてカウンター席に座っていた。

 若干肩が震えているような……本当にどうしたんだろう?


「マスター。シキブレ、まずは5杯。すぐにお願い」


「ごっ!? えっ、5杯!?」


「う、うん。5杯だね」


 端的に言うハルさん。未だ表情は見えない。シキさんは言うとおりにする。周りの空気が変わっていた。


「おっと。ハハ……あぁ、いつものアレか。なぁ? ハル嬢、オレを食ったりしないよな?」


「知らないけど、アンタが死んでくれたら嬉しいわ」


 本を開きながら、ヒラユキ君が不穏な事を言った。

 これから何が起こるんだろう。嫌な予感しかしない。

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