異世界喫茶カフィノム

-ラスボス前店-
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【第21話】ただの道化さ

公開日時: 2020年9月10日(木) 07:00
文字数:3,756

【カフィノム日誌】

 ヒラユキ君とカード遊び、その2戦目がはじまった。

 けど、初戦でいきなりアタシは負けた。何かがおかしい。この勝負、簡単にはいかないかも。


 おさらい

 ・カードは5種類。炎、雫、草木、光、闇

 ・炎は草木に強く、草木は雫に強く、雫は炎に強い。

 ・闇は上記3種にすべて強く、光にだけ弱い。

 ・光は闇にだけ強く、上記3種すべてに弱い。

 ・8枚すべて出し切って、勝敗の多い方の勝ち。

 勝った方は負けた方のプライベート話な話題をひとつ振ることができる。以上。





 アタシのカードは闇、ヒラユキ君は光。

 前、ヒラユキ君にやったことをそのまま返されてしまった。


「やっぱりな。アレコレ考えるより、ファイちゃんはそうくると思ったぜ」


「しょ、初手で光を切るなんて……」


「ファイちゃん、肝っ玉据わってるからな。出し惜しみなんて考えない、その思い切りの良さは前と同じだった」


「ぐっ、前の勝負から学んだってことね」


「そういうことですよ!」


「なんで突然敬語!? 似合わなっ!」


 しまった。今ばかりは調子に乗って、ヒラユキ君を舐めていた。

 向こうがいきなり惑わせに来たんだから、疑ってかかるのは当然しなくちゃいけないことだったのに。

 驕り、はどんなに賢い奴でもそれを凡夫に変えてしまう。現にアタシがそうなった。


「それに、前嘘つかれたからな。今度はオレの番ってトコだ」


「本領発揮ね、この人たらしアサシン」


「おぅ、相変わらず冷てぇぜエスティアちゃん! そう、騙しは東の暗殺者のキホンさ」


 ニヤニヤしながら山札状に重ねたカードを、右手から左手にパラパラと落とすように積み重ねるヒラユキ君。

 騙された、と怒るのは筋違いだ。それより、2戦目はヒラユキ君ならどう出てくるだろう?


「むむむ……」


 自然に指に力が入っていた。

 考えれば考えるほど、彼の術中にハマっている気がする。

 やり返そうにも、もう闇を切ってしまった。不利すぎる光は、そう簡単に切れない。

 というのを利用して、2戦目で彼は闇を切り、アタシに負けを突き付けてくるかもしれない。

 一昨日、アタシがやった手だ。それなら――


「アタシは、こうする」


 落ち着いて、1枚のカードを置く。

 それに対してヒラユキ君はどうするか。


「なんだ、落ち着いてるなぁ。さて、ファイちゃんは何を出したのか……炎か?」


「ち、違うわよ!」


 思わず声を大きくして返してしまった。そういうこともしてくるか。

 まずい、対人のこういう揺さぶり。アタシはやられ慣れていない。

 東部の人は、自他ともに良くも悪くも心の面をよく見ていると聞いたことがある。

 そんな人の尋問……尋問じゃないかもだけど、こういう問いかけは何が仕掛けられているかわからない。


「じゃあ、雫か?」


「違うわ!」


「草木」


「ち、違うってば」


「じゃあ、光か?」


「うぅん、違う」


 表情は変わっていなかったはず。一通り聞いて、ふーむと唸るヒラユキ君。

 この様子なら、会話で何を出したのかは悟られていないはず。


「そんじゃあ、コレで行くかね」


 ヒラユキ君もカードを置いた。そして、お互いのカードが表に返される。

 アタシは、光。彼は、草木だった。2戦目も、アタシの負けだ。


「おっしゃ。やっぱり光だったな!」


「な、なによ。言い当てたみたいに! さっきの会話でわかったの!?」


「あぁ、そうだよ。悪いが、ファイちゃんの嘘はもう見破れる」


 パチン! と指を鳴らすと同時に、その勢いでアタシに人差し指を向けるヒラユキ君。

 彼の言い方は、アタシが光を切ったという確信があるようなものだ。


「ファイちゃん、嘘をついてる時ほど堂々としてるんだよ。光か? って聞いた時だけ、絶対違うと言わんばかりに言い切ってたぜ?」


「ウッソ……」


 意図してやっていた訳じゃない。逆に、ちょっと動揺したフリだけはした。

 揺さぶりには揺さぶられたフリで、焦っていそうなところに付け込んでくるかなと思っていたから。

 でも、彼はアタシの嘘を的確に見抜いてきた。だからこそ、勝率の高い闇を絶対に切ってこなかった。


「アタシ……そんな癖が」


「癖って程でもないと思うぜ。嘘をつく時ほど、バレないように逆に堂々としてる。ファイちゃんらしいよ」


「それも前ので見抜いてたの?」


「まぁな。一昨日も、『雫を出したから』って言った時は得意げだったのもあったろうが、すげぇ自信満々に嘘ついてた。だから、そういうコなんだなってオレは思った」


「ヒラユキ君、人をよく見てるのね……」


 調子に乗っていたのが事実すぎて、自分に溜息をつく。

 彼は全部、前の勝負でアタシという人間を学んでいる。となると、一昨日の彼の負けは全部計算だったとも思えてしまう。

 切札を全部切っての、アタシの2連敗。今度は、こっちが負け戦の流れだ。


「でも、一矢くらいは報いてやるわ!」


「頑張れ、ファイちゃん」


 シキさんが応援してくれる。

 今度はヒラユキ君から出す番だ。今度こそ、彼の揺さぶりには動じない。

 嘘をつくとき堂々としている癖があるなら、常に堂々としていよう。


「そんじゃ、行くぜ?」


「来なさい! さぁ、何を出してくるのかしら?」


 その時、ヒラユキ君の顔がいつも以上にニヤついている気がした。

 何か仕掛けてくる。そんな予測だけは容易にできた。


「オレはコレを出すぜ」


 得意げに片手で指を鳴らしつつ、彼はさっきと同じ柄、『草木』を見せてきた。その見せた草木を何の仕掛けもなさそうに、スッと裏返してテーブルに置く。

 動作に不自然な所はない。きっとこれは、アタシに疑念を抱かせ続けて思考を縛る魂胆だ。


 何か策を打った、と思わせておいて草木に勝つ炎を出せばいいものを、雫を切ってしまう。

 そんなアタシのミスを狙っていると見た。

 それなら、まっすぐ行ってやる!


「じゃあ、アタシはこれよ!」


 堂々と、炎を出した。きっと彼もまっすぐ打ち合ってくるはず。

 それなら、ここで1勝は取れる!

 ……と思っていたアタシは、本当に浅はかだった。


「え……っ!?」


 開かれたカードは、アタシは炎。

 ヒラユキ君は……雫だった。


「イィエスっ! 3連勝だぜ」


「な、なんで!? どうして!? すり替えた手つきでもなかったはずなのに!」


 そこだけを警戒して、アタシはジッとヒラユキ君の手元を見ていた。

 カードを2枚重ねて置いたような素振りもない。現に、彼は残りの手札をアタシにしっかり公開してきたからだ。

 雫、草木、闇が1枚ずつ、炎が2枚と勝負の流れとちゃんと合っている。


「騙されたなファイちゃん。ちょっとタネ明かししようか?」


「騙されたって……アタシに何かしたの!?」


「あぁ。暗殺者ことオレの、ちょっとした特殊能力だ」


 言いながら、自分とアタシの目を指さすヒラユキ君。

 能力って、そんなことをいつの間にしていたんだろう?


「さっき、オレが『行くぜ?』って言ったら『来い』ってニュアンスの返しをしただろ? それが能力発動の鍵さ」


 言葉に反応する能力? でも、そうか。魔法と同じで、そういう変わった術とか技とかを持っている人間がいるかもしれないって想像が及ばなかったのは、アタシのミスかもしれない。


「オレはそのやり取りをした相手にだけ、オレが思った通りの幻影を見せる能力を持ってる」


「えっ!? げ、幻影!?」


「他のみんなには最初オレがカードを表に返したとき、普通に雫に見えていたはずだぜ?」


 どうだい? と周りに聞くと、シキさんをはじめとして3人はおずおずと頷く。

 アタシは彼の見せたカードは草木にしか見えていなかった。彼の言っていることはきっと本当だ。


「ファイちゃん。周りの様子をちゃんと見てれば異変に気付けたと思うぜ?」


「そんな……うぅ、悔しいわ。まさかそんな能力まであるなんて」


「でっち上げに嘘っぱち。それがオレの能力さ」


「アンタ自体、嘘つきな人間のところあるもんね。エスも何度それで騙されたか」


「まぁな。オレ自身、ウソの塊なところあるからな。オレはただの道化さ」


 これで、アタシは3連敗。この勝負に流れもへったくれもなくなってしまった。

 ここでアタシの思考は止まり、あとは総崩れ。どう頑張っても、引き分けの結果しかなくなってしまったからだ。


 4戦目。ほぼ何も考えずに炎を出すと、彼も炎で引き分け。

 もうここで勝負は決まってしまった。


 5戦目。それは彼もわかっていたのか、闇を切って勝ってきた。

 あとは……消化試合だ。


「ゲームセット。オレの勝ちだな」


「完敗よ。ヒラユキ君、前の勝負で本当にアタシをよく見てたわ」


「だろ? オレ、人間観察と騙し合いは得意なんだよ」


 アタシが調子に乗ったのもあるけど! と少し負けず嫌いは出した。

 でも、完全に彼のペースに乗せられていた。戦術剣士、策士としてこれまで独りで頑張ってきた積み上げが……情けない。


「そんじゃあ、賭けるモノは賭けてもらうぜ」


「……うん。アタシへの戒めも込めて、なんでもいいわよ」


「よぉし。まぁ、実はオレが聞きたい内容は決まってるんだが――」


 そして、ヒラユキ君は真面目そうな顔つきになって、言った。


「ファイちゃん。キミが独りでここまで来た経緯を教えてくれ」


「っ!!」


 言ってしまえば、どうして独りでここまで来たのか。ということだ。

 結局、語らないといけないのね……隠そう、と思っていることほど、それは明るみに出る。


 だけど悪いことや、嫌な話ではない。語ることが絶対に嫌ってことじゃない。

「わかった」とアタシは言って、少し重く、口を開いた。


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