異世界喫茶カフィノム

-ラスボス前店-
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【第46話】適温ってあるのよ

公開日時: 2020年9月22日(火) 07:00
文字数:3,813

【カフィノム日誌】

 エスティアちゃんに冷たくされ、ヒラユキ君に悪い思いをさせてしまったアタシ達。だけど、このままではいられない。1日置いてやってきてくれたエスティアちゃんに謝って、その先をアタシは見据えた。今度はアタシが全部動く番だ。





「エスティアちゃん、水持ってきたわ」


「あ、ありがと……」


「今日も特訓終わり? 最近はよく来てくれるよね?」


「まぁ、ね。また黒騎士に負けたから、しばらくこっちで頭冷やそうと思ってる」


 なるほど、3日に一度だったのは、黒騎士と再戦するための色々を頑張っていたからか。

 今日のエスティアちゃんは冷静というか、いつもの冷めた雰囲気の彼女だ。

 あの時の様子だと口きいてくれないかと思ったけど、会話はしてくれる。そこは安心した。

 それなら、彼女としっかり向き合える。


「あ、あと、クッキーもいいかしら?」


「もちろんよ。シキさん。クッキー、お願い」


「わかったよ。ちょっと待っててね」


 エスティアちゃんが若干たどたどしいのは、この前の今日だからか。それとも、初めてアタシ達に素直に謝ったからなのか。件の話は、アタシ達にも落ち度があるからなんとも言えないんだけど。

 件の話と言えば、また水とクッキーかぁ。

 今日、ヒラユキ君が来ないとも限らないし……でも、また味気ない組み合わせだ。


「水とクッキーが合わないとは言わないけどさ」


 独り呟く。そう、合わない訳じゃない。でも何か違う、どことなく嚙み合わないミスマッチがそこにある。

 エスティアちゃんの、今のヒラユキ君との関係みたいだ。

 アタシは誰か男の人を尊敬したり、ましてや恋なんてしたことないからハルさんの言う『お似合いの男女』をすべて理解している訳じゃない。

 だけど、言いたいことはわかる。確かに正直な状態なら、この2人は本当にいいコンビになる気がする。


「本当はコーヒーとが一番合うのにね」


「そうだね。でも、また説得してって訳にはいかないかな?」


「そうね……なぁんだろ。なんというか、本当にもったいないって感じだわ」


 シキさんがクッキーの皿を手渡してくれる。アタシはそれを持って、エスティアちゃんのところへ向かう。

 このアタシの思いを、どうエスティアちゃんに伝えよう。


 彼女はこの前のアタシみたいに、迷っている。自分にウソをついている。

 あの時は、ノワが色々話してくれたおかげで自分には何が足りてないかが見えた。

 ノワはコーヒーに例えて、アタシをよく見て、もの申してくれた。


「あっ!」


 いっそ、そういう話をしたらどうだろう?

 彼女みたいにうまいこと言えるかなんてわからない。でも、それならアタシの思いの丈をぶつけられる気がする。


 ファイ、貴女は元でも戦術剣士。策士として相手の気持ちに寄りそう勘は、ハルさんの時も鈍ってなかった。

 今度は自分の事じゃない。自分を顧みた今なら、似たような状況になっている目の前の女の子に、言えることがあるはず!


「よし、やってみよう」


 小声で自分を鼓舞して、アタシはエスティアちゃんの向かいに再度座った。


「クッキー、お待たせ」


「どうも。いただくわ」


 皿を置くと、早速彼女は1枚ひょいとつまんでさくりと口にする。

 アタシはその様子を見ながら、言うことをまとめていた。熱くなると色々言いそうだけど、趣旨をハズさないようにしないと。


「ね、エスティアちゃん」


「……なによ」


 アタシの真剣な目に何か嫌な雰囲気を察したのか、半ば睨みながら視線を向けてくる。

 臆するなアタシ。言いたいことを、反応を見つつ言い切ろう。


「ひとつだけ教えて欲しい。ヒラユキ君のことは、嫌い?」


「また、エスの中に土足で踏み込んでくる気? 答える義務はない」


「待って。おせっかいでもデバガメでもなんでも構わない。ただ、エスティアちゃんが辛いんじゃないかって」


「辛い? 何が!? エスの目的知ってるでしょ!?」


「わかってる。でもこの1年、エスティアちゃんの中で、少し心境変わってるよね?」


「っ! そんなこと――」


 彼女が俯いて、どもった。辛いって言葉と心境の変化のくだりでは露骨に目が少し開いていた。

 多分、図星だったんだ。

 黒騎士を倒し、その先の魔王討伐の目的は、アタシと同じ自分の証明のために行うこと。彼女とアタシは、その点で似ている。だからわかる。

 それに、この先どうしようか迷っている心境は、少し前のアタシと一緒だ。


 今のエスティアちゃんは、自分の我儘に文句ひとつ言わずに付き合ってくれているヒラユキ君を尊敬している。

 黒騎士を諦める気はないだろうけど、性格上ずっと彼に悪態をついてきた関係性への矛盾の辛さ。それがここ1年続いて、心境にも変化が出ている。彼女のコーヒー状態がそれを示している。


 人間関係に、ウソをついてほしくない。エスティアちゃんの心に従ってほしい。

 アタシはその一心で、彼女と話し続ける。臆するな、きっと伝わるはず。


「エスティアちゃん。愛だとか恋だとかの話をする気は一切ない。ただ、ヒラユキ君への尊敬の念って少なからずあるよね? それって今まで冷めていたエスティアちゃんの中で、温かく燃えているものだよね?」


「そ、それは……ないことも、ない。けど! 今更そんなこと話したって――」


「冷めたら、終わりなんだよ!」


 声を張る。アタシの言いたいことはそれだ。


「コーヒーにもね、適温ってあるのよ。熱すぎるとシブくなるし、冷めたら泥水のようにマズい――」


 この例えがどうなのかはわからない。でも、アタシは全力で続けた。


「エスティアちゃんはこれまで思いを蒸らしていた。アタシのこの前の経験から言わせてもらうわ。貴女は、今が適温なの! 一番美味しい時なのよ! その機会を逃さないで!」


「て、適温……」


「それにね、いつまで水とクッキーで満足してるつもり!?」


 この先はおまけに近い。でも、この際だから言わせてもらう。


「確かに黒騎士やその先がエスティアちゃんは目的かもしれない。でもね、今の貴女にとって、それは水よ」


「っ!?」


「自分と目先のことばっかり考えて、水とクッキーで味気ない日々を過ごすの、もうやめたら? エスティアちゃんだって、良い組み合わせを知ったでしょ?」


「それって、アイツのことを言いたいわけ?」


「そうよ! もうわかってるんでしょ!? ヒラユキ君の存在こそコーヒーよ!」


 そして、アタシはエスティアちゃんをビシィと指して、最後に告げた。


「クッキーの美味しさを最大限引き出すのは、コーヒーなの。貴女は自分にウソついて、自分の飲み物選びを間違ってる。貴女の人生の味をより良くするのは黒騎士じゃない、ヒラユキ君よ!」


 アタシは水を飲み干し、手首で口元を拭きながら「以上!」と言い切った。

 18歳が何を言ってるんだと思われるかもしれないけど、アタシが言いたいのはそれだけ。

 あとは、彼女にアタシの気持ちが通じたかどうかだ。


「クッキーには……コーヒー。それが美味しい組み合わせ」


 下を向いて、ぼそぼそと呟くエスティアちゃん。

 黒騎士を諦めろと言うつもりは毛頭ない。ただ、今の彼女に必要なのはそっちじゃないって話だ。


「でも、エスはどうすればいいのよ。アイツに、謝ればいいわけ?」


 アタシを目を合わせずに、小さく舌打ちして聞いてくる。

 ここで、彼女に「自分はどうしたい?」と聞くのは突き放しか。

 それなら、ひとつ。


「一言、ありがとうでいいんじゃない? 今まで言ったことないでしょ?」


「っ! それは――」


「恋仲になれとかそんな安い話をする気はない。単に、変に意地張って妙な雰囲気で険悪のままって、辛くない? アタシはそんなエスティアちゃんが心配なだけ」


 そこは本心だ。どこまでもアタシの筋は、自分にウソをつかないでほしいということだけ。

 かつて、アタシがそういう道を歩んだからだ。アタシだから言える。彼女にはもう少し真っ直ぐ前を向いてほしい。


 しばらく周りをきょろきょろしては、下を向いて唸っていたエスティアちゃん。

 それがやがて、アタシを見るようになって、力なさそうに少しだけ口元を緩めて言った。


「ファイ……アンタ、強いわね」


「ほんのちょっと前まで、弱すぎたのよ。でもカフィノムのおかげで、少しだけね」


「……そう。ここのおかげ、か。エスもその力、借りてもいいのかな?」


 ぽつりと言ったその一言。ちっぽけな言葉だけど、彼女にとってその言葉は大きな変化だ。

 アタシはその言葉に嬉しくなって、彼女の手を両手で握った。


「っ! ダメな訳ないじゃない! ね!?」


 シキさんとハルさんを見る。彼女らはニッコリ笑って、エスティアちゃんに頷いていた。

 それから彼女は、自嘲するような乾いた笑いを発して続ける。


「はっはは……ありがとう、か。アイツに言ったら茶化されそうね」


「そうなったら、笑いながらヒラユキ君の頬をひっぱたいてやりなさい! アタシもやってやるわ!」


「っふふ。こっちは真剣に言ってんだよ! って?」


「ぷっ……そう。そうよ。エスティアちゃんが勇気振り絞ってんのよ! ってね」


 なんとなく可笑しくなって、2人で噴き出して、そこからくすくすと笑った。

 その笑った顔は、コーヒーを飲まなくてもあの時の状態みたいな、屈託のない女の子の顔だった。


「ね、ファイ。アイツが来て、エスもいるその時。ちょっと力貸してくれる?」


「もちろんよ。今度は悪ふざけじゃない。カフィノム総出でエスティアちゃんを助けるわ」


 言いながら、彼女と握手をした。

 華奢な手は、18の女の子とは思えないくらい傷だらけで、少し震えている。

 だけど、その手はもう冷たくはなかった。

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