【カフィノム日誌】
ハルさんはコーヒーを飲むと酔う。絡んでくるし、泣くし、らしくない真面目なこと言うし、突然寝る。普通、コーヒーは目が覚める物らしいけど、変わった人もいるのね……。
酔っ払いハルさんの相手をした初日からその翌日。
今日はシキさんよりも早く起きた。その理由はただひとつ。
「さて、どこから手をつけようかしら?」
この最悪に汚い倉庫に手をつけようと思ったからだ。
ここを見て、他のみんなはどう思うんだろう?
ハルさんは「あらあら」くらいで収まりそうだけど、ヒラユキ君やエスティアちゃんは目をギラギラさせそう。あの二人なら、ここのモノを壊してでも先へ行きそうだ。それはまずい。
「あんまり時間も取れないわね。足元から始めるか」
早速、バラバラと落ちている木片や金属片を拾い出す。
シキさんが起きたら声をかけてもらうように言ってあるから、それまでテキパキやろう。
「シキさんもあんなだし、こうして片付けとか整理とか全然だもんね、もう」
ぶつぶつ言いながら床のゴミを片付けていく。木箱の山の陰にあった少し大きめの木片を持ったその時。
うぞぞぞぞ……とアタシの腕に黒くて足がいっぱいの長い何かが這い上がってきた。
アタシの腕くらいあるヤバい長さのソレが肌に触れ、思わず硬直してしまう。
「いやああぁぁあああぁぁあぁぁぁーーーーッ!?」
思い切り振り払うと、ソレは倉庫の奥の方へ逃げて行った。魔物を気持ち悪いと思ったことはないけど、虫は苦手だ。しかもデカすぎる。
次から剣を持ってこよう。つい魔法なんて使ったら、ここを燃やしかねない。
倉庫の整理、先は長そうね……。
――――――――――。
誰かが来るまで、開店前の準備をする。
シキさんはカップや食器を拭き、アタシは店内の掃除をしていた。こっちの方が衛生的で心地が良い。地から天とはこのことか。
「倉庫、大丈夫だった? すっごい叫びが聞こえたからびっくりしちゃった」
「あ……う、うん。だ、だぁいじょうぶ。だってアタシだもん」
「そう? 無理はしないでね」
心配そうに見つめてくるシキさん。だってアタシだもん、の意味はアタシもよくわかんない。困るとよく使っちゃうアタシの口癖だ。
「どうもー。マスター、ファイちゃんもおはよう」
「ハルさん、いらっしゃいー」
「い、いらっしゃいませ」
そうこうしていると、ハルさんが来店する。昨日の今日だから、最高の笑顔で迎えるなんてことはできなかった。
「ファイちゃんファイちゃん」
「シキさん?」
「あのね、ハルさんは酔ってた時の記憶ほぼないから。よろしくね」
「そ、そうなんだ……」
耳打ちで初めに教えてくれた。じゃあ、その話題はあまり出せないか。
「いやぁ昨日のファイちゃんの胸、良かったわねぇ」
「そこ憶えてるんだ!?」
早速昨日のこと言ってるじゃないの。シキさんをどこまで信用していいんだろう?
ハルさんも手をお椀型にして空気を掴むのをやめてほしい。ここはそういうお店じゃない。
「それでハルさん。シキブレ?」
椅子に通して、注文を聞く。今日も酔っぱらいの相手かぁ、と内心で嘆息しているとハルさんは首を横に振った。
「うぅん。今日は水と軽食をね」
「えっ? 飲まないの?」
「今日はファイちゃんにお詫びを、ね?」
たはは、と笑うハルさん。
「初日から私のアレを相手してもらって悪いなーと思って」
「あぁ、まぁ、その……まぁ、そうね」
あからさまに「そうよ!」とは言えない。それにお詫びって言うけど、何も持ってない。
不思議に思いながら、コップに冷えた水を注いで、ハルさんに出す。すると彼女は、昨日と同じようにアタシを隣に座らせた。
「いやーあんまり憶えてないんだけど、昨日はゴメンね。あの通り、私ちょっと変なのよ」
「コーヒーの効果が人それぞれなのかと思ったわ……」
「酔うのは私だけねきっと。だから、ゴメンね? それでファイちゃんに持ってきたのは――」
言いながら、ハルさんが手持ちサイズの木の杖を出して、カウンターに3つの丸い紋のようなものを描く。
これって、いわゆる魔術師の使う魔法陣? なんだろう、何か新しい魔法を見せてくれるのかな?
二重丸の中の縁に妙な文字が刻まれ、その中に五芒星、六芒星、四角形。そんな3つの魔法陣ができあがる。それぞれ、青、赤、緑とぼんやり光っていた。
「わぁ、綺麗だねぇ」
「ハルさん、これは?」
シキさんと二人で魔法陣をのぞき込む。アタシが聞くと、ハルさんはふふんと鼻をならしながら言った。
「ファイちゃんに、私の使い魔をプレゼントしようと思ったのよ」
「つ、使い魔!?」
「おぉーファイちゃん、やったね」
ハルさんは格の高い魔術師らしく、どんな魔法も一級品だとシキさんは言う。
そんな人の召喚する使い魔だから、まず間違いないと太鼓判を押していた。
「ハードル上げるわね……まぁ、4年越しでカフィノムにも看板ペットができるんじゃない?」
「あぁー、それいいね。看板に絵描いちゃおうかなぁ」
微笑を浮かべてわくわくした様子のシキさん。看板ペットかぁ、確かにいると可愛いかもしれない。
「それじゃ、早速召喚するわね。3体出るから、好きなのを選んでね」
「う、うん」
ハルさんが杖をそれぞれの魔法陣に向ける。すると陣が色に対応して同じ色で強く発光した。
「まず、青ね。おいでなさい」
出てきたのは、黒猫だった。
青色と黄色のオッドアイで、目つきが悪い。ところどころに白い毛が混じっていて、毛並みも艶やかで綺麗な猫だ。尻尾をパシパシとカウンターに叩きつけている。
「次は赤。いでよ!」
出てきたのは、茶と白のしましま猫だった。
シキさんみたいに糸目で、のほほんとした様子だ。耳を伏せていて、アタシとハルさんを交互に見るなり、くぁ……とあくびをして魔法陣の中で丸くなっていた。
「最後に緑ね。召喚!」
出てきたのは、小麦色の毛の長い猫だった。
青い眼の中の黒い瞳を丸くして、アタシをじっと見ている。座り直すために、ちょっとだけ身体を動かすと、ビクッとして魔法陣の中で縮こまっていた。
「この3体よ。ファイちゃん、どうかしら?」
得意げに言うハルさん。小さく拍手するシキさん。
アタシは少しの沈黙の後、思ったことをそのまま言った。
「えっ! 全部猫っ!?」
不服な訳じゃない。それぞれ別の生き物を想像していたから、ちょっと驚いただけだ。
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