【旅の記録……改め、カフィノム日誌】
喫茶カフィノムで、アタシは働けることになった。
この旅の日記を、これからはお店の日誌にしていこうと思う。
目が覚めると、すでにシキさんはいなかった。
カフィノムのカウンター奥が彼女の部屋で、アタシは住み込み……彼女曰く同棲ということで働くことを許可されている。最初からベッドが2つあったことはありがたかったけど、この都合のよさに思わず乾いた笑いが出たのは記憶に新しい。
「さって、初仕事かぁ。カンペキにこなしてみせるわ、だってアタシだもん!」
拳と掌を合わせる。自分で自分を鼓舞して、普段着に着替えた。その上に制服である黒のエプロンをつけて、やる気十分。
ちなみに寝間着はシキさんからお下がりをもらっていた。そこまで都合よく準備はしていない。背がアタシの方が少し小さいくらいだったから助かった。
アタシの持ち合わせは戦う時に使うようなモノばかり。きっと、しばらくは必要ない。
最後に、愛用の本は隣の小さなテーブルへ、愛用の剣はベッドに立てかけて、「ありがと、またね」と伝えた。
――アタシの目的はもちろん、いつか抜け道を通って魔王を倒すこと。
そのためには、抜け道のある地下倉庫。あの恐ろしく汚い倉庫を片付ける。
まずは他とは違う新しいポジションで、まずはこのカフィノムに溶け込む。
そして、ひとつ抜きん出た状態で地道に倉庫を片付け続ける。それがアタシのできる最善だ。
「あ、ファイちゃんおはようー。エプロン似合うねー」
「シキさんおはよう! ありがと、ピッタリだった」
細口のポットを火にかけながら、少し笑ってアタシにひらひらと手を振るシキさん。
お湯を沸かしているのかな? 火は、黒い台座の下にある丸いモノ……『魔石』から出ていた。
「それ、ハルさんからもらったの?」
「あ、すごいねーファイちゃん。そうなの、ここの火や水はハルさんの魔石でやってるんだー」
口を「ほ」の字にして感心してくれた。糸目だから表情が分かりにくい、口元で判断するしかない。
流石は魔術師が常連なだけある。便利な喫茶店だ。
アタシ達の世界に魔法は存在していて、生活から戦闘にまで幅広く使える。多くは自然現象に基づいたもので、それ以外の超常現象的なものは稀だ。火や水、風、雷もとい電気。それに光と闇がスタンダードな魔法として存在している。それをうまく扱えるのが魔術師。
アタシも弱いけど使うことはできる。愛用の本はその力を増幅させる触媒みたいに使っていた。だから知識は少しだけあって、今の魔石云々もわかる。
「そういえば、開店っていつぐらいからしてるの?」
「うーん。誰かが来たら開店って感じだよ」
「適当! だからシキさん早かったんだ!?」
「私、日の出と同時に起きちゃうからねぇ」
あははーと口だけで笑うシキさん。それは良いことなの? 悪いことなの? アタシは寝られるならぐっすり寝たい人なんだけど。
「ちなみに、常連で最初に来るのは絶対ハルさんなんだー」
「へぇ、毎日来るの?」
「4日に1回はお休みにしてるけど、それ以外は必ず朝早くから来るかなぁ」
「すごい通いっぷり……好きなのね」
「うん。気に入ってくれてるねー」
目的は目的として、単に居心地が良いと言っていただけある。
「他の常連3人は?」
「ゼールマンさんは、休みの日でも私の様子を気にかけてくれてるかな。たまに食材を買ってきてくれることもあるよ」
それは常連の域を越えてるんじゃないの? と思ったけど、へぇーと返しつつ聞く。
「ヒラユキ君とエスティアちゃんは4日の連日営業のうちで半分くらい。2人が会う時と会わない時が結構バラついているけど、そんな感じかなー」
なるほど。それなら、相手をすることが多いのはハルさんとゼールマンさんが多そうだ。
と言っても、ゼールマンさんは喋らない。つまり、最初に色々と関わることが多そうなのは、ハルさんということになる。
「それじゃあ、ハルさんが来たらアタシが接客する?」
「うん。多分しばらくは私達で3人だから。みんなでおしゃべりしようよ」
「わかったわ。アタシも接しやすいかも!」
そうしてハルさんについてと接客について話していると、カフィノムのドアが開いた。カランコロンカランと低めの鈴の音が心地いい。
ドアを開けた人物は――
「マスター、やってるかしら?」
「いつも通り、やってまーす」
「それじゃ、私はいつものを……あら!? ファイちゃん!」
「ど、どうもー。新人のファイですっ」
挨拶する。ハルさんは「なるほど、そうきたか」と言って、不敵そうに笑っていた。
「ハルさんの『いつもの』はシキブレと――」
「タバコの灰皿、かしら?」
言うと、2人が「おぉ……」と言いたげな顔をしていた。多分、当たりだ。
アタシは戦術剣士。このくらいは察せて当然。場は違えどやることは一緒。相手の言動を見て、何をしてくるかを読む。お客さんの場合は何をしたいか、してほしいか。それだけの違いだ。
「やるわね、ファイちゃん。それじゃ、『いつもの』をよろしく」
「コーヒーは私が淹れるから、ファイちゃんは言った通りのモノをよろしくね」
「わかったわ! はい、ハルさん!」
「どうも。じゃあファイちゃん――」
灰皿をカウンターに置くと、伸ばしたアタシの手を軽く掴むハルさん。
そしてそのまま、彼女の隣にアタシは座らされた。優しい微笑みだけど、時折見せるキッとした目つきは仲間を見るような目じゃない。
「折角だから、お互いのことをじっくり楽しく話すのはいかがかしら?」
ふふ、と微笑するハルさん。彼女からの申し出とは、実はアタシも同じことを考えていた。
最初はハルさんから、か。何を話そう、聞こう?
楽しく駄弁ると同時に、これは接客という名の探り合い。そんな静かな戦いになるかもしれない。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!