異世界喫茶カフィノム

-ラスボス前店-
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第1章 ハル=ファルジオン

【第5話】最初に来るのは

公開日時: 2020年9月2日(水) 07:00
文字数:2,321

【旅の記録……改め、カフィノム日誌】

 喫茶カフィノムで、アタシは働けることになった。

 この旅の日記を、これからはお店の日誌にしていこうと思う。





 目が覚めると、すでにシキさんはいなかった。

 カフィノムのカウンター奥が彼女の部屋で、アタシは住み込み……彼女曰く同棲ということで働くことを許可されている。最初からベッドが2つあったことはありがたかったけど、この都合のよさに思わず乾いた笑いが出たのは記憶に新しい。


「さって、初仕事かぁ。カンペキにこなしてみせるわ、だってアタシだもん!」


 拳と掌を合わせる。自分で自分を鼓舞して、普段着に着替えた。その上に制服である黒のエプロンをつけて、やる気十分。

 ちなみに寝間着はシキさんからお下がりをもらっていた。そこまで都合よく準備はしていない。背がアタシの方が少し小さいくらいだったから助かった。


 アタシの持ち合わせは戦う時に使うようなモノばかり。きっと、しばらくは必要ない。

 最後に、愛用の本は隣の小さなテーブルへ、愛用の剣はベッドに立てかけて、「ありがと、またね」と伝えた。


 ――アタシの目的はもちろん、いつか抜け道を通って魔王を倒すこと。

 そのためには、抜け道のある地下倉庫。あの恐ろしく汚い倉庫を片付ける。

 まずは他とは違う新しいポジションで、まずはこのカフィノムに溶け込む。

 そして、ひとつ抜きん出た状態で地道に倉庫を片付け続ける。それがアタシのできる最善だ。


「あ、ファイちゃんおはようー。エプロン似合うねー」


「シキさんおはよう! ありがと、ピッタリだった」


 細口のポットを火にかけながら、少し笑ってアタシにひらひらと手を振るシキさん。

 お湯を沸かしているのかな? 火は、黒い台座の下にある丸いモノ……『魔石』から出ていた。


「それ、ハルさんからもらったの?」


「あ、すごいねーファイちゃん。そうなの、ここの火や水はハルさんの魔石でやってるんだー」


 口を「ほ」の字にして感心してくれた。糸目だから表情が分かりにくい、口元で判断するしかない。

 流石は魔術師が常連なだけある。便利な喫茶店だ。

 アタシ達の世界に魔法は存在していて、生活から戦闘にまで幅広く使える。多くは自然現象に基づいたもので、それ以外の超常現象的なものは稀だ。火や水、風、雷もとい電気。それに光と闇がスタンダードな魔法として存在している。それをうまく扱えるのが魔術師。

 アタシも弱いけど使うことはできる。愛用の本はその力を増幅させる触媒みたいに使っていた。だから知識は少しだけあって、今の魔石云々もわかる。


「そういえば、開店っていつぐらいからしてるの?」


「うーん。誰かが来たら開店って感じだよ」


「適当! だからシキさん早かったんだ!?」


「私、日の出と同時に起きちゃうからねぇ」


 あははーと口だけで笑うシキさん。それは良いことなの? 悪いことなの? アタシは寝られるならぐっすり寝たい人なんだけど。


「ちなみに、常連で最初に来るのは絶対ハルさんなんだー」


「へぇ、毎日来るの?」


「4日に1回はお休みにしてるけど、それ以外は必ず朝早くから来るかなぁ」


「すごい通いっぷり……好きなのね」


「うん。気に入ってくれてるねー」


 目的は目的として、単に居心地が良いと言っていただけある。


「他の常連3人は?」


「ゼールマンさんは、休みの日でも私の様子を気にかけてくれてるかな。たまに食材を買ってきてくれることもあるよ」


 それは常連の域を越えてるんじゃないの? と思ったけど、へぇーと返しつつ聞く。


「ヒラユキ君とエスティアちゃんは4日の連日営業のうちで半分くらい。2人が会う時と会わない時が結構バラついているけど、そんな感じかなー」


 なるほど。それなら、相手をすることが多いのはハルさんとゼールマンさんが多そうだ。

 と言っても、ゼールマンさんは喋らない。つまり、最初に色々と関わることが多そうなのは、ハルさんということになる。


「それじゃあ、ハルさんが来たらアタシが接客する?」


「うん。多分しばらくは私達で3人だから。みんなでおしゃべりしようよ」


「わかったわ。アタシも接しやすいかも!」


 そうしてハルさんについてと接客について話していると、カフィノムのドアが開いた。カランコロンカランと低めの鈴の音が心地いい。

 ドアを開けた人物は――


「マスター、やってるかしら?」


「いつも通り、やってまーす」


「それじゃ、私はいつものを……あら!? ファイちゃん!」


「ど、どうもー。新人のファイですっ」


 挨拶する。ハルさんは「なるほど、そうきたか」と言って、不敵そうに笑っていた。


「ハルさんの『いつもの』はシキブレと――」


「タバコの灰皿、かしら?」


 言うと、2人が「おぉ……」と言いたげな顔をしていた。多分、当たりだ。

 アタシは戦術剣士。このくらいは察せて当然。場は違えどやることは一緒。相手の言動を見て、何をしてくるかを読む。お客さんの場合は何をしたいか、してほしいか。それだけの違いだ。


「やるわね、ファイちゃん。それじゃ、『いつもの』をよろしく」


「コーヒーは私が淹れるから、ファイちゃんは言った通りのモノをよろしくね」


「わかったわ! はい、ハルさん!」


「どうも。じゃあファイちゃん――」


 灰皿をカウンターに置くと、伸ばしたアタシの手を軽く掴むハルさん。

 そしてそのまま、彼女の隣にアタシは座らされた。優しい微笑みだけど、時折見せるキッとした目つきは仲間を見るような目じゃない。


「折角だから、お互いのことをじっくり楽しく話すのはいかがかしら?」


 ふふ、と微笑するハルさん。彼女からの申し出とは、実はアタシも同じことを考えていた。

 最初はハルさんから、か。何を話そう、聞こう?

 楽しく駄弁ると同時に、これは接客という名の探り合い。そんな静かな戦いになるかもしれない。

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