異世界喫茶カフィノム

-ラスボス前店-
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第62話 カフィノムのブレンド

公開日時: 2020年9月27日(日) 21:00
文字数:3,590

【カフィノム日誌】

 目的なら、つくればいい。

 カフィノムから出る理由がなくなって、吹っ切れた。

 シキさんさえよければ、アタシはここに残りたい。

 それだけ、ここからもらったものは多くて、大切だから。





「アタシ達がブレンドコーヒーになるのよ。シキブレ、ファイブレに続いての、カフィノムのブレンド……カフィブレに!」


 発言の吟味もせずに、思ったことをアタシはそのまま言った。

 今度こそみんなで組んで、この状況に何かできないかと手を考え、打つパーティ。

 前進があるかはやってみなきゃわからないけど、少なくとも保留と停滞の今からは変化があるはず。


「カフィブレかい。まぁ、オレらでブレンドコーヒー、ねぇ」


「そう。それぞれの個性を混ぜて、この状況をちょっとでもなんとかしようって考えるの」


「まぁ、一言で嫌だねって言うような提案じゃねぇけどさ」


 ヒラユキ君が口元をふむ……と曲げる。

 当然、乗り気じゃないかもしれない。

 それでも、アタシは臆せず自信を持って、みんなに伝えた。


「今までゼールマンさんは独りでなんとかしようとしてきた。それを変えられればって思うの!」


「独り。あぁそうだな、呆れるくらいの壮大な独り芝居だ」


「ここに来る前、アタシもそうだった。でもカフィノムに来て、ちょっとだけ変われた。頼っていい人がいて、昔よりうまくやることができてる気がするの」


「ファイちゃんはそうかもしれねぇが……オレはなんと言うか、どうすりゃいいかなって思ってよ」


 貯金も無限じゃねえしな、と言うヒラユキ君。そこでゼールマンさんが口を挟んだ。


「私の狂言を汝らに明かしたことで、皆の未来が閉ざされたことはわかっている。故に、その責は形で負う」


「どういうことだ、旦那?」


「城に私の財源がある。ファイはともかくだが、青年と少女。汝らがこの先困らないだけの援助をする」


「えっ、私は?」


「……ハルが困るようには思えぬが、望むなら汝もそうしよう」


 そういうことか。どっちにしても、この先物理的に困ることはなさそうだ。

 それなら、あとはみんながどうしたいのか次第でしかない。


「まぁ、援助云々は置き。私はいいわよ、ファイちゃんの提案」


「私は……言うまでもないよね?」


 ハルさんとシキさんが頷いてくれる。


「私はさ、もう目的変わってるし。ここで小さな幸せをのんびり享受するって途方もない目的にね」


「いつもの日常に、ちょっとした会議みたいなのが挟まるみたいなものだよね? 私は賑やかになりそうでいいなーって」


「私の魔法やら知恵が役に立つか知らないけど、世の中何が役に立つかわからないものね」


 アタシにウィンクするハルさん。

 多分、自分のことを言ってるんだろう。ハルさんの存在が、アタシの変化の起因になっていたからだ。

 自他ともに認めるアタシの変化はこの2人のおかげが大きい。


「ハルさん、シキさん。ありがとう。突拍子もないけど、頑張ってみたいの!」


 頭を下げる。いいよいいよと2人はあっけらかんと笑っていた。

 これをすることで本当に何か変わるかは正直わからない。

 でも、ちょっと無責任かもしれないけど、何もやらないよりは良いって話だ。

 それが、見えないなりに見出したアタシの結論。


「まぁ、すげぇよファイちゃんは。オレにはちょっと眩しいぜ」


「ヒラユキ君?」


「その吹っ切れ方がちょっと羨ましいって話さ。オレはもっと浅ましいって言うか……それ見ちゃったからさ、別の方向で腹が決まった」


 そう言って、出されていた水を一気に飲み干し、トン! とコップを置く。

 そして彼は、自分に言い聞かせるように、何度もうんうんと黙って頷き、言った。


「まぁその、まぁ、なんだ。こうしてオレらの旅は完全に詰んだが、どうだ? って聞けば、友情確認はできるんじゃねえかってさ」


「えっ!? そ、それって……」


「連中次第だが、とんでもねぇこと聞いちまったしな。回答次第じゃ、オレもここに通い続けさせてもらうぜ。ファイちゃんのしようとしてることも、悪くねぇと思うしな」


「ヒラユキ君!」


「おぅ。今後によるだろうが……ひとまずそのブレンド、乗ったぜ」


 パシン! と彼と手を合わせて、そのまま握手した。別方向って、そういうことか。

 確かにヒラユキ君の目的も、魔王にこだわらないといけない訳でもない。

 友情確認。この先はなんにもないことを知っても彼らの友情は壊れないか、そのくらいの事実はここで知った。

 彼としての目的は、そこで果たせてしまうくらいのものだったのかもしれない。


 お友達次第だけど、ヒラユキ君もここに残って何かを見出す気になってくれた。カフィノムでまた彼とざっくばらんに話せる日は続きそうだ。


「……はぁ、アンタ達。なんでそんなにすぐに決断できるのよ」


 ぼそり、とそんな声が小さく聞こえた。

 しばらく黙っていた彼女の第一声が、それだった。

 皮肉なのか、自分に対して思うことなのかはわからない。


「なんか、色んなものがもやもやしてて、エスは……エスはわかんない。全然わかんないのよ」


 叫ぶわけでもないけれど、同じ言葉を繰り返すエスティアちゃん。

 魔王にこだわっていた人にとって、これが普通の反応とまで思える。

 でも、もやもやがあるってことは、彼女なりに何かあるのかもしれない。


「ひとつひとつ、考えてみてエスティアちゃん。ゆっくりでいいと思うの」


「……そうね、そうなのよ。エスはそんな簡単にどうするかなんて決められない。でも、でもね。でも――」


 でも、と繰り返しながら、彼女は不意に立ち上がった。

 そして、床に座るゼールマンさんを見つめて、嘆息する。


「エスは確かに魔王の元へたどり着いてできないって言われたことを証明したい。だけど、いつの間にか……本当にいつの間にか。エスは、アンタ……黒騎士を超えることばっかり考えるようになってた、と思う」


 最初の目的がなくなって、本当に自分がどうしたいかわからないのよ。と彼女は付け足していた。

 彼女が特訓をする理由って、そういえば全部黒騎士のためだ。

 誰もがまだ見ぬ魔王の実力を知らなかったけれど、エスティアちゃんのこの1年でしていたことはそうだ。

 全部、黒騎士を超えるためだけの特訓。ヒラユキ君と行っていたのもそれだ。


「だからこそ、エスはどうしたいかわかんない。シキさんやハルみたいに割り切れないし、ファイみたいに素直にゼールマンに手を貸せないし、ヒラユキみたいに客で居続けることもしっくりこない」


「そ、それなら――」


「いい。ファイもそうしたように、エスも思ったことそのまま言うから」


 アタシを制止して、エスティアちゃんは一度天井に腕を上げたと思ったら、風圧が起きるんじゃないかってくらいの勢いでゼールマンさんを指さしていた。


「ゼールマン。悪いけど、エスはアンタの『保留と停滞』とやらに付き合ってやるわ」


「……どういうことだ?」


「はっ! 黒騎士サマがここでファイ達と色々打開策を考えることにかまけて、戦うのを突然やめたらおかしいでしょ?」


「っ! 汝、そういうことか」


「エスの高尚な考え、理解したかしら? そうよ。黒騎士としての、アンタのパフォーマンスの方に付き合ってやるって言ってるのよ!」


 なるほど! エスティアちゃんらしい!

 黒騎士と戦うことを諦めない人がいることで、この重大な秘密を隠せる。

 彼女は自らの意思で『いつも通りを演じ続ける』ことにしたんだ。


「ヒラユキとの特訓をやめる気もない。せいぜい、エスに超えられないようにしておきなさい!」


「……あぁ。手合わせなら、いくらでも相手になろう」


「そう。アンタはエスにとってゼールマンじゃないの。黒騎士でしかないの。エスは必ずアンタを超える。そういう意味で、ブレンドコーヒーになってやるのは悪くないわ」


 その時まで、カフィノムにも休憩に来るかもしれないけどね。といじらしく言っていた。


「みんなで変わらぬいつも通りを演出して、変わることを考える……ふふ、面白いね」


 みんなの思いが決したところで、シキさんがくすくす笑う。

 なんとなく、アタシも可笑しくなった。だから彼女につられて少し笑った。

 ここで、この場で。カフィノムの6人の思いが集まって、方向は少し違うけど、ひとつになれた気がした。

そしてアタシは、高らかに言う。


「よしっ、決まり! これでアタシ達6人のブレンドの完成よ! 今度こそ、『やめておいた方がいい』なんて言わないわよね!?」


「……ふ」


「いや、笑ってないで答えてよ」


「ふ……はは、すまない。素晴らしき若者達の決意が清々しくてな。皆、有難う」


 それだけ言って、ゼールマンさんは随分と満足そうな顔をしていた。

 周りを見ると、みんなが同じような表情だった。


 変わらぬいつも通りの日々を送るのと、みんなで変わることを考えること。

 それを同時に行う奇妙な場所。それがここだ。それがカフィノムだ。

 ここから先は、どんなことが待っているのかな?


 カフィノムを本当に知れた今日からが、アタシ達のまた新たなはじまりになった。

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