異世界喫茶カフィノム

-ラスボス前店-
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第56話 思い返せば

公開日時: 2020年9月26日(土) 21:00
文字数:3,493

【カフィノム日誌】

 アタシの元仲間……もういいや、暴漢どもがカフィノムに押し入って来たのをシキさんと常連のみんながぶっ飛ばした。だけど、同時にとんでもない事実が発覚しちゃったんだよね。

 ゼールマンさんが、黒騎士の格好をしていた。仮装なんかじゃない。多分本物だ。





 アタシにとって、悪夢でもあり希望でもあった深夜から一夜明けた朝。

 ゼールマンさん以外のみんなが朝早く揃って、カフィノムの壊れたドアと窓を修理していた。


 ほぼみんなが揃っているこの状況。いつもなら気さくに雑談でもしながら作業をしているはずなんだけど、とてもそんな気分じゃない。

 みんな、必要以上のことを話さずに粛々と動いていた。


 ――『アレ』のことは、誰も知らなかった事実だ。カフィノムのマスターであるシキさんすら。


 どこから何を考えればいいかわからない。だから、みんなでお店を直しているところから始めていた。

 トンカントンカンと鎚の音が響く中、ハルさんが窓枠を直しているアタシのところへ来た。


「ノワの容体は大丈夫よ。私の魔力で治せたわ」


 ノワが泡みたいな透明な球体の枠に入って丸くなっている。

 あの時はアタシのせいでどうなるかと思ったけれど、無事そうで良かった。ホッとした。


「あっ、ありがとうハルさん! ごめんねノワ……喚ばなければケガしなかったのに」


「喚ばないなら喚ばないで、なんで喚ばなかったんだみたいなこと言うと思うわよ、この子なら」


 仕事は忠実にこなす使い魔だからね、と優しそうな笑みを浮かべているハルさん。

 使い魔の仕事は、元より主人の身を守ることだしと付け加えていた。

 ノワがそういうことするかな……でも、倉庫で虫にビビった時、喚んだら真っ先に虫を狩ってきたのを思い出す。仕事って、そういうことだったんだと今更ながら気づいた。


 ――今度、もし彼女が気まぐれに人間化したらちゃんとお礼を言おう。謝るよりも、お礼だ。


 そう決めて、泡の中で眠っているノワを抱きかかえて、肩の魔法陣に引っ込めた。

 今更、気づく。

 その言葉に自分でハッとして、ハルさんに咄嗟に話しかける。同時に隣のシキさんも声を上げていた。


「ね、ねぇハルさん。昨晩のことだけど!」


「わ、私も気になるかな。だって、ゼールマンさんが……」


「それは、そうよね。でも、私以外にも聞いた方がいいかも」


「一番話を知ってるのは多分ヒラユキよ。行きましょ」


 聞きたいことがありすぎる。思考が追い付かない。ひとつひとつ解決していこう。

 歪んだ窓枠を直し、エスティアちゃん達が加工したガラスを持ってきてくれて、窓を修復し終わった。そこで、黙々と入口を修復しているヒラユキ君のところへとみんなが集まった。ドアももうほぼ直っている。あとは木片を片付けてたてつけの悪そうな部分を少し直せば終わりくらいなものだ。彼の仕事は早かった。


「ヒラユキ君。窓は終わったわ、ちょっと休憩しない?」


「ん? あ、あぁ……そうだな。というか、色々聞きたいだろ?」


「う、うん。今、シキさんが水用意してくれてるから、聞かせて」


「大事なところだけかいつまむぞ。オレも正直、どう話していいかわかんねぇ」


 額を押さえるヒラユキ君。彼も彼で困惑しているようだった。

 それも当然のはず。だって、アタシもよくわからないし、今も信じられない。


 トレイに水を乗せてシキさんが来る。5人で、エスティアちゃんのいつもの場所、窓際の席に集まった。

 椅子は4つだから、アタシは適当なところからひとつ持ってきて座った。


「えっと、どこから聞けばいい、のかな?」


「あー、そうだな。ちょっと考えさせてくれ。その前にざっくばらんに、連中のことだが――」


 はは、と鼻で笑いつつヒラユキ君は続ける。

 連中って、アイツらのことか。そういえば黒騎士に運ばれたらしいけど。


「城下町の自警団、その詰所の前に置いとかれたらしいぞ。今朝、とっ捕まって牢獄行きだとさ」


「へぇ、無様ね。無論だわ。カフィノムとファイちゃんに手を出したんだもの」


「当然だよ。ファイちゃんにあんなにひどいことして! ぷんぷんどころじゃないもん」


「罪状はオレが旦那にメモして渡しておいた。それでギルティだったんだろ」


「エスもその様子を見てた。当分、日の光も見られないだろうし、ここにも二度と来ないでしょ」


「ま、そんなところだ。この場所に血と涙は似合わねぇ。この騒動はもう終わりだ」


「なんか、カッコいいねヒラユキ君。本当、ありがとうね」


「いやぁ、カフィノムのためなら当然さ」


 ぱちぱちと小さく拍手するシキさん。

 アタシはというと、特になんとも思わなかった。

 逆恨みの復讐なんてないだろうかと心配になったけど、そうなったのならもういい。

 本気で関わりたくないと決めたら、連中への興味がなくなっていた。何か言う価値もない。

 それを察したのか、ヒラユキ君もそれ以上連中に関して言うことはなかった。


「――って言いたいところなんだがよ。昨日も言ったが、異変に最初気付いたのはゼールマンの旦那なんだ」


「そう。アタシが聞きたいのはそこなの!」


「だよな。端的に言えば……兜を脱いだ黒騎士サマ、ゼールマンの旦那が宿のオレの所へ血相変えて来た。『カフィノムへ向かってくれ』それだけ言って、また旦那はどっか行ったよ」


「じゃあ、その後なのかしらね。私の家にも来たわ『カフィノムが危険だ』って」


「エスはヒラユキに連れられたわ。そして、お店の近くで全員が合流した」


「……多分、深夜なのにお店が明るいことに気が付いたんだね。おっきい声も響いてたし」


 ゼールマンさんが黒騎士なら、魔王の城の門前。その橋に彼は立っていて、かフィノムで何か起きたことに気が付けたんだ。

 でも、独りで黒騎士の格好のまま行っても状況がこじれるだけと思って、急いでみんなを呼んだ。

 それで、あの状況ってことか。だけど、それでも。


「ゼールマンさんが黒騎士だったなんて……」


「オレも驚いた。ドアを開けたら黒騎士サマが目の前にいて、とうとう殺されるかと思ったな」


「エスもその話聞いて嘘でしょって言ったけど、合流した時わかった。目が飛び出るかと思ったわ」


「私もよ。未だにちょっと受け入れがたい。けどよく考えたら、私より長い常連だし、カフィノムのスポンサーって考えたら、ちょっと辻褄は合う気がした」


 辻褄。その言葉を聞いて、アタシは考える。

 思い返せば、微妙な違和感があったことに気づいた。記憶力は良い方だ。


 ハルさんやヒラユキ君と関わっている時は、無言でシキブレを飲んでいる寡黙なおじさまだった。

 けど、アタシがエスティアちゃん関わり始めて以降の彼は、確かに少し変だった。仕事に慣れて、アタシの視野が広がったおかげかもしれないけど、普通じゃない様子が目立った。


 単に喋らないことに関しても今となっては違和感になる。みんな黒騎士の声を聞いているから、悟られないようにしていたのかもしれない。

 シキさんもカフィノムを運営する時にしか声を聞いていないって言うから、記憶が薄れていたんだろう。


「言われてみれば、確かに……辻褄が合うこと、か」


 例えば、エスティアちゃんが黒騎士に挑んでボロボロになって来店した時。

 ――彼は、いつもよりやたらとシキブレを頼んでいた。普段の倍は飲んでいたはず。コーヒーの何が彼に作用するか知らないけど、あれは変だった。


 例えば、シキさんが黒騎士に傷をつけたって話をした時。

 ――彼は妙にわざとらしくシキさんの話をちゃんと聞いていた。珍しいとあの時思ったけど、あれは匂いを消すためのリアクションだったかもしれない。


 そして、みんなで黒騎士に挑めば面白いかもって話をした時。

 ――彼は初めてみんなの前で言葉を発した。「やめておいた方がいい」と。カフィノム愛の仮説だったけど、今となってはおかしなことになるからやめろと言ったとしか思えない。


 だけど、ゼールマンさんが本当に黒騎士なら、納得いかないことがある。


「そう! そうよ! おかしくない!?」


「えっ? な、何が? どうしたのファイちゃん」


 突然声を上げたアタシにビクッとしたシキさん。

 アタシは椅子から立ち上がって、その一番の違和感を口にした。


「おかしいのよ。だって、ゼールマンさんがお店にいる時。黒騎士は確かに橋の上で佇んでいるわよね!?」


「エスも思った。エスがアイツにやられてお店に入った時、もういたわよね?」


「そう。そうなのよ。もしかして……2人いるの、黒騎士?」


 その一点だけで、何もかもがよくわからなくなる。

 でも、その話は――


 ――カランコロンカラーン。


「……待たせた」


 ――その話は、多分、本人から聞いた方がいい。

 全員がゼールマンさんに視線を向ける。

 彼の格好は、あの真っ黒な甲冑姿だった。

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