【カフィノム日誌】
アタシの過去について話した。
昔のアタシはダメダメだったけど、そのおかげで自分がどう生きればいいのかはわかったつもりでいる。以降の人生やカフィノムでは、もっとマシに生きられているはずだ。
アタシの過去を一通り話して、少し時間が経った。
ハルさんはコーヒー酔いから眠り、ヒラユキ君は平常通りのへらへらした感じに戻っている。
エスティアちゃんはクッキーを食べ終え、ゼールマンさんは姿勢を元に戻し、コーヒーを嗜んでいた。
話が終わったから、シキさんも立ち上がってカウンターに戻っている。
席には、アタシと向かいに座ったヒラユキ君がいるだけだ。
「でも、そうか。ファイちゃんにも仲間ねぇ」
「アタシがキレて抜けたのは、3年前くらいよ。魔界に入ってから年月ってよくわかんないけど、1年くらいだと思うし」
「や、その感覚で間違いないと思うぜ。オレもここに入ってから1年くらいでたどり着いた」
15の時に旅人になって、パーティを組んだ。
17でキレてそこから抜けた。そして、いち早く魔界に飛び込んでここまで来た。
振り返れば、そんな流れだ。
「ソイツら、どうしてるのかねぇ。要のファイちゃんがいなくなってさ」
「うーん、どうでもいいかも。あはは……」
「ハハ、まぁその思考でいいと思うぜ。そのクソッタレ共のことを考えるだけ、頭のキャパの無駄だ」
「そうよね。でも、魔界には入ってると思うわよ。連中も魔王討伐を諦めるわけないだろうし」
何せ、北部の富をガッツリもらえる取り決めだから。
そういう目当てでできたパーティだったし、簡単に諦めるとも思えない。アタシはそれに加えて、もう1つ理由があるくらいだ。
とっても陳腐で安い、しょうもない理由だけど、アタシはそれにこだわっている。
「魔王討伐、ね。まぁオレも諦めてないけどな。だからここにいるんだが」
「そうよね。シキさんへの好感度は上々なの?」
「まぁな。いつか、あそこのことも教えてくれるとは思うんだが……」
地下へのハッチを見つめるヒラユキ君。愛おしい存在を見ているかのような、優しい目だ。
……ここで、アタシとハルさんはすでに入っているなんて言えない。
言ったらすごい嫉妬されそうだし、無理やり入られそうだ。その時は誰も幸せにならない結末が待っている気がする。
作り笑いを浮かべても見抜かれそうだ。話を逸らしておこう。
「というか、ヒラユキ君ってどうやってシキさんの好感度上げてるの?」
「ん? ハル嬢みたいに話すこともあるぜ。でも最近は、ちょっと独自の路線でな」
「路線?」
「そう、オレなりのカフィノムでの立ち位置を決めつつあるんだぜ」
「なに、常連にたらしこんで情報を得るみたいな?」
「ハハ、手厳しいことをサラリと言いやがって。いや、確かに人たらしかもしれねぇけどよ……ハハ、頼むからシキ嬢にそう言いふらすのやめてくれよ?」
最後の方を小声で言われた。シキさんへの好感度的なものが下がるからなのかもしれない。
人当たりはいいんだけど、なんというか軽いその印象が問題だと思う。
とはいえ、ハルさんやエスティアちゃん、シキさんはそういうのになびきそうにないのが現実だ。
アタシも少なくとも、ない。自分の恋愛にはこと興味がないし。
「えっ、じゃあどういう立ち位置なの? アタシみたいに働く様子もないじゃない」
「まぁ、そうだな。オレの立ち位置ってのはその……なんというか――」
ふと、ヒラユキ君がハッとした様子で窓の外を見た。その時、彼は「悪いな」と言って席を立つ。
「どうしたの?」
「見間違いじゃなければ、オレの仕事だ。ちょっと失礼するぜ」
ヒラユキ君はカウンターへ向かい、シキさんにコーヒーの代金、金貨3枚を支払って突然店を出てしまった。
彼の仕事……って何?
妙な状況に首を傾げつつも、空いた席のカップを片付けて、テーブルを拭く。
その時だった。
「そっちに逃げたぞヒラユキ!」
「あぁ、向こうも3人か。さっすが! やっぱマヤちゃんだよなぁくっそぉー!」
「こっちは捕まえた! あと2人だ!」
そんな声が、店外から響いた。結構大きな声だ。ひとりはヒラユキ君ってわかるけど、後の2人の男の人の声は誰だか……いや、想像はつく。
彼が馴れ馴れしい呼び方をしているから、多分ヒラユキ君の仲間、お友達の2人だ。
「な、なにしてるのヒラユキ君?」
「あぁ、アレね。最近なかったけど、久々にアイツの仕事よ」
「エスティアちゃん?」
窓の外を見て嘆息するエスティアちゃん。それにハルさんがいつの間にか目覚めて、タバコを吸いながら不敵そうに笑って言った。
「まったく、命知らずもいたものね。ここをどこだと思っているのかしら?」
「えっ、なに。みんなヒラユキ君の仕事がなんなのか知ってるの!?」
聞くと、ハルさんがアタシに耳打ちする。シキさんに聞かれるのは都合が悪いらしい。
「ファイちゃん、前に話したわよね。カフィノムの常連になるのは珍しいって」
「ハルさん達みたいな人以外はあんまり来ないって話?」
「そう。その時言わなかった? 常連になるのは物好きで、過去にここに忍び込もうとしていた奴が結構いたって」
そこを聞いて、やっと合点がいった。
つまり、外でカフィノムによからぬことをしようとしていた人がいたってことか。
「そっか、わかった!」
ヒラユキ君のシキさんへの好感度上げ……それは会話だけじゃなく、カフィノムの警備だ!
「ヒラユキ君の仕事って、カフィノム専属の御雇い暗殺者ってトコ?」
「正解。そうよね、マスター」
「うん。なんでかわからないんだけど、コーヒー以外の目的でここに来る人がいるんだよねぇ」
困った顔をするシキさん。と思ったら腰に手を当てて、怒った様子になっていた。
「しかも、このカフィノムの壁とか、屋根とか、床とかを壊そうとするの! 酷いよね!」
連中の目的は、間違いなく抜け道だ。
そうか、シキさんは本当に倉庫を倉庫としか思ってない。だから、普通にカフィノムを傷つけるような悪い人達って認識なんだ。
「でも、ヒラユキ君がいる時はそんなぷんぷんな人達を捕まえてくれるんだー」
「なに、ぷんぷんな人って……」
初めて聞いた。でも、なんとなく意味はわかる。
ヒラユキ君は、そういう不逞の輩からカフィノムを守っているのか。
――カランコロンカラーン!
しばらくして、音が静かになったと思ったら、彼が戻ってきた。
「シキ嬢、悪いやつらだ。しめて3人、壁を爆弾で壊そうとしてやがった」
「ば、爆弾!?」
へへっ、と笑顔で状況報告をするヒラユキ君。彼は硬そうな縄で3人の身軽そうな男を縛り付けて、倒れた状態で引きずっていた。扱いが雑だ。
苦笑いしてその様子を見ていたけれど、直後、アタシは声をあげてしまった。
「あっ!?」
「ファイちゃん?」
「えっとその、アンタ達……シック、フォウ、スリ……よね?」
「誰よ、それ?」
シキさんとハルさんに首を傾げられる。
でも、これを聞けば驚いてしまうはずだ。
「あの……さっき話に出した、アタシの元仲間。一部だけど」
『えぇっ!?』
アタシとゼールマンさん以外が声を上げた。
なんて偶然だ。どんな因果だ。話題に出したと思ったら、まさかカフィノムを脅かそうとしていたなんて。
あえなく捕まった3人、アタシはその様子を見ているだけだった。
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