【カフィノム日誌】
シキさんの武勇伝、その経緯を簡単に聞いた。
みんながコーヒー状態で聞いたからわちゃわちゃした状況だったけど、やっぱりシキさんはすごい人だ。
そこで、アタシはひとつ妄想したいことができた。
「や、妄想でしかないんだけど、アタシ達でもしパーティ組んでたら面白そうだなーって」
もう一度、みんなに向けて同じことを言った。
黒騎士戦に限らず、もしもこのメンバーで旅ができたら、なんて。
「私達で組んで、旅人に?」
「もし、もっと早く出会えてたらなぁって、ちょっとね」
シキさんが首を傾げる中、つい浸ってしまう。
それだけ、アタシはこの場を気に入って、みんなの暖かさと人間関係のソレを知った。
それに、今までアタシはいかにダメだったのか、そして他に選択肢がなかった元々の人間関係のヒドさも。
このカフィノムから、色々なものをもらった。
だからこそ、もっと早くこの関係があったらどうだったんだろう?
そんなことを考えてしまう。仮の話でしかないけれど、やっぱり何か違ったんじゃないかなって。
「そ、そうね! エスも早くみんなに会えてたら、違ったかもなーって思う」
「面白そうだな。妄想にしても、このメンバーで旅か」
エスティアちゃんとヒラユキ君が乗ってくれた。
この2人とは年が近いから、こういう客と店員の関係よりもくだけた関係になれていたかもしれない。
「しかも戦力的にアタシが剣士、ゼールマンさんが鎌使いで前衛でしょ?ヒラユキ君が隠密で敵を暗殺。エスティアちゃんとシキさんが遠距離の矢で攻撃。ハルさんが魔法で補助。ね、バランス良い! すごくない?」
ノワは癒し担当、と付け加えると露骨に嫌そうな顔をしてアタシを睨んでいた。でも、事実癒されるから仕方ない。そんな目つきの悪さも好きよ、ノワ。
……口に出すと本気で引っかかれそうだし、今度また人間化したらすごい言われそうだからこのあたりにしておこう。
「まぁ、オレの仲間とエス嬢の仲間も足すと結構大所帯だが、いいな。そのパーティ」
「妄想って言うけど、ぶっちゃけ実現可能じゃない!? エス、実際にやってみたいかも」
カフィノムの外で、周りの魔物倒すくらい良くない? とワクワクした様子のエスティアちゃん。目がキラキラに輝いている。
この中で一番黒騎士にこだわりがあるのは彼女だ。結構本気にしてるかも。
お似合いの組み合わせは黒騎士じゃないにしても、彼女の根本は変わらない。
「シキさんって、今も射撃の腕すごいの!? すっごいのよね!?」
「お、おいおいエス嬢?」
身を乗り出して、シキさんに聞くエスティアちゃん。
結構どころか、かなり本気らしい。
アタシとしては仲良く旅できそうだから、黒騎士相手にもイイ線行けそうって、前者のことを言いたかったんだけど……ちょっと失言だった?
「う、うーん。お店はじめてからはずっと飾ってたから……わかんないかなぁ」
「ファイちゃんの言葉……エス、本気で考えてもいいと思うの!」
「え、エスティアちゃん?」
「ファイちゃんも本気ならやってみたいよね!?」
「えっ? い、言い出しっぺだしその……みんなで旅したら面白いなぁとは思――」
「ほら! ヒラユキ君は当然オッケーとして、オトナな3人が良ければ、本当にイケる気がするの!」
「オレの意見無視かい! ま、まぁエス嬢が本気ならオレは別に――」
しまった。そこで2人とも曖昧なことを言ったのがまずかった。
さらに顔を明るくして、ガタっとっ立ち上がって、エスティアちゃんは続ける。
「ね、このみんなで、黒騎士に一泡吹かせましょうよ! エス、この6人と1匹、そしてエス達の仲間で特訓したいなぁー」
「……戦力的にも役者は揃ったのかしらね。私も、ひと肌脱ぐ時なのかもしれないわ」
「は、ハルさん!?」
まさかの真面目状態だ。真剣に考えてしまっている。寝ていたらどんなに良かったか。
ハルさんが乗り気なのも珍しい。のんびりするのが好きなはずなのに……若い人の情熱に当てられやすいのかも? エスティアちゃんにコーヒーを飲ませようとした最初の時も、そうだった覚えがある。
「シキさんだって、きっとちょっと特訓すれば勘取り戻すわ! シキさんのつよつよな射撃、見たいー!」
「み、魅せるモノじゃないけど……う、うぅーん」
困っているシキさん。それもそうだ。妄想で止めるはずだったのに。
乗ったのはエスティアちゃんにしても、ゴメン……シキさん。
「大丈夫。このメンバーならきっと強い! それにファイちゃんは戦術剣士だもの! きっとスゴい策で黒騎士をやっつけられるわ」
エスティアちゃんは高らかに拳を突き上げる。
しまったなぁ……やっぱりちょっと失言だった。彼女の黒騎士へのこだわりようを少し甘く見ていた結果だ。
――アタシが責任を持とう。この話は無茶だ。
あくまで仮の話なんだよ、って。ちゃんと言おう。
この流れは良くない。アタシがしっかり断ち切っておかないと、カフィノムの平穏が崩れてしまう。
そう決意して、アタシが立とうとしたその時だった。
「………………やめておいた方がいい」
『えっ!?』
コト、とコーヒーカップが静かに置かれ、不意に響いた低い声。
その声の主はそれだけ言って、席を立ち、かけてあるコートを着て帽子を被り、店を出てしまった。
他でもない、今の声は、まぎれもなくゼールマンさんの声だ。
シキさん以外の全員が、ぎょっとした顔つきになって、後ろ姿の彼を凝視しながら見送っていた。
やめておいた方がいい。
歴戦の傭兵にふさわしい、低くて神妙そうな声。
その一言だけでも、得体の知れない説得力と凄味があった。
彼の言葉が、頭の中で繰り返される。
今まで一切喋らなかった彼が、初めてアタシ達の前でたった一言だけ喋った。
それが何を意味していたのか、全くわからない。
ただ、その言葉は異様な重みがあって、アタシ達は呆然として時間だけが過ぎていった。
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