【カフィノム日誌】
ヒラユキ君とアタシで、抜け道の先へ行きたい理由を共有した。
それぞれこだわりはあって、どうしても成し遂げたいものがある。
そういう信念にも似たものをもった同士、少し仲良くなれたの……かな?
このカフィノムで働き始めて、5度目のお休みの日になった。
ヒラユキ君との色々から、しめて15日くらい経ったことになる。
この短期間で、アタシの計画や生活はがらっと変わった。
今思えばどこからそんな自信が湧いていたのか、魔界に入って独りで突き進み続けてきた。
培ってきた戦術を駆使してきたことでアタシに負けはなかったけど、最後の最後で躓いた。
そんな時ここを見つけて、隠し通路を通って、万事解決。
アタシは故郷の北部に帰って、自分を証明して約束の富を得る。
そんな底の浅い計画はあっさり崩れ、代わりにもたげてくるのはカフィノムでの新生活。
変わり続けるのが人生。変化は生きる上での掟。そんな言葉もある。
だけど、カフィノムでは『変わらない』ことの方が多い。
常連のみんなや、お店のメニュー、シキさんとの同棲関係、そして――
「この、片付かない倉庫っ!!」
「ファイちゃん!?」
地下にアタシの声が響く。一緒に片付けていたハルさんがぎょっとしていた。
カフィノムの営業日は朝と夕方に。休みの日だとアタシはほぼ1日中倉庫にいる。
20日にも満たない状況で弱音を吐くなんてらしくないけど、当初シキさんに見せてもらった倉庫の状況からこれっぽっちも変わる様子がない。文句のひとつでも言いたくなる。
「汚いって言うよりキリがないわね! どんだけモノあるのよ!?」
見渡す限りの木箱、足元を見ればゴミクズ、埃、ガラクタの山。そしてわさわさうごめく虫。
不衛生で嫌! なんてことより、粛々と片付けているのにちょっとも成果を感じられないのが異様に腹が立った。
どうしてこの地下だけ異様に広いのか。どうしてここまで汚く、モノに溢れているのかがわからない。そもそもこの木箱には何が入っているのか。カフィノムの備品なのか、魔王城のなにがしなのかも知らない。どっちにしても、邪魔なことには変わらない。
上へ行くためのはしご周りは辛うじてキレイだけど、隠し通路までの道のりは恐ろしく遠い。はしごから通路らしき扉までの距離を木箱で換算すれば、数えると30箱ぶんだ。
高さも地下の天井まで積まれていて、とても人は通れない。
――通れるのは、『彼女』だけだ。
「ノワ。今日はこの辺りにするわ。戻ってきてくれる?」
呼ぶと、とことこと奥からオッドアイの黒猫……ノワが歩いてきて、アタシの肩に刷り込まれた魔法陣へと帰っていった。
変わらないと言えば、彼女との関係も変わらない。
依然懐いてくれる様子はなく、召喚した時は肩を蹴られ、爪を立てられ、常に距離を置かれ、ご飯は手から食べてくれない。今回もノワを召喚した時は木箱6箱ぶんは開けられていた。
……でも、仕事はちゃんとしてくれる。今日も地下にはびこる虫たちを仕留めてはアタシのところへ成果を報告するかのように持ってきてくれた。
「ハルさん。疲れたし、切り上げるわ。今日もありがとう」
「いえいえー。それにしてもココ、本当に片付くのかも怪しいわよね」
「い、言わないで。自覚すると本当にやる気なくなってくるから」
「そ、そうね……私も協力する手前、モチベーションは下げたくないわ」
2人して嘆息する。そのタイミングが一緒で、なんとなく可笑しかった。
ハルさんとシキさんとは、カフィノムでは特に仲良くなれている気がする。
だけど、これがある意味普通の人間関係か? とも考えてしまう。
アタシはかつて、どれだけの悪縁だったのかがよくわかったからだ。アタシもまだまだ視野が狭い。
「終わったらシキさんがご飯用意してくれてるって」
「あら、本当? 私もいいのかしら?」
「いいって言ってたわよ。アタシが頼んだんだし」
「ファイちゃん! 本当良い子っ! お姉さん感激!」
「現金な褒め方ね……」
これくらいの軽口は叩けるくらいの仲だ。
ハルさんにはしごを先に登ってもらい、アタシが後に続いて地下からカフィノムへと戻った。
――――――――――。
「お疲れ様。夕飯、ちょうどできたよ」
カウンターには3人分の食事、メニューにあるソースが絡んだ麺のやつとパンに挟んでいる野菜たち。そして、シキブレだ。これか、パンのどっちかがアタシとシキさんのいつもの食事だ。ここも『変わらない』けど、シキさんの料理はおいしいから飽きない。
3人で「今日もお疲れ様でした」と言いあって、コーヒーに口をつける。
ハルさんに関しては一気にカップの半分くらいまで飲んでいた。
「はふぅーっ! この1杯のために生きてるわぁ!」
「いやお酒じゃないんだから……あれ、違うか。ハルさんにとってはお酒か」
「どっちでもいいのよ。今、重要じゃないれしょ」
「そうね、割とどうでも良かったわ。というか酔うの早くない!?」
相変わらずコーヒーの回りが早くて、アタシとシキさんは苦笑していた。
「ハルさんが顕著なんだろうけど、なんでコーヒーでこんなに違うのかしら?」
「うん。でも、私とファイちゃんは変化ないよねぇ」
「そうなのよね。それが普通なんだと思うけど」
「や、何かあるのかも。今更だけど、私気になってきた」
「本当に今更じゃない!?」
「私、ファイちゃんにも何か変化はあると思うんだー」
「そうかしら……それを言うならシキさんもじゃない?」
「ということで、何か変化を起こそうよ」
シキさんがフォークに絡んだ麺をちゅるんと食べて、コーヒーをぐいと飲み干す。
そしてアタシへ、唐突にひとつの提案をしてきた。
「ファイちゃん。明日から、コーヒー淹れてみよう!」
「……はいぃ!?」
本当に唐突だった。
今までシキさんがつかさどってきたその部分。
まさか、そこにアタシが入り込むなんて。
「はぁあああっ! つ、ついにファイちゃんも、マスターに!? ずごいね゛ぇ!!」
「ごめんハルさん。ちょっと黙ってもらえる?」
「え゛ぇー!? ひどい゛ぃーーーー!!」
相変わらず酔っぱらったハルさんが、何故か泣いて祝福してくる。思考が追い付いていないから、つい邪険にしてしまった。
ともかくも、明日。アタシにひとつの『変化』が起きそうだ。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!