異世界喫茶カフィノム

-ラスボス前店-
退会したユーザー ?
退会したユーザー

【第19話】過ぎた話だし

公開日時: 2020年9月9日(水) 07:00
文字数:2,326

【カフィノム日誌】

 ヒラユキ君と彼の仲間の事について聞いた。彼はコーヒーを飲むと、本音しか話せなくなってしまうらしい。コーヒーの効果って人それぞれなのか、それともここのみんながちょっとおかしいのか、なんだかわからなくなってきた……。





 ヒラユキ君と遊んだ翌日。

 今日は彼は来ないと言っていたから、いつものようにハルさんの相手をしていた。

 ゼールマンさんも来ていて、優雅に黙ってシキブレを飲んでいる。この人が口を開いて喋ることはあるのかな?


「ヒラユキ君と話しててどうだった?」


「うーん、お金好きなのと仲間思いなんだなぁってことくらい。遊びは楽しかったけど」


「彼、言動軽いからなかなかつかめないのよねぇ。若者らしいと言えば若者らしいけど」


「ハルさん的にその発言はいいの? そんな、自分は若者じゃないみたいな」


「……気づかなかったわ。私も年かしら……?」


 タバコを吸いながら、空いた片手で額を押さえるハルさん。無意識だったようで、がっくりきているらしい。


「で、でも私だって! 昔は魔法バリバリ使って、敵をブイブイ言わせてたのよ!?」


「思い出話は老化の証拠よ……」


「ぐっ! ファイちゃんもこの短期間で言うようになったわね」


「少しくらいの軽口は許される仲かなぁって。それこそ、自分を楽にするために」


「ま、まぁね。そのくらい距離近い方がお姉さんも接しやすいわ」


 それに、私が言ったことだし。と付け足してタバコをくわえて天井へ煙を吐いていた。

 あんまりかしこまりすぎると疲れる。ハルさんとは少しか仲良くなれてきているから、そういう本気じゃない程度のイジりはいいかなって。


 ハルさんを通して、それも含めて接客かなとアタシは思うようになった。

 丁寧すぎてもダメ、適当すぎてもダメ。難しいけど、慣れていくしかない。場数というソレはまだまだ経験不足だ。

 アタシはまだ、7日くらいしかここにいないのだから。


「だけどファイちゃん、いい成長ぶりだと思うわ。その考え、大事にした方がいいわよ」


 ハルさんからお墨付きをもらった。この辺りの包容力は流石だなと思うし、個人的にすっごい尊敬してる。


「真面目というか、色々良くしていこうって努力がすぐ見えるのはスゴいことよ」


「そう? 確かに、ストイックとは昔からよく言われるのよね」


「昔から? 誰に?」


 ゼールマンさんにシキブレのおかわりを出して、戻ってきたシキさんに聞かれる。

 しまった! アタシとしては、ちょっと失言だったかもしれない。


「あ、あーまぁまぁ。両親とか」


「とか?」


「その、ね。アンタって真面目ねって――」


『ファイちゃん?』


 シキさん、ハルさんから同時に視線を向けられる。

 アタシがぼそっと喋る雰囲気に違和感を持ったのか、2人はさらに深堀りしてきた。


「なんか、ファイちゃんって自分のこと全然話したがらないよね?」


「私も思った。それに、私との倉庫整理パーティのくだりとか、ヒラユキ君の仲間のくだりでも変な顔してたわよね? 誰かといるのは苦手?」


「えっ、あぁ……まぁその……ハルさんが嫌な訳じゃもちろんないのよ? シキさん、カフィノムにもお世話になってるし。人が嫌だったらここにいないわよ」


「ね、話したくなかったらいいんだけど。良かったら、ファイちゃんの事も知りたいな」


「うっ……」


 しまったなぁ。そんな風に興味持たれたくなかったんだけど。

 でも、ちょっとは話さないと退く感じでもなさそうだ……。


「別に、話したくない訳じゃないけど。過ぎた話だし」


「何か、あったの?」


 少し悲しそうに、眉を落としてアタシを見るシキさん。心配してくれてるのかな?

 確かに、いい思い出ではない。『あの時のアタシ』はダメだった。そんなことを思い返すのは好きじゃない。

 だって、アタシが生きているのは今でしかないから。だけど――


「すっごく端的に言うけど、アタシにも昔仲間がいたのよ」


『えっ?』


 2人が驚いたように声を出す。それくらいなら話してもいいか、と思った。

 あんまり多くを話したくない。だから、少しだけ。


「ファイちゃん、独り旅じゃなかったんだ?」


「魔界に入ってからはずっと独りよ。その前」


「人間界……故郷の北部でってことかしら?」


「そう。ある程度旅を続けた所、魔界に突入する前で、アタシはその仲間内から抜けたのよ」


 これ以上は踏み込まれたくない……かな。

 このくらい言っておけば、2人としてもある程度察してくれる気がした。なんとなく聞きたいこともわかっただろうし。


「い、色々あったのよ。色々! でも、今のアタシは、カフィノムの一員! それだけよ」


 取り繕うように言い切って、胸にトンと拳を置く。

 アタシの心境としては、すでに過去なんてどうでもいい。たまに思い出しては嫌な気分になるけど。


「でも、ファイちゃん。ちょっと無責任かもしれないけど、嫌な事あったら私にすぐ言ってね?」


「そうよファイちゃん。貴女には頼れるお姉さんが2人いるって覚えておいて」


 ホットミルクをアタシに出しながら言うシキさんと、タバコを灰皿に押しつけながら言うハルさん。

 その言葉だけで嬉しい。そんな存在がいてくれるってだけで、どれだけ救われるか。


「……うん。ありがとう、シキさん、ハルさん。というか、今はホント大丈夫だから!」


「そ、そう?」


「うん。本当本当。お仕事で迷惑は絶対かけないから、シキさんは安心してよね!」


 ふふん、と笑ってハルさんに水のおかわりを注ぎ足した。


 ――あの時のアタシ、か。

 昨日の話じゃないけど、それこそ最もプライベートな話だ。

 言いたくない訳じゃない。でも、思い出したくもない。

 2年前のアタシのことなんて、ちょっと立ち返っただけでため息が出てしまう。


 なんて、アタシにしてはちょっとアンニュイな気分で、4人だけのカフィノムの1日は過ぎていった。

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート