【カフィノム日誌】
ヒラユキ君と彼の仲間の事について聞いた。彼はコーヒーを飲むと、本音しか話せなくなってしまうらしい。コーヒーの効果って人それぞれなのか、それともここのみんながちょっとおかしいのか、なんだかわからなくなってきた……。
ヒラユキ君と遊んだ翌日。
今日は彼は来ないと言っていたから、いつものようにハルさんの相手をしていた。
ゼールマンさんも来ていて、優雅に黙ってシキブレを飲んでいる。この人が口を開いて喋ることはあるのかな?
「ヒラユキ君と話しててどうだった?」
「うーん、お金好きなのと仲間思いなんだなぁってことくらい。遊びは楽しかったけど」
「彼、言動軽いからなかなかつかめないのよねぇ。若者らしいと言えば若者らしいけど」
「ハルさん的にその発言はいいの? そんな、自分は若者じゃないみたいな」
「……気づかなかったわ。私も年かしら……?」
タバコを吸いながら、空いた片手で額を押さえるハルさん。無意識だったようで、がっくりきているらしい。
「で、でも私だって! 昔は魔法バリバリ使って、敵をブイブイ言わせてたのよ!?」
「思い出話は老化の証拠よ……」
「ぐっ! ファイちゃんもこの短期間で言うようになったわね」
「少しくらいの軽口は許される仲かなぁって。それこそ、自分を楽にするために」
「ま、まぁね。そのくらい距離近い方がお姉さんも接しやすいわ」
それに、私が言ったことだし。と付け足してタバコをくわえて天井へ煙を吐いていた。
あんまりかしこまりすぎると疲れる。ハルさんとは少しか仲良くなれてきているから、そういう本気じゃない程度のイジりはいいかなって。
ハルさんを通して、それも含めて接客かなとアタシは思うようになった。
丁寧すぎてもダメ、適当すぎてもダメ。難しいけど、慣れていくしかない。場数というソレはまだまだ経験不足だ。
アタシはまだ、7日くらいしかここにいないのだから。
「だけどファイちゃん、いい成長ぶりだと思うわ。その考え、大事にした方がいいわよ」
ハルさんからお墨付きをもらった。この辺りの包容力は流石だなと思うし、個人的にすっごい尊敬してる。
「真面目というか、色々良くしていこうって努力がすぐ見えるのはスゴいことよ」
「そう? 確かに、ストイックとは昔からよく言われるのよね」
「昔から? 誰に?」
ゼールマンさんにシキブレのおかわりを出して、戻ってきたシキさんに聞かれる。
しまった! アタシとしては、ちょっと失言だったかもしれない。
「あ、あーまぁまぁ。両親とか」
「とか?」
「その、ね。アンタって真面目ねって――」
『ファイちゃん?』
シキさん、ハルさんから同時に視線を向けられる。
アタシがぼそっと喋る雰囲気に違和感を持ったのか、2人はさらに深堀りしてきた。
「なんか、ファイちゃんって自分のこと全然話したがらないよね?」
「私も思った。それに、私との倉庫整理パーティのくだりとか、ヒラユキ君の仲間のくだりでも変な顔してたわよね? 誰かといるのは苦手?」
「えっ、あぁ……まぁその……ハルさんが嫌な訳じゃもちろんないのよ? シキさん、カフィノムにもお世話になってるし。人が嫌だったらここにいないわよ」
「ね、話したくなかったらいいんだけど。良かったら、ファイちゃんの事も知りたいな」
「うっ……」
しまったなぁ。そんな風に興味持たれたくなかったんだけど。
でも、ちょっとは話さないと退く感じでもなさそうだ……。
「別に、話したくない訳じゃないけど。過ぎた話だし」
「何か、あったの?」
少し悲しそうに、眉を落としてアタシを見るシキさん。心配してくれてるのかな?
確かに、いい思い出ではない。『あの時のアタシ』はダメだった。そんなことを思い返すのは好きじゃない。
だって、アタシが生きているのは今でしかないから。だけど――
「すっごく端的に言うけど、アタシにも昔仲間がいたのよ」
『えっ?』
2人が驚いたように声を出す。それくらいなら話してもいいか、と思った。
あんまり多くを話したくない。だから、少しだけ。
「ファイちゃん、独り旅じゃなかったんだ?」
「魔界に入ってからはずっと独りよ。その前」
「人間界……故郷の北部でってことかしら?」
「そう。ある程度旅を続けた所、魔界に突入する前で、アタシはその仲間内から抜けたのよ」
これ以上は踏み込まれたくない……かな。
このくらい言っておけば、2人としてもある程度察してくれる気がした。なんとなく聞きたいこともわかっただろうし。
「い、色々あったのよ。色々! でも、今のアタシは、カフィノムの一員! それだけよ」
取り繕うように言い切って、胸にトンと拳を置く。
アタシの心境としては、すでに過去なんてどうでもいい。たまに思い出しては嫌な気分になるけど。
「でも、ファイちゃん。ちょっと無責任かもしれないけど、嫌な事あったら私にすぐ言ってね?」
「そうよファイちゃん。貴女には頼れるお姉さんが2人いるって覚えておいて」
ホットミルクをアタシに出しながら言うシキさんと、タバコを灰皿に押しつけながら言うハルさん。
その言葉だけで嬉しい。そんな存在がいてくれるってだけで、どれだけ救われるか。
「……うん。ありがとう、シキさん、ハルさん。というか、今はホント大丈夫だから!」
「そ、そう?」
「うん。本当本当。お仕事で迷惑は絶対かけないから、シキさんは安心してよね!」
ふふん、と笑ってハルさんに水のおかわりを注ぎ足した。
――あの時のアタシ、か。
昨日の話じゃないけど、それこそ最もプライベートな話だ。
言いたくない訳じゃない。でも、思い出したくもない。
2年前のアタシのことなんて、ちょっと立ち返っただけでため息が出てしまう。
なんて、アタシにしてはちょっとアンニュイな気分で、4人だけのカフィノムの1日は過ぎていった。
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