【カフィノム日誌】
それぞれの常連がどうやってシキさんの好感度を上げているんだろうと思ったけど、ヒラユキ君の行動でそれが分かった気がする。彼はカフィノムを脅かす悪い奴を捕まえているってことを知った。
ヒラユキ君が仲間と協力してとっ捕まえた人間は、かつてのアタシの仲間だった。
ウソみたいな、ホントの話だ。
良くも悪くも、その顔は忘れたことがない。
「おい、待ってくれファイちゃん。あー、もう1回いいか?」
「や、アタシも驚き過ぎてなんとも……間違いないわ。彼ら、アタシの元仲間」
アタシと同じ銀髪のシック。半開きの目のフォウ。口元を隠す髑髏のスカーフは今も覚えている、スリ。
実力は憶えている。3人とも、かなり強かった。
それがあっさりヒラユキ君達に捕まえられるなんて、彼らの実力の凄さがわかる。
「で、どうするよ。まぁ、話を聞くに感動の再会じゃないだろうけどさ。ハハ……」
「そ、そうね。いやまぁ、アタシもう関係ないんだけどさ」
なんてやり取りをしていると、向こうもアタシに気が付いた。
この赤い帽子、肩が出るようにしてある変わった上着は向こうも憶えているんだろう。
「なぁ、おい。ファイじゃねぇのか?」
「そ、そうだよな……ファイだよな」
「俺達のこと憶えてるだろファイ!」
口々に連中がアタシを呼びかけてきた。
あぁ、なんだろう。すごく嫌な予感がする。
――また、都合よくアテにされる。そんな予感だ。
「お、俺達、城門前で黒騎士ってのに叩きのめされてよ!」
「そ、そう。町に戻ったらここを紹介されてさ!」
「だってここ、城の――」
「おぉい? それ以上はアウトだぜクソ野郎ども」
ぐい、と縄を引っ張って3人を黙らせるヒラユキ君。ナイスだ。
悪いことをしようとしていたのは事実だから、なんの言い逃れもできないのが彼らの残念な所。
でも、そんなことでこの沙汰が終わる気がしなかった。
「なぁ、そのエプロン。ファイ、ここで働いてるのか?」
「そ、そうだファイ。昔のよしみだろ? 見逃してくれるように言ってくれ!」
「頼むよ。俺達、悔しすぎてさ! で、出来心だったんだ」
ほら。アタシの予感はよく当たる。そんなことだろうと思って、嘆息した。
彼らは死ぬまで依存する相手がいるなら依存するんだろう。
多分、ここで切り捨てると、彼らは誰の責任か、みたいな話をしだす。そういう連中だ。
パーティ上、アタシに問題があったにしても、彼らのそういう所が嫌いだった。
ここにいない残りの仲間の男女、ワンとトゥもそういう奴だ。
だから、その様子を眺めてやろう。
「ごめんなさい、アタシ新人だからそういう権利ないの」
パシン、と両手の平を合わせて、わざとらしく片目をつぶって笑っておいた。
元より、もう関わる気はない。向こうはどうしてアタシが抜けたかだなんて考えるつもりも、考えた様子もなさそうだし。
「いいぞファイちゃん! ナイス返しだ」
ヒラユキ君に親指を立てられる。
そうよね、アタシは……これでいいんだ。過去は過去として終わらせるにはちょうどいい機会だと思った。
――けど、そういう縁切りはそう簡単にいかないもので。
「くそ……それなら! そこの長い金髪の人! 『てんちょう』って書いてるよな? ここのトップだよな!?」
「え、私?」
シックがシキさんに向けて話しかけていた。
まだ何か言うつもりなのかしら、往生際の悪い。
「じ、実はですね『てんちょう』さん! 俺達がこんな蛮行に及んだのは深―いワケがありまして」
「深いワケ?」
「そうなんです。貴女様が雇っているそこの銀髪、ファイって言うんですけど! 実は俺達の仲間でして……俺達、ソイツに命令されて無理やりこういうことさせられたんですよ!」
「は……はぁ!?」
予想だにしない流れ弾が飛んできた。シック、コイツ……やっぱり最低だ。
あの時のアタシが悪かったなんて、どれだけ陳腐で甘々な言動だったか、よくわかった。
「だから、俺達は被害者なんだ。すべての元凶はそこの新人女の策略なんだよ!」
「そ、そうそう! 俺達は脅されてたんだ!」
「だから、こうして捕まるのも可哀想な話だろ? な?」
必死にシキさんを見て、懇願する3人。視線を変えればアタシを糾弾するかのような目の吊り上げようには、笑いすら出てきてしまう。
「はぁ……」
溜息しか出なかった。
助けを絶ったら、助けないお前が悪だと言わんばかりの擦り付け。責任転嫁。
あることないことをでっち上げて、しかもアタシだけを悪人に仕立て上げる。
そして自分たちが悲劇の役者と言わんばかりのお嘆き、お涙頂戴。
ヒラユキ君の言う、『クソッタレ』はあながち間違いじゃなかったか。
「シキさん、その……」
彼女を横目で見る。自分が今どんな感情かはちょっとわからない。
ここで弁明はいくらでもできた。根も葉もない発言に、怒りをあらわにして怒鳴り散らすこともできた。
だけど、何故かそんな怒りの炎は消えていた。
全てを通り越したというべきか、呆れかえって何も言えなかった。
だから、シキさんの判断に全部委ねることにした。
あくまでアタシとシキさんは同居人で、雇い雇われの関係。深い仲じゃない。でも、そうするしかなかった。
それに天然だから、コイツ等の甘言を真に受けちゃうかもしれない。
それならそうだと、諦める以外なかった。
シキさんがあっちを信じてアタシを裁くと言うのなら、それはもう運命でしかない。受け入れよう。
アタシは、彼女の言葉をただ待っていた――
「ね、そこの3人の『人達』。言いたいことはそれだけ?」
「えっ? あ、あぁそうだよ。俺達は被害者。ただそれだけなんだよ!」
「うーん、そっか。じゃあ――」
言うと、シキさんは何故かゼールマンさんの方へ向かった。
そして――
「ゼールマンさん。そこの3人、よろしくお願いします」
シキさんが、ゼールマンさんに幾分かのお金を払っていた。
彼は一度大きく頷いて、その大きな身体を持ち上げ、立つ。
「ここでファイちゃんに一言でも、ごめんなさいが言えたらねぇ」
「えっ? って……ことは?」
「うん。ファイちゃんがそんなことするはずないもん。私、そういうのだけは見間違えないんだ」
糸目のまま、微笑みかけてくれるシキさん。
こんなに嬉しいことはない。10日にも満たない関係なのに、アタシを受け入れてくれて、信用してくれている。
「ま、待ってくれよ! そんな、そりゃないだろ!」
「そうだ! お互い証拠がないだろ証拠が!」
「こんなこと許されるはずがない! 俺達にだって、余地があるだろ! なぁファイ!!」
怒鳴るスリ。ここまできて、アタシを糾弾するその態度は逆に尊敬したくなる。
「あのね、3人とも。ファイちゃんはもうここの、カフィノムの家族なんだ。それを守るのも、『てんちょう』の役目だから」
「し、シキさん!? でもアタシ――」
「なんにも言わなくていいよ、ファイちゃん。大丈夫だから」
「シキさん……」
アタシに1度頷き、キッと目を少し吊り上げて3人に向き直るシキさん。
今度こそ感極まってしまった。でも、泣くには早い。
ゼールマンさんが3人に迫る中、未だにアタシを名指しでわめく彼らに、最後にピシャリと言ってやった。
「悪いわね。縁を切った相手と話す舌は持ち合わせてないの」
侮蔑の視線も込めて言うと、ゼールマンさんが一度こっちに寄って、アタシの肩をポンと叩く。
あとは任せておけ、と言わんばかりに鼻を鳴らしていた。
息遣いというか、小さな唸り声というか。
彼の声を初めて聞いた。そこだけでもすごくダンディで低めな声だった。
……そうだ、ゼールマンさんの経歴は傭兵!
シキさんは、そんな彼にお金を払った。ということは――
「お、おい……なんだよそれ!?」
ゼールマンさんが、腰から金具のついた棒を取り出す。
それを丁寧に開きながら、3人に迫る彼は異様に怖かった。
ガチャン、ガチャン。
そんな音だけが響いて、着々と開かれていく金具付きの棒。
それが全部展開されると、棒は……ひと振りの巨大な鎌になっていた。
『ひっ……ひぃぃっ!?』
3人がすくみ、怯える。
そして、ヒラユキ君から片手で縄を受け取り、鎌をもう片方の手で携え店の外へとゆっくり歩きだした。
「ま、待ってくれよぉ! 助けてくれよぉ!」
「い、嫌だ……怖い!」
「ファイ! えぇファイ! お前、それでも俺達の仲間かよ!?」
カツン、カツン。カツン、カツン。
革靴の心地良い音と泣き喚く雑音が混じる。
ただ黙って3人を引くゼールマンさんは、最初に会った時の数倍増しで怖かった。
それでも呪詛のようにアタシを糾弾するスリは本当に笑い種だ。純粋に恐怖している2人の方が正常に思える。
引きづられていく彼らは、身をよじりもがいて抵抗こそしたけど、全然駄目だった。
最後に「うわああああっ!?」と無様な叫び声が聞こえて、店の扉が鐘の音と共にバタンと閉まった。
「ほい。仕置完了ってトコだな。あとは紳士オジサマに任せようぜ」
ぱんぱん、と手を打つヒラユキ君。
「これで彼らも2度とここに来ようなんて思わないわね。今度ファイちゃんを悲しませたら私もぶちのめしてやるわ」
タバコを吸い、少し乱暴に煙を吐くハルさん。
「いい気味よ。エス達を出し抜こうなんて、100万年早いわ」
くすくす、と馬鹿にするように笑うエスティアちゃん。
常連達でこの店は成り立っている。
その意味は、金銭的なものだけじゃない。この件でよくわかった。
――その後、3人はゼールマンさんの鎌で服をビリビリに破かれ、棒に戻したソレでバシバシと激しく折檻されたらしい。
命は無事で、からがら城下町の方へと逃げて行ったそうだ。
これにて、一件落着? カフィノムの騒動も、アタシの過去とも。
これでひとまず、終わり……かな?
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