【カフィノム日誌】
単品の水がない中で、エスティアちゃんに水を要求されてしまった。コーヒーしかないと伝えると、ヒラユキ君が来ないならいいとしぶしぶ注文する。そしてコーヒーを飲んだエスティアちゃんだけど、何かがおかしかった。
コーヒーを飲んだエスティアちゃん。アタシはその光景を初めて見た。寝かけていたハルさんもぎょっとして目を見開いている。
シキさんも吹き出してくすくす笑っていた。多分、みんな初の光景らしい。
ゼールマンさんは……全然動じてない。見向きもしてない。もう知らない。彼は自然と視界からフェードアウトした。
「え、エスティアちゃん?」
「な、なによ。そんなに見ないで、ファイちゃん」
てれてれ、と頬を押さえて身体をくねらせるエスティアちゃん。
そのちゃん付けの時点で相当おかしい。普段の彼女とは似ても似つかなくて、アタシの調子が狂う。
というか悪いけど、仕草のひとつひとつが同性として少しイラッとくる。
コーヒーを飲むと、性格が反転する……いや、なんだろう。仮説を立てるなら、こうかな?
――エスティアちゃんはコーヒーを飲むと、乙女になる。
そんな感じがした。なるほど、確かにこの状態をヒラユキ君には見られたくないよね。
コレと会話するのかぁ……と思ったけど、普段の彼女からは聞けないことが色々聞ける気がする。
「ねぇファイちゃん。エス、そんなに変かなぁ?」
「変と言うかなんと言うか……意外すぎたわ」
「意外? エスの可愛さが?」
「……チッ」
いつもしていたエスティアちゃんの舌打ち。
よもやアタシの方が小さくすることになるとは。
――コーヒーは、オレ達の隠していることをさらけ出させるのかもな。
ヒラユキ君の言葉を思い出した。コーヒーにそんな効果はないはずなんだけど……カフィノムの常連が幾分か変なんだろう。
となると、アタシやシキさんには一体どんな変化が起きているんだろうとやっぱり気になった。
アタシは……なんとなく、『必要以上に深く考えてしまうようになる』気が最近した。合っているかはわからない。
自分のことはいい、それよりこのエスティアちゃんだ。
「な、何を話そうか割と困るわねコレ」
「別になんでもいいじゃない。話し相手になってなって」
今度は目をキラキラさせながら身を少し乗り出して、彼女はアタシに迫る。
いつものツンケンした彼女が普通だから、今の彼女に慣れられないアタシがいた。
……でも、考え方ひとつだけど、これも酔った状態か。
エスティアちゃんの場合、乙女な自分に酔っている。
そう思えば、ハルさんの接客と大差ない気がしてきた。
この時の記憶があるのかどうかは知らないけど、世間話だアタシ。いつもしてる酔っ払いの相手と比べれば話は通じる、はず。
「え、エスティアちゃんは普段、外では何してるの?」
「エスはね、うん。毎日特訓してるよ。こう、弓でバシューン! って」
矢をつがえて撃つ動作をアタシに向けてするエスティアちゃん。
やりづらい。テンションが違いすぎる。いつもなら肘をついてぶっきらぼうに応える質問なのに。
「ヒラユキ君にはいっつも手伝ってもらってるんだー。ホント助かっててぇー」
「お……っ!?」
思いもよらない言葉が飛んできて、アタシはコーヒー片手にピクンと反応した。
今まで引きつってた笑顔だったろうけど、それは興味ある内容。これは深堀りせざるを得ない。
「ヒラユキ君にお金払って一緒にやってるんだっけ?」
「そうなのー! ホントはもっと払いたいって言うかぁー。彼、冗談混じりなだけで超優しくってぇー。エスに色んなこと教えてくれるんだよねぇー超助かっちゃってる!」
「おぉ……」
いつものエスティアちゃんからは到底聞けそうにもない言葉だ。
なんだ、あんな性格なりにヒラユキ君にはきちんと感謝してるわけか。
「えっ、えっ。じゃあヒラユキ君のこと、どう思う? やっぱいい奴よね?」
「うん、初めて男でいい人だーって、エスも思うなぁ」
「それは、感謝しなくちゃね。ヒラユキ君、きっと面食らいそうだけど」
「うぅーん。いっそ、告っちゃう?」
「あ、そういう安い流れやめてもらってもいい?」
「えぇーひどぉい!」
「そういう軽いノリで出来上がる男女関係にロクなことないのよ。元のエスティアちゃんの名誉にかけて、やめて」
「これがエスの本当なんだけどなぁ……」
ふふーん、と軽く鼻を鳴らしてコーヒーを飲み干す。
それからしばらくはヒラユキ君のことは置き。黒騎士への愚痴や彼女の地元の話に付き合った。
そうしているうちに、外は暗くなり、閉店の時間になった。
「それじゃあエス帰るね。またよろしくね、ファイちゃん!」
スキップしながら先に帰っていくエスティアちゃんに、最後まで違和感を覚えながら彼女を見送った。
それが終わった途端、ハルさんが寄ってきてアタシの肩を叩く。
「ねぇファイちゃん。貴女を元戦術剣士と見込んで頼みがあるんだけど」
ふと、嫌な予感がした。
でも聞かないわけにはいかない。アタシが「な、何?」と返すとハルさんは不敵そうな笑みを浮かべて言う。
「ちょっと面白い企画を思いついたのよ。明日、聞いて」
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