異世界喫茶カフィノム

-ラスボス前店-
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【第30話】変わらないこと

公開日時: 2020年9月14日(月) 21:00
文字数:2,867

【カフィノム日誌】

 シキさんからコーヒーの本を借りて、アタシは勉強を始めた。

 倉庫整理にカフィノムの勤務に加えたやるべきことだけど、アタシは大丈夫だ。

 それより、アタシとノワの関係性が縮まらないことの方が大丈夫じゃない。今はそこが憂慮すべきことなのかもしれない。





 アタシが発端のノワ騒動から翌日。

 ハルさんが言うには、彼女と距離を縮めるならお互いのプライドを示し合うことが大切らしい。


 だからまずは、喚んだ時に肩を蹴られても動じないことから始めようと思った。

 日課の倉庫整理、そこでまずノワを喚ぼう。


「っと、その前に」


 トン! と床を強く踏んで、気合を入れた。ちょっとやそっとの衝撃で動じないようにお腹に力を込れる。

 あと、声だ。毎回「痛ったい!」なんて言うものだから、示しがつかない。

 やられて当然くらいの気概でひっかかれ、蹴られてやろうじゃないの。


 準備は整った。身体に力を込めるために、アタシは軽く息を吸ってから、肩の魔法陣をトントンと叩いた。

 ポゥ、と魔法陣が青く光り、いつものようにノワが出てくる。

 そしていつものように、アタシの肩を爪を立てて蹴りつけた。


「くっ! だけどノワ! 見て!」


 多少ぐらついたけど、アタシは動じなかった。

 手筈通りノワが出てきて、アタシから飛びのいて距離を取る。

 ……けど、その距離が物理的に少しだけ近くなっていた。


「あっ!!」


 やった! 嬉しい!

 いつもは6箱分の距離を置かれているところが、今日は4箱だった。

 こんな些細なことだったけど、こういうことか。これがノワと一緒にいて恥じないアタシを見せつけるってことだ。


 だけど、ここで舞い上がってはいけない。きっと、それが距離を取られる原因だ。

 勝ってすぐに有頂天にならないこと、調子に乗らないことに尽きる。

 アタシはそれで失敗しているから。そんな勢いで、黒騎士にも勝てるだなんて思ってしまっていたのだから。

 自分に厳しく、人に優しく。今のアタシにとって、それを至極当然と思わないといけない。


「ちょっとぉ? やる気出てきたわよアタシぃ。さ、気合入れて片付けるわよ!」


 俄然その気になってくる。主人として、なんて気取らない。アタシらしい行動、プライドを見せつけるとはこういうことだ。これからも、ノワに翻弄されない自分を見てもらおう。


 今日の倉庫整理とノワの虫狩りは、いつも以上に捗った。


 ――――――。


「さって! ハルさん、今日は飲む!? シキブレ1杯いっとく? それとも一杯……たくさんいっとく?」


「げ、元気良いわねファイちゃん……同じ言葉なのに意味が違うのはオツだわ」


「ノワちゃんとの倉庫整理、順調なんだって」


「あぁ、なるほど。じゃあマスター、お祝いにシキブレ2杯」


 アタシは自然にシキブレを進めていた。酔われると面倒なはずなのに。

 ハルさんのおかげでノワとの信頼を深めていけると思うと胸が熱い。だからアタシは、より張り切って働いていた。


「朝から流れが良いのよ。この波を逃さないようにしなくちゃ!」


「そ、そうね。ファイちゃん頑張ってるし。私も応援するわ」


 ハルさんとハイタッチで手を合わせて、2人でシキブレをごくりと飲んだ。

 そうしていると、シキさんが微笑んでアタシに言う。


「でも、そっか。良かったね、ファイちゃん」


「シキさん?」


「昨日の今日で、また変化があったことは良いことだよ。私も嬉しいな」


「うん! ノワも一緒にいる家族だから、すっごく嬉しいの」


「家族、か。うん、いいよね家族」


 その言葉にシキさんが反応して、うんうんと頷いていた。

 元々の話をすれば、ハルさんが紡いでくれたノワとの縁だ。

 それに、同居人として雇ってくれたシキさんのおかげでもある。

 だから、突き詰めれば2人のおかげで今のアタシがあるってことになる。改めて感謝だ、本当に。


「ところで、ファイちゃんはノワを『飼う』って言わないわね?」


「あ、そういえばそうだねぇ。みんな結構、動物は『飼う』って言うよね」


「……考えたこともなかったわ。『一緒にいる』の方が普通じゃない?」


 言うと、おぉ……と感嘆された。


「だって、言葉が通じる通じないで、どっちが優れてるみたいなことってないでしょ?」


「ファイちゃん。今、貴女素晴らしいこと言ったわ」


 ぱちぱちと拍手するハルさん。酔っている上でのもてはやしは若干あるだろうけど、どうして称えられているのかはちょっとわからない。


「まして、ノワだもん。アタシよりデキるところがあるんだから、飼うなんて言葉はとてもとても……」


「いいわね、持ちつ持たれつみたいな関係。ファイちゃんとノワ、良いコンビだわぁー!」


「ふふっ。だって、ノワ。あっ! 調子には乗らないわよ!?」


 喚ぶわけじゃないけれど、肩の魔法陣をさする。

 この会話を彼女が聞いているかわからない。でも、いずれもっと良いコンビになれたらと思う。

 かねてからの夢……彼女に膝の上で寝てもらう日は、もう途方もない話ではない気がした。


「お姉さん、名コンビの誕生に立ち会えて嬉しい……ぐすっ!」


「あれー、そうなの? ちょっと妬けちゃうなぁ」


「し、シキさん!? や、その……シキさんが一番の恩人なのは変わらないから!」


 そう? と言って彼女はくすくす笑っていた。

 そこだけは、きっと変化のないものだと思う。

 アタシがどうなったとしても。それは、『変わらない』。


 ――――――。


 ノワとの距離を縮められる兆しが出てきたことで、アタシの生活はより張り切ったものになった。


 早朝と深夜は、本とシキさんの教えでコーヒーの修行。

 朝と夕方は、ノワと倉庫の整理。休日は1日中倉庫整理で、ハルさんも来てくれている。

 そして日中は、カフィノムのお仕事。


 日課が、日々の積み上げが、しっかり決まってきた。

 アタシがここにいる意味を、少しずつ作れている気がする。

 こうして毎日、変わらぬ日課通りに色々な事を、同時に進めてきた。


 ――だけど、事はそうそう順調にいくものじゃない。


 前に、ハルさんがしてくれたアドバイス。何日前だったか、10日くらい前のものか。


 それが記憶から薄れていた頃、アタシに『ボロ』が出始めた。


「ファイちゃん? 眠そうだけど、大丈夫?」


「えっ? あー、遅くまでコーヒー飲みながら本読んでたからかな。あはは……」


 眠い目をこすりながら、エプロンをつける。心なしか、少し身体が重い気がした。

 でも、立ち止まってる場合じゃない。アタシにはしたいことが沢山あるのだから。


「そっか、頑張ってるもんね。でも、具合悪くなったら言ってね?」


「う、うん。大丈夫よきっと……っとと」


 若干、ふらついた。危ない危ない。

 今夜から睡眠時間はちゃんと確保しよう。

 そう決めて臨んだ、カフィノムの勤務中だった。


「ハルさん、シキブレお待――」


 ぐらり、と視界が歪んだ。

 周囲の景色の動きが、何故か遅く見える。

 目はぼやけ、だんだんと目前に床が近づいてきていた。

 そして、次の瞬間。

 『変わらないこと』が招いた『異変』は、突然やってきた。


 ――ガシャン! どしゃ……。


 カップが割れる音と、何か大きなモノが倒れ込む音。それが、同時に響く。

 何が起きたか理解できないまま、アタシは意識をそのまま手放した。

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