【カフィノム日誌】
ゼールマンさんから、カフィノムのすべてを聞けた。
どうしてできたのか、どうしてゼールマンさんがこだわるのか。
そして、ここに何を求めていたのか。
聞くべきことは、多分聞けた。アタシ達は、それに対して何を言えるかだ。
カフィノムと、アタシ達を取り巻く現状を理解した。
一言で言ってしまえば、アタシ達はゼールマンさん本人や、魔界と人間界のいざこざ、その諸々に巻き込まれただけの話。
もっと言ってしまえば、勝手な期待までされていい迷惑だとまで言えてしまう。
ゼールマンさんのことや、カフィノムのことをちゃんと聞いて、色々な真実がわかった。
目的としていたことが実はなんにもなかったこと。どうあがいても結論はそれで変わらない。
突き詰めれば、魔王がいると決め込んで旅人を送り出した側に問題がある。とはいえ、そんなことを言っても仕方ない。
ここで、すべてが徒労だったとうなだれることもできる。ぶつけようのない気持ちを、ゼールマンさんへ矛先を向けることもできる。
保留と停滞なんて、魔界と人間界の閉塞的な現状をつくった張本人に怒鳴り散らすことは簡単だ。
――だけど、『それでも』。
「誰が悪いって話じゃ、ないのよね」
小さく嘆息して、ぼそりと言う。
そういう考えになるのは、多分保留と停滞よりタチが悪い。だって、後ろ向きでしかないから。
これはゼールマンさんから語られないと、誰も知りようもなかった話。彼は、余程うまくやっていたんだ。
そんな彼が話してくれたことで、それこそ何か『変化』になるかもしれない。
そのうえで今は、これからのアタシ達の身の振り方を考えないといけない。
だから、彼に対して一言もの申すのなら――
「そんな期待をしていたんだったら、どうして少しでも話してくれなかったの?」
「……すまない。当初、シキには話すつもりだった。だがいつしか、私自身がこの保留と停滞の渦に呑まれすぎていた。結局、この状況を話す気が薄れてしまっていた」
下を向いて消沈するゼールマンさん。
別に怒っている訳じゃない。彼だって完璧な人間じゃないから。
ただ、変えなきゃいけないってわかっているのに何も変わらないのは、なんだかちょっと違う。
アタシやエスティアちゃんの保留を棚上げする気はないけれど、良い変化に変えられるチャンスを見過ごしたくはない。
奇しくもアタシのせいで、この状況が常連とシキさんにわかった。それだけでもひとつの変化ではある。
「アタシは、さ……」
咄嗟に口を押えた。
――アタシはさ、なんにもなくなっちゃったからさ。
それを言いかけて、やめた。
単に、目的を失った。アタシ達の心境はそんな状態だ。
シキさんやハルさんは、この話を聞いてある程度納得はしているみたいだ。
反面、ヒラユキ君、エスティアちゃんは、気持ちの整理がついていない。
彼は取り繕うように飄々としているし、彼女は全部聞いても未だに一言も発していなかった。
アタシはというと……2人とはちょっと違った心境になっている。
なんにもなくなった、って言葉を言おうとしてやめたくらいに、アタシの中でひとつ思うことがある。
なんにもない……ことは、ない。
それどころか、アタシは――
「アタシはさ。カフィノムでもらったものの方が多いかな、って」
だから、今の話を全部聞いたうえで、目的を失った今。
最初のハルさんじゃないけど、アタシの中でどこか吹っ切れた部分があった。
「あの……すっごい図々しいんだけど、それならカフィノムから出て行く理由も、なくなっちゃったってことにもなっちゃうかなーって」
「あ、確かに。それならファイちゃん、ずっとここにいる?」
たはは、と笑って軽い気持ちで言うと、シキさんが顔を明るくしていた。
重く言うことじゃない。アタシとしては、それもいいんじゃないかとすら思えたからだ。
もちろん、シキさんが良ければの話でしかなくて、今それも払拭された。
「あと、ゼールマンさん! アタシ、それを聞いちゃったからには、この状況をどうにかする方法を考えたい!」
「っ!」
「だって、どっちにしても良い状況じゃないでしょ。それなら知恵を絞って何かできないか尽くしてみたいじゃない?」
「ファイ、汝……」
ゼールマンさんがほんの少し顔を上げる。
元戦術剣士のうずうずがここで湧き出てきてしまっていた。
そもそもアタシがここまで来たのは、たったひとつの卑しい魂胆。
アタシがいた証がほしい。「これができた」ってものが何か欲しいから。だから独りでここまで来た。
目的がなくなっても、アタシのそれは変わらない。
――それなら目的なんて、作っちゃえばいい。
そんな思いに行きついた。
今までだったら、沈んだままだったかもしれない。
だけどアタシは、カフィノムで沢山のものをもらった。
暖かい人間関係、落ち着いた雰囲気、働くことでできたアタシの居場所。全部ひっくるめて、アタシの人生観も変わった。ここが変えてくれた。
何にも恵まれないし、自分自身もダメダメだったアタシが、ずっと探していたもの。大げさだけど、それがここで全部見つかった。
その恩を誰にも、何も返してない。これまでとこれからを考えては、ひとつの結論がアタシには出た。
これは黒騎士としてこの場所へ導いていくれた、ゼールマンさんへの恩返しだ。
「ずっとカタい頭で色々考えてた。だけど今、アタシ……思ったことそのまま言う!」
そしてアタシは、今考えていることを、かつて「やめておいた方がいい」と言われたことを言った。
「今度こそ、アタシ達でパーティ組んで、この状況に何か一手打たない!?」
全員がぽかんとしていた。
あの時はみんなで黒騎士に挑むって話。
今度はその黒騎士すら巻き込んで、小さな一歩を踏み出してみようって話だ。
「だってシキブレ……この美味しいコーヒーも、1種類の豆で美味しくなる訳じゃない。色んな種類の豆をブレンドしてできる味なんでしょ?」
そうだね、と頷くシキさん。彼女はアタシが何を言うかわかっているようだった。
それを承知で一度頷き、アタシはかつてノワに言われ、エスティアちゃんに言ったように、カフィノムらしく言った。
「――アタシ達で、ブレンドコーヒーになるのよ! それってきっと、何か美味しい変化になる気がする!」
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