【カフィノム日誌】
エスティアちゃんとヒラユキ君にコーヒーを飲ませる作戦。
それぞれの活躍とカフィノムの『日常』、そしてちょっとの偶然でそれが成った。
あとは、2人を自然に会話させれば、面白いことになる気がする!
アタシはヒラユキ君のところに淹れたてのファイブレを持って行った。自分の分も用意して、違和感なく事を運ぶ。
「見た目はシキブレと変わんないな?」
「や、問題は味なのよ。到底及ぶわけないんだけど、前はシブくってさ」
「まぁまぁまぁ、シキ嬢は経験とセンスが凄すぎるだけだろ。ファイちゃんもじっくりやればいいさ」
アタシを励ましながら、彼はファイブレに口をつける。
ハルさんの時は即答でマズいと言われたけど、正直になった彼からどんな言葉が出てくるか。
主目的は違うけど、やっぱり気になるものは気になる。
「あー、確かにちょっと苦めだな。でも、淹れはじめて数日でコレはすげぇと思うぜ?」
「ま……マズくはないの?」
「まぁな。そこまで酷くないだろ。でもオレじゃちょっと参考にならないかもな」
「えっ、なんで?」
「子どもの時から暗殺返しされないように、毒薬やらなにやら死なない程度に呑まされたからな。バカ舌なんだよ」
嘆息しながら、半笑いするヒラユキ君。
「うわ……というかアタシのコーヒー、毒薬基準!?」
微妙に失礼なのはいいとして、また過酷な現場のことを聞いてしまった。そっか、暗殺者育ちはそういうこともするのか。それはマズくてもよくわかんないだろうなぁ。
ファイブレのことは今はもういいかな。彼の言った通り、じっくりやればいい。アタシはそう決めてここで蒸らすことにしたんだから。
「正直な感想で悪いな。でも、えらいと思うぜ。自分でも色々頑張って淹れてみようってなるのはさ」
「あはは、ありがと。まっすぐ言われるとやっぱり照れるわね」
この様子なら、間違いなくヒラユキ君はいわゆる『コーヒー状態』だ。
そこですでに、アタシの策は完遂している。あとはあっちだ。これからは普通にヒラユキ君と遊んで、彼女の方から寄ってくるのを待つだけ。
「それじゃ、言った通りその状態で遊びましょ?」
「おう、やろうぜ」
カードを取り出し、彼は混ぜだす。
その間、横目で見るとエスティアちゃんがついにコーヒーに口をつけていた!
あっちの促しがあって、彼女がここに来ることになっている。ここはもう、ハルさんとシキさんに委ねよう。
――――――。
ヒラユキ君とのカード遊び、戦況は拮抗していた。正直だから、楽に勝てるなんて思っていたから意外だ。
中身は最早どうでもいいけれど、策士として負けたくないのはアタシのプライドとしてあるから気にはしている。
「い、意外と接戦よね」
「はは、正直にやるのも面白いかもな」
「本音は喋るけど、騙しはしてくる。そこが逆に読みが難しい。流石ね」
「オレもオレなりに考えるのさ。でもファイちゃんだって、ちゃんと読んでくる。やっぱすげぇよ」
お互いを褒めながら、カードを切っていく。
5回目くらいの対戦が終わり、アタシが3勝2敗の戦績になったところで、動きがあった。
「ファイちゃあん、構って構ってぇ」
「きゃ……ちょっと!?」
後ろからガバっと抱きつかれる。ハルさんが酔っぱらってアタシに絡んできた。
待って、これ作戦にあったっけ?
あ、でもそこを詰めてなかった気がする。コーヒーを飲ますまではちゃんと考えてたけど、その先の会話のことを考えてなかった。自然に絡んでいくだろうなんて思ってたから。
当のエスティアちゃんは……あ、コーヒーは飲んでる。シキさんとニッコニコで話していた。
「合わせて、ファイちゃん」
不意に、小声の耳打ちでハルさんから指示が飛ぶ。
酔ってるけど、そこも計算済みってこと?
「えっ? あ、正気なのね? どうなった?」
アタシも小声で返して、状況を聞いた。
「エスティアちゃんも大丈夫。私はもう眠いけどね。後は私のせいにしてヒラユキ君から退くのよ」
「ハルさん……わかったわ、それじゃ――」
アタシはハルさんを少し邪険にして、軽く引きはがしながらヒラユキ君に向き合う。
「ご、ゴメン! このコーヒー酔っぱらいどうにかしてきていい?」
「お、おう……ファイちゃんも大変だな。頑張ってくれ」
顔を引きつらせながらも承諾してくれた。アタシは席を立って、ハルさんに肩を貸しながら席を立つ。
それと入れ替わるように、彼の元へ……ついに!
「ヒーラユキ君っ」
「ん? って、エス嬢!? なんだその高い声!?」
開口一番驚いていた。やっぱり知らなかったか、コーヒー状態のエスティアちゃん。
これで、作戦は完了したかな。
あとは、見守ろう。カフィノムに起きるひとつの反応を。変化を。
ハルさん、良いところで寝ないでよ?
「あんまり見られたくなかったんだけどー。エス、コーヒー飲むとこうなっちゃうみたい」
「ははぁ、そりゃあまぁ随分変わるな? コーヒー怖っ。あぁ、シキ嬢が悪いって訳じゃないぜ?」
「うーん、やっぱりヒラユキ君って、優しいよね」
言いながら、エスティアちゃんはさっきまでアタシが座ってた彼の向かいに座る。
そして、普通なら言いそうもない彼への賛辞を贈っていた。ちょっと安っぽいのは目をつぶろう。
「エスが無理言って、特訓にも付き合ってくれてるし、ホント優しい」
「そりゃ必死に頑張ってる奴の頼みなんて断れないさ。カネもくれるしな」
「またそんなこと言って。特訓中も色々エスを気遣ってくれる。エス、そんな風に優しくされたことなかった」
「ま、まぁ……な。だけど、誰にでもやるような奴だぞオレ?」
「それでも、エスは嬉しいの。気遣いの感知って言うの? ヒラユキ君、それが敏感で広くて、すごいと思う」
「エス嬢こそ。自分の成し遂げたいことに真っ直ぐな気持ちでいられんのは、すげぇことだよ」
お互いの尊敬している部分を語り合う2人。色恋沙汰というよりは、2人の本音のトークだ。
こんなこと、今までのカフィノムじゃありえなかった。この光景そのものがスゴい。
「ヒラユキ君は素敵な男の人だよ。いつも、ツンケンしててごめんね」
「いや、エス嬢も素敵さ。ちゃんと芯を持ってる奴はスゴいよ」
「いやいや、ヒラユキ君は――」
「いやいやいや、エス嬢も――」
2人の会話はさらに勢いを増し、お互いの良いところを褒め合うような……軽い言葉で言うと、イチャつきまでもが始まっていた。
若干、そこは見ていてちょっとイラっと来てしまったけれど、微笑ましい光景には違いない。
このまま、この先も2人が仲良ければ、カフィノムはよりなごやかな場所になるなぁ――
――なんて思った、その直後だった。
2人がコーヒーを飲んで数時間というところか。そこで、エスティアちゃんの様子が変わる。
「それで、それでね。ヒラ……ヒラユ……」
「!? エスティアちゃん?」
突然彼女は顔を伏せて、わなわなと震え出した。言葉も詰まっている。
一体どうしたんだろうと思って、彼女に駆けだした。
が、次の瞬間。
ふぅーーと長めの息をエスティアちゃんが吐いた。そして――
「うん? あれ、エス……なにしてたっけ?」
「えっ!?」
声色がいつものエスティアちゃんに戻っていた。
「ウソ、コーヒー効果……切れた?」
「なによそれ。あーでも、なんか喋ってた気がするわ。誰とよ?」
周りを見回す彼女。あんまり記憶がないのかな?
その向かいで、彼女の視線は止まった。ヒラユキ君は、まだコーヒー状態なのか、「さっきからオレと喋ってたよ」なんてあっけらかんと返す。
それが、いけなかった。
「は? なんで、アンタみたいな人たらしとエスが会話してんのよ。なんなの、とうとう色欲にまみれだしたわけ?」
「え? い、いや普通にエス嬢のスゴいところをさ――」
「どうでもいいでしょそんなの。エスはそんなことしてる場合じゃないの。アンタはエスの特訓に黙ってつきあえばいいの。ここなんて、ただの休憩所。アンタとはそれ以上の関係も何もないの」
目を鋭くして、誰も近寄るなという表情。まくしたてる彼女に、シキさんは少し悲しそうな顔をしていた。
正気になったエスティアちゃんは状況を知って、どこか落胆したような。そんな目でカフィノムを見回す。
「チッ、帰るから。くだらない、こんな男ただの踏み台だし」
吐き捨てるように、椅子から勢いよく立って、そのまま彼女は店から出て行ってしまった。
残されたアタシ達は、ぽかんと口を開けたまま、呆然としてしまう。
やっぱり、いつものエスティアちゃんはヒラユキ君にキツい。それに、アタシ達の作意を見透かしたような睨みだった。
「は、はは……相変わらず手厳しいね、エス嬢は」
「ヒラユキ君、大丈夫?」
「なにがだ、ファイちゃん? あんなのいつも通りさ」
ヒラユキ君も立ち上がって、エスティアちゃんのぶんまでお代を置いて、店を出てしまう。彼は、最後まで正直なままだった。
そうは言うけど、今のエスティアちゃんはいつもより冷たい気がした。
アタシ達、やっぱり余計なお世話だったのかな……?
悶々とした状態で、アタシ達はカフィノムに取り残された。
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