異世界喫茶カフィノム

-ラスボス前店-
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【第33話】私のわがまま

公開日時: 2020年9月16日(水) 07:00
文字数:2,998

【カフィノム日誌】

 アタシはアタシの目的をついに話した。それでもシキさんは、アタシをよく見ていて、受け入れてくれて、アタシを認めてくれた。その重みをアタシが受け止めきれない中、彼女は『ひとつ、わがままを言いたい』らしい。





 アタシの吐露は、すべてシキさんに受け入れてもらえた。ここにいてもいいんだと、思えた。

 こんなに暖かいところ、今まで生きてきた中で初めてだ。

 それに比べて、アタシはとても低俗で、卑しくて。環境がそうだったにしても、自分のためにしか生きてこなかった。

 だけど、それでいいとシキさんは言う。それでも愚直に頑張っている姿が好きとまで言ってくれた。


 彼女や、自分に、もうウソはつかない。

 そう決めた時、シキさんはアタシに一言告げようとしていた。


「わがまま、って。シキさん?」


 自分でも涙をぬぐいながら、聞く。

 こういうことで、彼女から話してくるのは珍しい。部屋での会話は、いつもアタシから振っていたから。


 それに、わがまま。シキさんがそんなこと言うのも珍しい。

 聞かれない限り、常に自分の事を話したがらない人だ。そんな彼女がアタシに、本人曰くわがままを言おうとしている。


 ……いや。考える前に、ちゃんと聞こう。シキさんの目をしっかり見て、堂々と。

 少し前まで、ただの他人だったアタシにここまでしてくれた彼女に、それで何か報いることができるなら、と思った。


「私のわがまま、それはね――」


 アタシの肩から手を離し、今度はアタシの手を両手で握って、彼女は続ける。


「ファイちゃんに、もう少しここで……ゆっくりしてほしいな、って」


 少しだけ悲しそうな顔をして、シキさんは言った。

 それを聞いて、アタシは思わず黙ってしまう。奇しくも、さっきと逆の構図だ。

 絶対アタシの方がアホっぽいと思うけど。現に、口をぽかんと開けて言葉を失ってしまった。


 しばらく、その言葉を吟味する。

 でも、明確な意図やシキさんの思いが、よくわからなかった。


「ど、どういうこと?」


 だから野暮は承知で、ストレートに聞いてしまった。

 ゆっくりしてほしい。どうしてそんな言葉なのかが、わからない。どうしてそれが「わがまま」になるのかが、わからない。


「あっ、ごめんね。言葉足りなかったね。んっと……ね」


 あごに手を当てて、「んー」と言いながらも、シキさんは補足した。


「まず、ファイちゃんが倉庫を片付けて、その『抜け道』へ行く話。自由にしていいよってことが前提のお話ね」


「えっ!?」


「それでファイちゃんに成し遂げられるものがあるなら、私は止めないよ。それはファイちゃんの人生だから」


 微笑むシキさん。その顔は曇りのない顔だった。

 アタシのエゴを後押ししてくれる……夢で見た、シキさんの言葉通りだ。

 ……それなのに、アタシとしては、それでいいのかな? と思ってしまっている。また違うのは、彼女にひとつの『わがまま』があること。


「倉庫の整理や、コーヒーの勉強。それをゆっくりやってほしいの。それが、私のわがまま」


「それは、アタシが毎日色々やりすぎて、また倒れられるから?」


「うぅん。それもあるけど、そういう目先のことじゃないよ」


 とはいえ、ぶっ倒れるのは迷惑極まりないことに違いない。そこは猛省だ。

 快復したら、やることを絞って動く。それはそう決めた。

 でも、「ゆっくりして」の意図はそうじゃないらしい。


 シキさんの意図がわからない、アタシが鈍感なのか?

 もやもやして唸っていると、彼女は少し俯きながら続ける。


「その、ね? 私、今がこれまでで一番楽しいんだ」


「楽し……い?」


「うん。ファイちゃんが来て、一緒に働いてくれてから、なんだか色々変わったんだ。私も、常連のみんなも」


 ハルさんの時も、似たようなことを言った気がする。

 カフィノムに新しい刺激が……云々って。

 アタシがいることで、シキさんやカフィノムのみんなが楽しい?

 考えたことなかった。自分しか見てなかった、これを仕事としか考えてなかった証拠だ。


「ファイちゃんは、多分自分でいっぱいいっぱいだったと思うんだ。それはそうだよ。来てから数十日だもん。今、やっと慣れてきてくれたかなって。でもね――」


 アタシの内心はすでに見抜かれていたらしい。

 だけど、それは当然だと彼女は言う。


「――でもね、私から見たカフィノム。6年目になるけど、こんなに明るい場所になったの……初めてかもって」


「明るいって、雰囲気が?」


「うん。ファイちゃんのおかげでね」


「アタシの、おかげ? そんなくらいのことで?」


 それで変わったなんて、思えなかった。

 アタシはアタシのためにしか動いてなかったから、自分がそんな影響になっているとはとても思えない。それでもシキさんは、変わったと言う。


「だって、常連さんはいても、一緒に働いてくれる人なんていなかったから。私ね……ふふっ、あのね? 私、すごい単純なこと言うよ?」


 くすくす笑いながら、シキさんはその言葉をアタシに告げた。


「嬉しんだ。楽しいんだ。ファイちゃんと一緒にいられて」


「っ!?」


「常連さんとは全然違う思いが、ファイちゃんにあるの。頑張ってるファイちゃん、悩むファイちゃん、それにごめんねだけど、さっきの泣いちゃったファイちゃん。酸いも甘いも、楽しく、尊く思えているの」


「アタシが……シキさんといて? そんな、ちょっと前までただの他人だったのに」


 つい、そんな自嘲、皮肉を言ってしまう。

 元来の生き方からか、アタシはそういうことには疑り深くなっていた。

 アテにされ続けた人生だったから、好意を向けられると、どうにも変な気分になる。

 だからアタシは、無意識にシキさんのその気持ちから目を逸らしていた。今もそうだ。半信半疑だ。


「だけど、『それでも』。そんなファイちゃんの全部が、なんて言うのかな……好きなんだ」


「アタシが……好き?」


「うん。できたことなかったけど、妹みたいで。毎日が、すごく楽しいの。だから。だからね――」


 そして、シキさんは『わがまま』の核心を言った。


「いつかファイちゃんが先に行っちゃうにしても、それをゆっくりやってほしいなって。この日々を、少しでも長く続けたいの。だから、『わがまま』」


 力なさそうに笑って、シキさんは言い切る。

 ……そういうことか。


「ご、ごめんね! びっくりしちゃうよね。同性なのに好きなんて言われて」


「あ、いや……その……」


「でも、本当なんだ。ファイちゃんと一緒に働けて、カフィノムでの日々を過ごせて、すっごく楽しいの。今がずっと続けばいいのにって」


 そう言って、彼女は締めた。


「す、すぐに答えなんて出さなくて大丈夫だよ。それに仕事だから、嫌なら嫌でいいんだ。それなら、少ない日々を噛みしめて、ファイちゃんを笑って見送るから」


 口早に言い切って、彼女はベッドから立つ。

 そ、掃除してくるね! なんて言って、あせあせと部屋を出てしまった。


 ぽつんと残されたアタシは、ぼぅっと天井を見ていた。


「シキさんが、アタシのこと……」


 もちろん、恋愛的な好きとはきっと違う。

 ハルさんがアタシに向ける好意とも違う。


「一緒にいすぎて、気づけなかったな」


 向けられた突然の好意の言葉に、どう考えていいかわからなかった。

 答え、か。アタシがこの先どうしたいのか、何を成し遂げたいのか、シキさんにどう応えればいいのか。

 わからなくなってきた。だから今この時で、改めて考えなくちゃいけない瞬間なのかもしれない。


 そう思いながら、アタシは頭を整理するために、横になった。

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