【カフィノム日誌】
ヒラユキ君とのカード遊び、今度はアタシが負けた。
賭けていたプライベート話は、アタシの過去について。彼もまた、アタシの違和感に気付いていたのかもしれない。
アタシがどうしてここまで独りで来たのか。
その問いはつまり、ざっくりと2つのことを話さないといけない。
この魔界に来るまで、アタシはどう生きてきたのか。
独りで魔界に入って、どうやってここまで来られたのか。そんな話だ。
全部を話すつもりはないけれど、みんなが知りたがってることをかいつまんで話そうと思う。シキさんとハルさんには前提を話しているし。
「悪いな、ファイちゃん。本当に話したくねぇところは話さなくていい」
「うぅん、大丈夫よ。知りたいことは聞けると思うわ」
「そうか? いや、ちらちら聞いてもいたがどうしても気になってな」
全員分出されたシキブレをいち早く口をつけたヒラユキ君。本音で話す……真面目に聞く態度を示していた。
ハルさんは、飲む気はないらしい。それもまたちゃんと聞いてくれる素振りだとわかる。
「ファイちゃんの気になること?」
「ここってよ、最果ての地だろ? 生半可な実力じゃここに来るのは極めて難しいじゃないかと思ってな」
「あぁ、確かに。私もなんとかたどり着いたって感じだったし」
「ハルさんは魔界の悪い人を倒しまくってたんだよね?」
「そうね。ブイブイ言わせてたわ。その勢いで黒騎士もって。ダメだったけど」
嘆息して、タバコに火を点けるハルさん。
彼女はそんな感じだったのか。アタシはちょっと違うかな。
それなら、どこから話そう?
「じゃあ、この魔界に入る前にアタシがどうしていたのかってところから――」
言うと、全員が……ゼールマンさんもこっちを見ていた。
シキさんとハルさんには、アタシに元々仲間がいたって話していたから、そこからかな。
「アタシは魔界に来る前、6人でパーティを組んでいた。ちなみに、アタシがリーダー」
「リーダー? そっか、ファイちゃん頭良いもんね」
「戦術剣士って戦い方自体、独りで成り立つものじゃないとは思ってたぜ。さしずめ指揮官か」
小さく拍手するシキさんと、予想通りだと言わんばかりに頷くヒラユキ君。
そこまでの肩書はない。確かに、パーティの頭脳として意思決定はアタシがしていたけど。
「そんな大層なものじゃないわ。でも、それが問題だった」
「問題?」
「パーティがダメってよりかは、アタシがね」
少し溜息が出た。未だにあの時を思い出しては、やるせなくなる。
ダメだった頃のアタシは、本当にダメだった。
「アタシ、リーダーって責任感だけが先走っちゃってね。パーティをまとめるにも、なんでも自分で色々やってたのよ」
「トップ、ファイちゃんが率先して行動してたの? 別に、良いことじゃない」
「違うのハルさん。今思えば、もっと周りにも頼る……いや、指示するときはキッパリしないとダメだったのよ」
「ははぁ、オレにはちょっと読めたな。ファイちゃん――」
なるほどな、と言ってヒラユキ君はアタシが言おうとしていたことを言った。
「自分でなんでもやりすぎて、仲間がファイちゃんに依存した。だろ?」
「……正解」
「だよな。ファイちゃん、すげぇ賢いし、真面目で正義感もあるし、責任感が強そうだ」
隠すことでもない。事実だったから。
ヒラユキ君のことだから、カフィノムでのアタシの行動をよく見ていたのかもしれない。
「ヒラユキ君が言った通りよ。仲間は、なんでもアタシがやってくれると思って、戦い以外のことを全部アタシに押しつけた」
「頼られるってよりかは、アテにされてたって感じだな。そのキツさはわかるぜ」
「ヒラユキ君みたいに、友達関係から入った訳じゃないしね」
そういう関係で仲間をつくれたらどんなにいいか。
正直、ヒラユキ君の話を聞いていた時、彼が本当に羨ましかった。
「なんでもかんでも、アタシはやらされた。お金や道具の管理、メンバーの状況確認、旅の経路決め、作戦決め、戦い以外の全部をアタシがやってた」
「ファイちゃんが賢い故、だな。他の連中は楽だったろうな」
「そうでしょうね。そのくせ、作戦がうまくいかなかったとき、ボロクソに言われたわ」
「良いご身分だな、その連中。言葉悪いが、クソッタレだ」
「うぅん。そういう状況にしちゃったアタシがダメダメだったのもあるわ」
「ファイちゃん……それは、重いよ」
「大丈夫よシキさん。それがバカらしくなったのは、魔界に入る前」
ただの愚痴にするつもりはない。過ぎた話だから。
その後、アタシがどうしたのかが重要だ。
「その時、アタシも限界だったのかもね。2年くらいそれが続いて、北部と中央部の都市の境目くらいでキレちゃったのよ」
「むしろよくそこまで頑張れたわね。エスなら一瞬だわ」
「あ、あはは……そういうことで、アタシはこれまでの不満を全部ぶちまけて、一切合切を投げ捨てて、先に中央の魔界へのゲートまで行ってここに突入した」
魔王を倒したら莫大な財産を北部の領主から与えられる、ってのも6人で山分けなんて内容だったから、余計に限界だったのかもしれない。
……ここは、言わなくてもいいか。
仲間内になんらかの悪意があったにしても、パーティがああなったのは半分くらいアタシのせいだ。
「そこから先は、アタシは独り。でも、魔界に突入した後に何人かの旅人に会ったわ」
「そいつらと組んで、ここまで来たのか?」
ヒラユキ君の言葉に、アタシは首を振る。
「綺麗な話じゃないわ。アタシはそんな旅人を利用することだけを考えていた」
自分もそこそこ戦えるから自信はあったけど、アタシは指示するというよりも唆すことだけを考えていた。
「魔界にも沢山ヤバい奴……獣型の魔物や、人型の魔物がいるでしょ? アタシはソイツらと旅人を適当に焚きつけて、争わせて、自分は独りでさっさと先へ向かったのよ」
「あぁ。今までのリバウンドみたいなもんだ」
「そう、だからアタシは最低限の戦いしかしないでここまで来た。人型の魔物なら言葉が通じるから、これまで嫌でも培われてきた戦術を駆使すれば勝てたもの」
おかげで黒騎士にも勝てると思っちゃったんだけどね。と今までの驕りを反省した。
自分に自信があるのはいいけれど、勝ち続けると少し調子に乗るのはアタシの悪い癖だ。
「なるほどな、賢いファイちゃんならではの切り抜け方ってわけだ。よくわかったよ」
ヒラユキ君がコーヒーを飲み干す。
アタシの話はこのくらいでいいかな。単に、昔のアタシはなんでも自分でやろうとしたダメダメな奴で、魔界からは誰かにやらせ続けてうまいことやってきた。
そういう話だ。
だからこそ、シキさんやハルさんの言う、「頼ってね」には誰もが思っている以上に救われている。
「悪いわね、ちょっと重くなっちゃった。でも、大丈夫よ? 今はこうしてカフィノムでの生活が楽しいから」
魔王討伐を諦める気はないけど、と小声で付け足した。それとこれとは別だ。
「遊びの賭けのつもりが壮絶な話だったな……すまん」
「なんでヒラユキ君が謝るのよ!?」
「いや、ファイちゃんも頑張ってきたんだなって。エスティアちゃんも言ってたが、すげぇよ」
「な、なんでそんな改まって……」
「ファイちゃん……いや、オレが言うのも難だな。シキ嬢、頼むぜ」
「うん。ファイちゃん――」
「な、なに?」
その時、隣にいたシキさんが、不意に帽子を取ってアタシの頭を撫でた。
「っ!」
「頑張ったね、ファイちゃん」
「シキ……さん」
「頑張った、頑張った。ここまで辛かったね。私には、大丈夫じゃない、って言ってもいいんだよ」
言葉は端的なものだった。
でも、アタシが密かに求めていたのは……その一言だったのかもしれない。
強がりでここまで生きてきた。頼っていい存在なんて、ここに来るまで独りもいなかった。
誰も、信用なんてしてこなかった。
アタシは感極まってしまって、瞳が徐々に潤っていく。
――泣けるものなら泣きたい。そう思ったけど……。
「うえっへえ゛ぇーーーん。ファイぢゃあぁん! づらがったねぇ! お姉さんでよげれば! これからなんでも聞ぐがらね゛ぇ!!」
「は、ハルさん……」
先に号泣する人がそこにいた。
それを見て。自分でも怖くなるくらい、泣きたい衝動が引いてしまった。
半ば呆れちゃったというか、それよりハルさんが心配というか……いつの間にかコーヒーも飲んでるし。そういうことか。
「ね、シキさん」
「なぁにファイちゃん?」
「ありがとう。シキさんのおかげで、ちょっとした『休憩』ができる場を見つけられたから」
「……うん。ファイちゃんがそうしていたいだけ、そうしていてね」
倉庫が片付くまでの間、だ。
なし崩し的に働けることになったカフィノムだけど、改めて、お互いにここにいる意味ができた気がした。
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