【カフィノム日誌】
ぜ、ゼールマンさんがついに喋った。
あの……衝撃的過ぎて、他に書くこと忘れちゃって。えぇと、どうしてそうなったんだっけ?
そうだ、ここのみんなでパーティ組んだら面白そうって話だった。どうしてこのタイミングで喋ったんだろう?
あの衝撃的な一瞬から、翌日。
昼過ぎだというのに、ゼールマンさんは来ていない。カフィノムのいつも通りがひとつ崩れた。
あの話で気を悪くさせちゃったかな。言い出しっぺだったアタシは悶々としていた。
「ヤバイよハルさぁん。これ、完っ全やらかしたよね」
「だ、大丈夫よファイちゃん。たまたま何か用事があっただけでしょ?」
「そのたまたま、過去4年間にあった?」
「……ないわね」
「ほらぁー! こんなの初めてでしょ!?」
がっくりうなだれる。もしもあれで彼の触れてはいけない部分に触れたのなら、もう来ない可能性もある。
だけど、もしそうならなんであの話題が彼の逆鱗みたいなものに触れたんだろうともなった。
アタシはゼールマンさんのことを全然知らない。みんなも知らない。
彼の理解度が低すぎるから、どうしてこうなったのか反省すらできない。
結局、アタシは悶々とするほかなく、仕事に集中できなかった。
「で、でもファイちゃんだけが悪いってこと、ないと思うよ?」
「それでも、発端はアタシだよシキさん……何がいけなかったんだろう」
「怒ってる雰囲気ではなかったと思うけどなぁ、あの様子だったら」
「えっ?」
「ゼールマンさんって、怒ってる時ほどより無言になるよ。ほら、あのぷんぷんな人来た時みたいに」
ぷんぷんな人……あぁ、アタシの元仲間3人が来た時か。
確かに、あの時彼は終始無言で武器を取り出していた。
常に喋らないから、あの人の感情がまったくわからない。
「そこは心配しなくていいよ。あの人は怒ってる訳じゃないから」
「そ、そっか。そうなんだ……でも、怒ってないなら、昨日のは余計になんだったの?」
「うーん、私もあればっかりは初めてだったなぁ。どうしたんだろうね」
そこだけは自信を持って頷いてくれた。
ずっと相手をしてきたシキさんが言うなら、そうなんだろう。
ゼールマンさんは怒ってない。それなら幾分か安心できるけど、あの発言については本当にわからない。
――アタシの妄想を発端に、エスティアちゃんがそれを本気にして、6人と1匹でパーティを組もうという話。
それに対して、たった一言重みのある「やめた方がいい」の発言。
考えれば考えるほど、突然すぎて、意外すぎて何もかもわからない。
「シキさん、ハルさん。アタシに粗相がなかったのは本気にしていいの?」
「う、うん。ファイちゃんは変に怒らせるようなことは言ってないよ」
「あの話も、ただの妄想だし。ゼールマンさんはそこを本気になって、ムキになるおじさまじゃないわよ」
それなら、本気でそれをしようとしたことに何か思うことがあったのかもしれない。寡黙な人の腹を探るのは本当に難しい。
だけど、この発言にちょっとでも彼を理解できる要素があるのなら、アタシはそれを逃したくない。
カフィノムやみんなには返しきれないほどの恩がある。
いずれアタシが離れることになったとしても、ここについての何もかもを理解したい気持ちは変わらない。
それだけアタシは、この場所が好きになっている。
「うーん、ゼールマンさんが昔どんな傭兵だったのかがカギなの……かも」
「パーティって言葉に、何か思う所があるってことね。あ、いつもありがとファイちゃん」
ハルさんにタバコの火をあげながら話す。今日の彼女は水と軽食の麺のやつを頼んでいた。コーヒーじゃないから、普通の状態で一緒に考えてくれるみたい。
「彼にも、信頼していた仲間がいたのかしらね?」
タバコの煙ををふぅと吐きながら、感傷的な雰囲気でハルさんが呟く。
その線はありそうだ。だから、組むって話が出た時に反応した。
「私がゼールマンさんと会った時から、あの人ずっと1人だったなぁ」
「昔そういう人がいて、きっと悲劇的な別れ方をして、そこから『俺に仲間はいらない』みたいな?」
年端がいかないなりに、考えてみた。策士ゆえに、想像力……いや妄想力はいっちょ前にあった。
そもそもゼールマンさんの一人称が俺なのかは知らないけど。
ちょっとばかりか妥当な妄想と自信がある。
「ない話じゃないわね。でも、どうかしら? そういう悲観的な話じゃないかも」
「どういうこと?」
灰皿にタバコの灰をとんとん、と落としながらハルさんは続ける。
「いや、そういえばファイちゃんの話って、黒騎士相手にイイ線行けそうって話が発端だったじゃない?」
「そ、そうね。咄嗟に想像したところがそこだったわ」
昨日の流れを思い出す。確かにそうだ、本意は違ったけど。
とはいえ、その一言から始まったのは事実だ。
そこに糸口があるとハルさんは言う。
「結論、私が思うにゼールマンは、心配だったんじゃないかしら?」
「心配?」
「私、未だによくわからないけど……黒騎士って若者の命は取らないでしょ?」
「そ、そうね。現にアタシやエスティアちゃん、ヒラユキ君は見逃されてる」
「4年前の私や、マスターもね。でも、彼は?」
「……あっ。私が軍にいた時も、年上の人ばっかりだったからなぁ。みんなどかーんだったね」
「そう、命を奪われてる。仮の話でも、本気にされてカフィノム総出で黒騎士に挑んだら?」
「ゼールマンさんがもしやられちゃった時……それに、ハルさんもどうかわからなかった?」
言うと、がくんとハルさんの肩が下がる。
直後、咳ばらいをしてタバコを灰皿に押しつけていた。
「わ、私が年イッてるって話は置き。そうね、仮に負けたら、ゼールマンと私の命はないかもしれない」
「そうなると、カフィノムの存続問題だね。あっ、金ヅルみたいに思ってる訳じゃないよ?」
「わかってるわよマスター。貴女、そんな非情な人じゃないでしょ……」
ハルさんが半笑いでツッコんでいた。
言われてみればそうだ。現実、2人がいないと水も火もなければ、食材もコーヒー豆の供給もなくなる。
多分、お客さんとしてカフィノムを最も愛しているのはゼールマンさんだ。
だからあの時、もしも少しでも本気にされたらカフィノムが壊れると思ったから……ついに喋ったんだ。
「ちょ、ちょっとだけ……ゼールマンさんのことわかったかも」
「そうね。彼はここを愛している。その平穏がちょっとでも崩れるのが、心配なのよ」
「次来たら、改めて感謝だねぇ」
少し、スッキリした。同時に、わかったことがちゃんとあった。
ゼールマンさんは、誰よりもカフィノムを愛している。この平穏が彼は好きなんだ。
――カランコロンカラーン!
噂をすればなんとやら。ゼールマンさんが来た。
……ホッとした。もう来ないんじゃないかと思ってしまっていたから。
彼は少し大きめの袋を6つ背負っていた。6つってことは、中身はもしかして?
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