異世界喫茶カフィノム

-ラスボス前店-
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【第43話】カフィノムの術中

公開日時: 2020年9月21日(月) 07:00
文字数:3,337

【カフィノム日誌】

ハルさんが言うことには、ヒラユキ君とエスティアちゃんは険悪そうに見えてお似合いらしい。そこで、2人がコーヒーを飲んだ状態で会話してもらおうと、アタシ達は策を打った。





 ヒラユキ君とエスティアちゃんがいる時、2人にコーヒーを飲んでもらう。

 たったこれだけのことではあるけど、コレが結構難しそう。


 昨日時点で考えた作戦はざっくりとこうだ。

 ハルさんがエスティアちゃんを連れて一緒に入店。会話の中ですでにコーヒーを飲ませる。

 そこはお姉さんに任せなさいと豪語したハルさんに託すことになった。


 ヒラユキ君はいつも通りなら普通に来るから、彼はアタシが相手をする。

 彼には例のカード遊びをふっかけて勝ったらコーヒー、それもファイブレを飲んでと言って賭けをする。

 アタシもコーヒー淹れ始めたんだけど、まだ修行中だから。そういう理由付けで賭けをすれば乗ってくれるはず。


「よっし、頑張ろアタシ!」


「私はエスティアちゃんと会話してればいいんだよね?」


「うん、シキさんはいつも通りで! アタシ達が策を打ってることを悟られないために、お願い」


「わかったよ。楽しみだね、なんだか」


 ふふ、と優しく笑うシキさん。彼女も彼女なりに好奇心はあるのかも。

 色々しくじる、予定通りじゃないとすぐに破綻する可能性は否めない。

 だけど、そこは『いつも通り』のカフィノム、このお店の日常を信じよう。


 ――独りだった策士のアタシは、なんでも自分だけでやろうとしていた。


 でも今は違う。今回は策を出しつつ、ハルさんとシキさんにお願いできることはしている。

 アタシはここに、頼る、託す、信じられる相手がいることがわかった。これは、チームプレイで成す策だ。

 この変化が、実はアタシにとってすごく嬉しかった。


「まずはハルさんが2人で来ればオッケーね!」


「そうだね。エスティアちゃんの家知ってるって言ってたよね」


「みたいだけど。カフィノムの外って、わかんないよね」


「ふふっ、そうよね。アタシ達、一歩も外出てないし」


 お互い、変な生活だねとシキさんと笑いあった。こういう生き方もあるんだな、とちょっとした皮肉も混じったものだ。


 ――カランコロンカラーン。


 そうしていると、来た。作戦開始を告げる鐘の音だ!

 入口を見ると、まずゼールマンさんが見えた。その後ろにはハルさん……とエスティアちゃんもしっかりいる!

 警戒されている素振りはなさそう。第1段階としては良い。


 ゼールマンさんが2人を先に通し、入店が終わる。紳士だなぁ……流石だ。

 ハルさんのいつもの席の隣に、至って自然にエスティアちゃんが座っていた。

 すごい、一体何を話したら比較的素直にああなってくれたんだろう? お姉さんの貫禄、ってものを見た。それを言ったら怒られそうだけど。彼女もまだ20代だ、一応。


 アタシはあっちになるべく干渉しないように、粛々と注文を聞いてその通りにしていくだけ。

 アタシの本番はヒラユキ君に勝つこと。そこは、アタシが試されている。やるしかない。


「ファイちゃん、シキブレお願いね」


「それで、話って何? あ、水とクッキーよろしく」


ハルさんとエスティアちゃんの注文を聞く。えっ、ハルさん飲むの? と思ったけど、彼女なりに考えがあるかのようにアタシにウインクしていた。

言われた通りをシキさんに伝える。シキブレと水、そしてクッキーがカウンターに出された。

 そこで、ハルさんが仕掛けた。


「私とエスティアちゃんって、それなりにカフィノムに長いこといるじゃない?」


「まぁ、ね。エスはまだ1年とちょっとだけど」


「それで常々勿体ないなぁって思ってること、あるのよねぇ」


「な、なによ? いきなり」


 言いながら、ハルさんはクッキーを指さす。

 エスティアちゃんはよくわかってないようで、「は?」と半分睨んでいるような雰囲気だった。


「無理にとは言わないけど。クッキーと水って、相性そこまでじゃない?」


「なによ、どういうこと?」


「や、美味しい組み合わせってあるのよ。そのクッキー、シキブレと合わせるとスゴイわよ」


「え……」


 少し嫌そうな顔をしたエスティアちゃん。なるほどそういう会話か。日常会話だし、流れが自然だ。

 アタシも微妙に気になっていた。確かに、水とクッキーって味気ない組み合わせだ。一緒に飲んで食べたとして、それはどっちも独立した味でしかない。

 だけど、コーヒーと合わせると途端にそれは変わる。アタシもその組み合わせで食べて、美味しかった。

 シキさん、カフィノムはそういうコーヒーに合う軽食をちゃんと提供している。


「そうよね、マスター?」


「うん、コーヒー飲んでクッキー食べるとまろやかになるかな」


 うまい! 大人の駆け引きを知っているハルさん。そこでシキさんを巻き込んだのは流石だ。

 こういう説得は、巻き込むのが上手な人が強い。ましてやシキさんはカフィノムを知り尽くした人。そんな人の推しなら、エスティアちゃんも少しは動くはず。


 ゼールマンさんにシキブレを出しながら、アタシはトレイで腕を隠しながらグッと拳を握って勝ち構えを取る。

そんな時、ついに――


 ――カランコロンカラーン。


「よっす。おっ? 珍しい席のつき方してんな」


 来た! 試合開始の鐘だ!

 エスティアちゃんの方は、もう多分時間の問題だ。それなら、あっちにヒラユキ君を意識させないようにアタシは立ち回ろう。


 いかにも、アタシとヒラユキ君で勝負と会話に夢中で彼女らのことは気にしてません。そんな意識を刷り込む!


「ヒラユキ君は何にする?」


「そうだな、少し腹も減ったし――」


「シキブレ? ファイブレ? それとも……み、ず?」


「オレ、腹減ったって言わなかった!? ん、ファイブレ?」


 なんだそれ、と聞いてきたヒラユキ君。よし、ハマった!

 ツッコませつつ、さりげなく聞いたことのない単語を間に挟んで興味を引く。気にかけてもらう常套手段だ。


「あっ、あーゴメン! ヒラユキ君に言ってなかったわ!」


 少し大げさに、パシンと両手を合わせて軽く謝りつつ、アタシは彼の向かいへ自然に座る。こういう、人の呼吸に合わせるような、心の部分を突いていくのが策士だ。


「アタシもコーヒー淹れ始めたんだ。でも修行中でさ、たはは」


「あぁ、それでファイブレなのか。へぇ、金貨2枚な……」


 ちょっと自虐を入れつつ、メニューを見せてファイブレの話をする。

 そして、ここだ。


「それで、あのさ……お願いあるんだけど」


「お願い? どうした?」


「前のカード遊び1回勝負して、もしアタシが勝ったら……ファイブレ、試してもらえない? 味を見てほしくて」


「賭けか? いや、別にいいよ。そのコーヒー飲みながら普通に遊ぼうぜ?」


「えっ!?」


 あれ、意外だ。こうでもしないとダメかもと思ったのに。


「だって、シキブレより安いじゃん。それにウマくなれば遜色ないんだろ?」


 少し乾いた笑いが出た。そうだった、ヒラユキ君はお金好きだった。

 シキさんに失礼と言えば失礼だけど、彼なりに合理的な考えだ。

 そんな嬉しい誤算は良しとしよう。アタシは早速ファイブレを淹れる準備にとりかかる。


「それに、正直な状態で勝負したらどうなるかも見てみたいしな。今日はファイちゃんが1日相手してくれるんだろ?」


「もちろんよ。どこまででもやりましょ!」


 これでこっちはオッケーだ。思ったよりもすんなり事を運べた。彼がお金好きプラス貯金が趣味で助かった。

 アタシはまだ慣れない手つきながらもファイブレを淹れる。


 女性陣の会話を小耳に挟むと、エスティアちゃんの方も上々そうだ。

 そんなに言うなら……と揺れている。ヒラユキ君を気にしていたけど、「アイツはファイちゃんとの賭け事に夢中よ」とハルさんが冷たく言う。エスティアちゃん側に気持ちを寄せた一言だ。

 ここ、実はアタシの案。自信はある。


「ね、ファイちゃん?」


「えっ? うん、そうね。これから彼と1日中勝負よ」


 ハルさん、トドメにアタシも巻き込んでの説得。こうなればもう――


「……いいわ。1杯だけなら、シキブレ」


 ぶっきらぼうに彼女はそう言った。

 勝った! これで2人がコーヒーを飲んでくれる!


 さぁ、あとは自然にこの2人を絡ませ、会話させるだけ。

 飲んでしまえばこっちのもの。この2人は既にカフィノムの術中だ。


 この後を楽しみにしながら、アタシは熱いファイブレをヒラユキ君のところへお持ちした。

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