異世界喫茶カフィノム

-ラスボス前店-
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【第11話】聞いてほしいこと

公開日時: 2020年9月5日(土) 07:00
文字数:2,294

【カフィノム日誌】

 ノワと倉庫の整理をした。これからは1人と1匹でできそうだ。

 今日は常連が全員集合したけど、ハルさんの様子が変だ。不穏な予感がする。





 ハルさんがカフィノムに乱暴に入ってくるなんて、今までなかった。

 勤務3日目にしてちょっとだけ日常が崩れたような気がした。ちょっと怖い。でも、仕事だし……。


「いきなりシキブレ5杯って、一体何があったの?」


「お金ならあるわ」


「そうじゃなくて! そんなに飲んで大丈夫なの?」


「今日はそんなに飲みたい気分なのよ。そうだファイちゃん」


 いつものように隣に座りなさいと促してくる。酔ったハルさんの相手をするのは間違いないしこの短時間で覚悟はしていた。けど、前とは何かが違う。そんな気がした。

 シキブレを飲むまでどんな内容かも話してくれる様子はないし、アタシとハルさんは沈黙したまま、出てくるのを待つだけだった。


「ファイちゃん、ちょっといいか?」


 そんな中、ヒラユキ君がアタシの隣に歩み寄ってくる。そして、アタシの耳元で囁いた。


「ファイちゃん。まぁ、気をつけろよ」


「何をよ!?」


 意味深な事だけ言って、彼は去る。

 なんのアドバイスでもない、冷やかしも同然の行為にちょっとだけイラッとした。

 額に青筋が立ちそうになるのを抑えながら、何の悪びれた様子もなく席に戻るヒラユキ君を見届ける。すると、今度はエスティアちゃんが呼んでいた。来いってこと?


「え、エスティアちゃん。何か注文?」


「そっちは大丈夫よ。ねぇ、ファイ――」


 先に出されていたクッキーを1枚かじって、彼女は私の耳元で囁いた。


「まぁ、頑張りなさい」


「何をよ!?」


 意味深なことだけ言って、「下がっていいわ」とエスティアちゃんが続けた。これまたなんの足しにもならないアドバイス。用もないのに呼ばないでほしい。

 優雅にクッキーをちびちびかじり、窓の外を見始めた彼女の頬を一発ひっぱたきたい。そんな衝動を抑えながらハルさんの隣に戻る。


 そんな時、ゼールマンさんが手招きしていた。アタシを呼んでいるみたいだ。


「ぜ、ゼールマンさん?」


 彼は全然喋らないから、行かないと何をしてほしいのかわからない。早歩きで寄って行く。


「何か注文、ですか?」


「…………!」


 思わず敬語で聞くと、黙って首を横に振られたのちに、親指を立てられた。

 ゼールマンさん、あなたもですか?


 はは……と、乾いた笑いを発し、放心状態でハルさんの隣に戻る。

 3人から立て続けに、なんの役にも立たない応援のようなものをされた。つまり、ハルさんのこの状態の事を何か知っているってことだ。


「アタシ、どうなっちゃうんだろ」


 小声で愚痴ると、とうとうその時が来た。


「と、とりあえず3杯だよ。ハルさん以外に持って行ってあげて」


 シキさんの声も震えていた。シキさんもハルさんのこの状況を知ってるんだ。

 なんか、アタシだけ疎外感。嫌でも知ることにはなるんだろうけど。


「お、お待たせしましたー。シキブレです」


 気が重いまま、エスティアちゃん、ヒラユキ君、ゼールマンさんの順でシキブレを運んだ。

 持っていくなり、また「頑張れ」とちょっとの勇気にもならない応援をされて、アタシは戻る。

 ハルさんの席には、すでにシキブレが5杯並んでいた。


「んっ!」


 アタシが座ると、ハルさんは取っ手を持つでもなく、カップを握る。そしてそれをグイと口へ持っていき、上を向いてごきゅ! と一気に飲み干していた。

 まだ熱いと思うんだけど……平気なの? これだけでも様子がおかしいのは明白だ。


「は、ハルさん! やけどしちゃうって!」


「えぇ? だぁいじょうぶよぉこんなの。喉元で氷魔法使ってるし」


「いや確かに冷えるけど! そこまでする!?」


 半分怒っている状態で言うハルさん。やってることがおかしい。しかも、すでに酔った状態だ。

 これから何が起きるんだろうとびくびくしていると、アタシとシキさんのぶんのシキブレができあがっていた。

 少し口をつける。昨日と変わらずのおいしさだ。コーヒーのおかげで少し落ち着いた。

 このぶんだと、シキさんも近くにいてくれるみたいだし、そこは安心だ。


「そ、それでハルさん。どうしたの今日は?」


「聞いてほしいことがあるのよ」


 端的に言っては、また乱暴に1杯飲み干すハルさん。

 カップを置く時だけは優しい手つきだから、そこはシキさんへの配慮が見て取れる。幾分か冷静なのはわかった。


「聞いてほしいことって、なに?」


「そう焦るんじゃないわよ! 焦るとロクな事がないわよ!?」


「えぇ……」


 いきなり怒られた。げんなりする。なんだろう、焦りって言葉がハルさんの変なスイッチを入れることになったのかもしれない。アタシは一言も言ってないけど。


「あのねぇファイちゃん。えっとねぇファイちゃん」


 ろれつが若干回らなくなっているハルさんが、3杯目を飲み干す。

 そのペース大丈夫なの? 仮にお酒で例えるとするなら、この短時間で3杯一気飲みをしている状態も同然だ。

 先行き不安になりながらハルさんの様子を苦笑いで見る。

 すると、シキさんがやれやれと言わんばかりに軽く首を振って、「ふぅ」と一息ついてから言った。


「ねぇ、ハルさん。またフられたの?」


「っ!」


 シキさんの言葉に反応したのか、ハルさんの背筋が伸びる。そこから少しの沈黙があって、ハルさんは4杯目を飲み干した。

 そして、カップを置いたその瞬間――


「うえぇぇぇん! ぞうなのよぉ!! ねぇー! ファイちゃん、マスター! 聞いでよぉ!!」


 ドンピシャだったらしい。シキさんもシキさんで遠慮がない。

 言葉の全部に濁点が入っているような、嗚咽の混じったハルさんの言葉。

 そういうことか、とアタシは内心嘆息した。今日はそういう話を聞くことになりそうだ。

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