【カフィノム日誌】
失恋で泥酔し、号泣するハルさんは、色々深刻に考えすぎていた。
でも、人間関係ならアタシにも言えることはある。元戦術剣士のアタシの出番だ。
「本当、なんだか私に魅力ってないのかなって。そうして行き遅れて、なんの面白味もなく人生終えるのかなって思ったら、ただただ哀しくてね。ガッカリしたの」
酔ったハルさんに真面目なことを伝えて、何か前進になるかはわからない。
だけど、彼女の酔いサイクルを考えれば、今なら言ってもいいんじゃないかと思う。
コーヒーを飲む、酔う、泣く、急に真面目になる、寝る。それが飲んだ時のハルさんのカフィノムでの流れ。今は真面目ゾーンだ。
ハルさんの深刻な悩みに対して、言いたいことはある。アタシなら、少しハルさんの気持ちを和らげることができる気がした。今日は今しかチャンスがない。
「ね、ハルさん。これだけ先に言うわ。ハルさんに魅力ないなんて、アタシは思わない」
「えっ?」
「ここに来た時、なにがなんだかわかってないアタシに、ハルさんが最初に話しかけてくれたじゃない。アタシ、結構嬉しかったんだ」
「そんなことで?」
「うん。些細なことだけど、アタシ、頼っていい人がここにいるんだって思った」
一昨日、ハルさんがアタシの内面をズバリ指摘した。それに付随した中身。
そんな普通かもしれないことが、アタシにとっては心が安らいだ。この場所は、アタシの常識の何もかもが通じないと同時に、何かが変わる気がした。そんな漠然とした予感は、ハルさんとシキさんを見て感じたものだ。
そんなハルさんの気持ちに寄りそう。きっとこれは、アタシにとっての第一歩にもなる。
「ハルさん。アタシに言えることは、ハルさんはとっても優しくて、魅力的なお姉さんだってこと」
「でも……私は、誰にも相手にされない、惨めな女よ」
「その場で会った男にだけでしょ!? そんな男にハルさんの何がわかるの? カフィノムのみんなはハルさんのこと結構気にしてるのよ?」
「っ!?」
アタシが言い切ると、ハルさんは黙った。
そう言って、周りを見回す。悪いけど巻き込ませてもらうわよ。
今は面倒じゃないハルさんなんだから、ちょっとは手を貸してよね。
「……まぁ、そうだな。あー、前から言おうと思ってたんだが、考えすぎは毒だ。ハル嬢、このオレがいるんだ、好きに無責任に吐いたっていいんだぜ?」
「自然に口説くなアサシン。ハルさん、別にその男に見る目がないだけでしょ。エスはハルさんの雰囲気とか、包容力ある感じ、割と気に入ってるけど?」
ゼールマンさんは黙って頷いて、親指をハルさんに向けて立てていた。
こういう時でも口を開かないんだ。渋いなぁ。男は所作で語る、ヒラユキ君とは真逆だ。これが年の功なのかな?
アタシに頑張れと振った連中が乗ってくれた、きっかけづくりは確かに頑張った。
だから少しは協力してもいいと思ってくれたのかもしれない。
特にエスティアちゃんの言葉は良い。女同士で、なんとなく男には厳しそうなだけある。
「ね、ハルさん。みんなハルさんのことわかってるし、気にしてる。このカフィノムの日常も、面白味がないの?」
「そ、そんなことはないけど」
「なら、ここで楽しみを見出すことだってできるはずよ! 別に結婚や男女の付き合いが、必ず人生が豊かになるステータスじゃないでしょ?」
「ファイちゃん……」
「悪いけど、アタシは男でも女でもその人が魅力的なら関係ないと思ってるの。アタシがここで働くと決めたからには、この場所とアタシやシキさんを気に入ってもらいたい。そうできる自信もある」
抜け道を使う魂胆はあるけど。と小声で付け足した。
でも、働く以上は矜持(きょうじ)を持って働きたい。今できることを全力でやる。アタシの鉄則だ。
そして、アタシは少し冷めたシキブレをぐいっと飲み干し、口元をナプキンで拭いてから、言った。
「だから、ハルさんが何に価値を見出すかって話よ。ハルさんは、どうしたいの?」
「私は、どうしたいか?」
「そうよ! アタシの経験とカフィノムへの思いを込めて言わせてもらうわ。自分で決断したことを突き進めば、人生に面白味なんていくらでもつくれる! 以上!」
トン! とカップを置く。終わったと同時に、シキさんが小さく拍手をしてくれていた。ちょっと照れ臭い。我ながらクサい言葉を大げさに言ったような気がする。
でも、ここまで演出してこそだ。そのくらいの気概がないと、人の気持ちは動かせない。
策は、相手の心にいかに同調できるかで大体が決まる。吸う息、吐く息すら合わせようとするくらいに、相手の思いに近寄ること。
その人の心には何が響くか。それを見つけて、寄り添う……敵であれば付け入るのが、策士としてのやり方だ。
それでも結婚を考える。と言うならば、諦めない心としてそれも価値のあること。
そういうのに囚われずに、カフィノムのことを考えてくれる。そんな停滞もまた良しと割り切った心境になってくれる。それにもきっと価値はあるはずだ。
どう転んでも、ハルさんの背中を押せる形。
策は、勝ちへの下積み。サポートをすることがすべて。
ハルさんにとっての『勝ち』と『価値』を見出してくれれば、万々歳だ。策士は、尽くす主人への献身にこそ意味がある。
「私は、どうしたいか、ね……」
ふぅ、と一息吐いて、両手を頬に当てて考え込むハルさん。
時折、シキさんやアタシをちらと見たり、窓の外を見たりを繰り返している。
しばらく経って、やがて何か決したのか、ハルさんはゆっくりと残っていたシキブレの1杯をゆっくりと飲み切った。
そして――
「ファイちゃん、ありがとう。なんか、周りがそうしてるから自分もそうするって流れに、流されていただけだったのかも」
「は、ハルさん! じゃあ――」
「そうね。知らない男の背を追っかけるより、ここで小さい幸せをつまんでいくのも、面白い人生なのかもね」
近くに置いてあったビンから角砂糖をひとつ摘みながら、空いた指で涙を払ってハルさんは言った。
「角砂糖みたいに溶けていく、小さな幸せ。でもそれは、確実にコーヒーをまろやかにしてくれるもの。私としたことが、当たり前の日常の尊さを見過ごしていたわ」
はは、と自嘲するように笑うハルさん。
直後、「そろそろ限界だわ」と言って、彼女はふらりとカウンター席に突っ伏した。どうやら眠気の方がきてしまったらしい。
すぅ……と早速寝息を立てる彼女に、部屋にあった毛布をかけた。
「お疲れ様、ファイちゃん。すごいね。なんか、私も聞き入っちゃった」
シキさんがホットミルクを出しながら言ってくれる。ヒラユキ君とエスティアちゃんも口々に「お疲れ」と口にして、ゼールマンさんはアタシの肩にポンと手を乗せて、先に店を出ていった。
「私、ただハルさんの話を聞くだけだったんだー。でも、ファイちゃんは、その先に行ったね」
「そんな。アタシはアタシのできそうなことをただ――」
「ううん。ファイちゃんが来たことで、カフィノムも何か色々変わるのかも」
私、そういう勘当たるんだー。とシキさんはのほほんとしながらそう言った。
カフィノムが変わる、か。そんな大層な事を考えてはいない。
けどハルさんと関わって、ここにいることの大変さと同時に、楽しさがわかった。
――アタシがここにいる意味を、抜け道以外にも見出せればいいな。
ハルさんの件で、そんな心境の変化が少しだけあった。
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