異世界喫茶カフィノム

-ラスボス前店-
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【第34話】わかんないの?

公開日時: 2020年9月16日(水) 21:00
文字数:3,122

【カフィノム日誌】

 アタシの吐露と、シキさんの吐露。お互い、秘めていたことを告げた。

 先へ進みたいアタシと、少しでも一緒にいたいと願うシキさん。

 アタシはアタシのすべきことを、ちゃんと決めないとならないと思う。





 互いの胸中を打ち明けた夜。

 アタシは、なかなか眠れなかった。

 これまでとこれからをずっと考えると、結局アタシは何をどうしたいんだろうとわからなくなってきたからだ。


「何かに書き留めるべきなのかな?」


 書いて整理する、よくやることだ。どっちにしても一度やっておいた方がいいかもしれない。

 アタシの腹が決まったら、そうしよう。


「先へ進むことは止めないけど、ゆっくりやってほしい、かぁ」


 シキさんの言いたいことを端的にまとめればそういうことだ。

 でも、そこにはシキさんやカフィノムの個人的な思いがあって、それは彼女曰く、わがまま。


 アタシはアタシで、成し遂げたいことは確かにある。

 抜け道の事を話して、改めて思った。

 安っぽくて、陳腐で、単純で。だけどアタシの証明のためにしたいことだ。

 そもそも魔王とやらを倒せるのか、そういうことは置き。アタシの目的は変わらない。


 そのためにカフィノムに来た。

 それを話したら、それでいいとシキさんは言ってくれた。

 なら、ここで「やっぱり行くのやめます」とは言えない。それは違う気がする。

 でも、そうすることに少しためらいがでてきてしまうくらいには、アタシもカフィノムの場が気に入っている。むしろ、シキさんとこの場に恩があるから報いたいまで思っている。


「本当、どうしたいのよアタシ……」


 起き上がって、額を押さえる。

 戦術剣士、策士の名折れとまで言えてしまうくらいの、どっちつかずの思いだ。

 ぶつけ合ったからこそ、迷いが出てきた。

 自分にウソはもうつかない。だからこそ、自分の中の真実を確立させたかった。


「すぐに答えは出さなくていいって言ったけどさぁ」


 このままもやもやし続ける方が、お互いやカフィノムのためにならない気がした。

 それはそうだ。これは少なからず、わだかまりだ。

 アタシとシキさんの間に初めてできた、小さなしこりのようなものだ。できることなら、解消したい。


「あーもう。なにやってんだかアタシ」


 横目でシキさんのベッドを見ると、彼女は小さな寝息を立てて、ぐっすり眠っている。

 それを見てから、ばふっ、とベッドにうつ伏せに倒れた。

 できてしまったアタシの悩みは、まったく埒が明かない。一度思考を休ませるべく、無理やりにでも、目を閉じた。


――――――。


 誰かに、身体を揺らされている。

 その振動で、アタシはゆっくりと目を開けた。


「ん、誰?」


「――きて」


「だから誰よ。まだ夜中じゃないの」


「起きて。起きなさいって言ったのよ」


「誰よ、名乗りなさいよ」


「それは今重要じゃない。お店? の方にいるから、ちょっと顔貸しなさい」


「……えっ?」


 少し低めで少しトゲトゲしい、はっきりした女性の声。

 寝ぼけながらも返答したけれど、アタシは一体誰と話していた?

 今まで誰とも似つかない、強いて言えばエスティアちゃんに近いか。そんな喋り方をした人影が、ドアを開けて部屋を出て、言った通りお店の方へ行ってしまった。


「開けるのもたついてたわね、変なの」


 ドアを開ける手つきがぎこちなかったのは何故だろう?

 ドアノブの構造をわかっていないような雰囲気だった。無理やり押して開けたに近い。


「よくわかんないけど、なに?」


 寝ぼけ目をこすりながら、ベッドから起き上がる。当然、シキさんは眠っているし軽くカーテンを開けると、闇そのものだった。

 お店も暗いに決まってる。カンテラを持って行こう。

 アタシはベッドの隣に置いてあるそれに火を点け、寝る時の服のまま、よたよたとお店へ向かった。


「それで、どこよ。アタシに声かけた誰かさん」


 呼びかける。閑散とした薄暗いカフィノムには人ひとりいなかった。

 なんだったんだろう、結局誰もいない。


「また夢でも見てたのかな?」


 あくびが出た。明日は思考の整理をちゃんとしよう。そう決めたら眠れる気がした。

 気のせいってことにして、アタシは踵を返す。その時――


「待ちなさい」


 さっきの声と共に、ぬっ! とアタシの目の前に一人の女性……いや、アタシと同じくらいの背丈の女の子が現れた。


「きゃ……んっ!?」


「ちょっと! マスターさんに気付かれる」


 いきなりすぎて、叫んでしまいそうになるところを、彼女に口を押えられて止められた。

 シキさんを起こすわけにはいかない。それに、この人もアタシに敵意があるような雰囲気じゃない。知らない人だけど。


 仮に敵意ある人なら、アタシを起こさず一発でやってくるはずだ。少なくとも、悪い人じゃないことはわかる。


 そんな女の子。暗いせいなのか、全体的に黒い印象だ。

 喪服、だっけ? それに近い黒いドレス。アタシに似た銀髪。長さはアタシとシキさんの中間くらいで肩の下くらいまで伸びていて綺麗だ。よく見ると、何か丸い髪飾りやソックスに至るまで、黒い。首にスカーフがあるのにも気づかないくらい、黒で統一された人だ。代わりに、肌の白さが逆に目立つ。


「えっ……誰?」


「後で。すぐ話すわ」


 くいくい、と指でカウンター席を指す女の子。

 座って話そうってことらしい。アタシは片手をひかれながら、彼女に連れられた。


 ハルさんがいつも座る席に女の子が、アタシはその隣と、いつもの接客位置につく。

 そして、座るなり、女の子が大きなため息をついていた。


「それで、わかんないの?」


「……は? 何が? えっ?」


 アタシをジッと睨むように見て、片手で頬杖をつく女の子。態度悪っ……なんか、怖い。


「私のこと。予想もつかない?」


「いや、全然」


 言うと、はぁーとまた大きくため息を吐かれた。なんか、尊大ねこの子。

 向こうはアタシを知っているらしいけど、こんな同年代で同性の知り合い、アタシにはいない。


 アタシの元仲間にもこういう女の子はいない。5人の中のひとり、ワンが女だけど、年上だったし。

 誰だろうこの人。ハルさんやシキさん、エスティアちゃんが仮装している感じでもない。

 本当に知らない。でも、何故かアタシのことは知っている女の子?


「わかんなきゃ始まんないし、いいわ。これ、よく見て」


 そう言いながら、女の子は自分の顔を指さした。


「顔を指されても誰か知らないってば、誰よ?」


「顔じゃない。目!」


 言われるがまま、女の子の目を見る。

 その目は、『青と黄色のオッドアイ』だった。


「オッドアイで、黒い……女の子。あっ」


 鈍感すぎた。あまりにも意外だったからだ。

 どうしてそうなったのか理解が及ばないから、わからなかった。

 そして、やっとわかった女の子の名前を、アタシは呼んだ。


「えっ、の……ノワ?」


「遅いのよ。すぐわかれば、木箱1箱ぶんはまた近づいたのにね」


「は? えっ? なんで?」


「はぁ……言っとくけど、夢じゃないから。使い魔は一定量の魔力が溜まったらできるのよ。アンタ、律儀に毎日ちゃんと3食くれたでしょ?」


「へ、へぇー。ご、ご丁寧にありがとう」


 そのペースでいけば、20日から30日程度に1度はこうなれるらしい。時間はとても短いようで、この夜の間くらいとのことだ。


「はぁ、こんなこと言うために人間化したわけじゃないのよ。ったく、先に説明しとけば余計な会話にならなかったのに、あの女」


 あの女、ハルさんのことか。

 仲良くない、全然懐かなかったって話は本当かもしれない。


「そんなことより、アンタに色々言いたいことあるのよ」


「言いたいこと?」


「アンタがうじうじ悩んでいるから、一言もの申しに出てきてやったの」


 ……思考が追い付かない。

 ノワがいきなり人間の姿で出てきて、アタシと会話をしている。

 こうして、アタシと自分の使い魔ノワとの、2人きりの奇妙な夜会が始まった。

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