異世界喫茶カフィノム

-ラスボス前店-
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第63話 それからのカフィノム

公開日時: 2020年9月27日(日) 21:00
文字数:3,703

【カフィノム日誌】

 アタシのしたいことが決まって、それにみんなも協力してくれることになった。今度こそ、アタシ達6人のパーティがここで実現できそう。

 最後にゼールマンさんが笑っていたのは印象的だったな。





 カフィノムの真実を知って、アタシ達の身の振り方を決めた。

 衝撃が多すぎたあの日から、休みを3度挟んでの営業日。


「おはよう、ファイちゃん」


「シキさん! おはよう、今日もよろしくお願いします!」


「ふふ、うん。今日も、よろしく」


 いつもの朝の挨拶。だけどシキさんはいつもより嬉しそうな声だった。今日も、がより強調されたような、そんな声色だ。


 アタシは、ここに残ることに決めた。

 ここでアタシのいた証明ができるのなら、そうしたいと心から思えた。暖かさを教えてくれたここへの恩をゆっくり返していきたい。


「今日は、みんな来るかな?」


「うーん、ヒラユキ君には来てもらいたいかも。どうなったのか気になるし」


「そうだね。お友達の反応、気になるね」


 ヒラユキ君とエスティアちゃんはここ数日来ていないから、ちょっと不安だ。

 それ以外はいつもの日常で、ハルさんと結構喋るようになったゼールマンさんの相手をすることがほとんどの日々。


「結局、ここに残ることを選んだんだよね、アタシ」


 シキさんから少し離れて、独り言でそんな確認をする。

 蒸らすつもりが、ここで熟成し続けることになるとは。

 人生は策みたいに思ったように行かないものね、となんとなく可笑しくなった。

 それに……シキさんも喜んでくれているから、これでいいんだって思える。


 ――両親にはどう伝えようかな? 手紙って、ここから送っても届くかな?


 そんなことを考えていると、鐘の音が鳴る。

 この早い入店は……多分ハルさんだ。


「マスター、やってる?」


「やってるやってる。ファイちゃんが心待ちにしてたよ」


「あれ!? アタシそんなこと言った?」


「みんな揃うのを待ってる、ってそわそわしてるし、わくわく顔だったよ?」


「本当!? わ、なんか、恥ずかしい……」


 顔に出ていたらしい。だから「みんな来るかな?」ってシキさんから聞いてきたんだ。

 ああして本当の意味で、6人がひとつになれたのが自分で思っている以上に嬉しいのかも。


「それじゃ、ファイブレをもらうわ」


「えっ、あ、うん! ハルさんありがとう」


「なぁに改まって。仕事してるほうが落ち着くでしょ?」


「そ、そうね、うん。それじゃ、用意するわね」


「ハルさん最近、シキブレ頼んでくれないなぁ……」


「ま、マスター!? い、いやその、シキブレだってもちろん大好きなのよ? あ、わかった! あのほら、麺の食べたい!」


「わ、ありがとう。それじゃ私もがんばろっと」


 言って、10枚金貨を払うハルさんと腕まくりをするシキさん。

 今のって、素でさみしがっていたのか、それとも商売上の演技なのかわからない。

 でも前者な気がする。ここの運営に、お金ってあんまり必要ないことがわかったから。


 ――――――。


「ファイブレ、お待たせしましたー」


「どうもファイちゃん。さ、座って」


「ありがと……なんて。だと思ってアタシのぶんも淹れちゃった」


「気が早いわねもう。私もそのつもりだったけど、ふふっ」


 ファイブレをハルさんに出す。そしてアタシは自然にハルさんの隣に座った。シキさんはまだ料理中だ。カウンター奥を見ると皿が3枚出されている、アタシ達のぶんもつくってくれているらしい。


「ファイちゃんも、もう結構慣れたんじゃない?」


「ま、まぁね。最初はみんなと探り合いやら勝負をするんじゃないかって身構えてたんだけど」


「きっと緊張してたのね。どう、お姉さんでそれがほぐれた、とか?」


 タバコに火をつけながら聞くハルさん。

 正直、うんとハッキリそれは言える。でも、それだけ伝えるのは何か違う気がして――


「ほぐれたどころか! シキさんとハルさんがいなかったら、アタシ野垂れ死にしてたわ」


 ちょっと大げさに言うと、ハルさんは煙を少し吸い込んでしまったのか咳込んでいた。


「けほっけほっ! ファイちゃん、言うわね!?」


「誇張なしだと思わない実際? ハルさんに軽く接されなくて、シキさんにも雇われなかったらアタシ終わってたのよ?」


「そりゃ、そうだけど……私、そんなに重要ポジション?」


「そんなによ。アタシにとってはね」


 そもそもの話だ。実際、そんな未来を想像したらアタシは軽率な行動をとって、それこそカフィノムの敵になっていた可能性さえある。


「だから、本当にハルさんには感謝してる。ありがとう、カフィノムの入口になってくれて」


「あ、改まって言われると照れるわね。恐縮です」


「なんで敬語? えっと、だから、これからもよろしくね。ハルさん」


「こちらこそ。なんか良い感じだし、いっそ付き合う? 私達2人」


「同性! あ、初めもこんなツッコミした!」


「うふふ、そうね。なんかすでに懐かしいわ」


 言って、タバコを灰皿に押し付け、ファイブレに口をつけたハルさん。

 やっぱり、彼女からアタシのこの生活が始まったと言っても過言じゃない。

 シキさんともども、アタシが最も感謝しなきゃいけない人だ。


「ってぇことでねぇ。ファイちゃんにはこれからもコーヒー修行を頑張んなさぁいって話なのよぉ」


「酔うの早っ!? あ、いや、はい。ファイブレ、やっぱりまだまだなのね……」


「そりゃそうよぉ! マスターのマの字にもなってない。いい、美味しいコーヒーは感覚的にこう――」


 突然すでに酔っぱらったハルさんに説教まがいの教えを受ける。

 そうこうしているうちにシキさんが麺のやつを作り終えたようで、3人でそれを食べる昼食会になった。

 この3人の空間、いいなぁ。


 本当に、腹の底からの思い。アタシはこの2人に救われた。

 口に出すのはちょっと恥ずかしいけど、これからもその気持ちは変わらない。


 ――――――――――。


 3人で談笑しつつ、昼食……ハルさん的にはすでに酒盛りの真っただ中。

 ハルさんの口数が割と減ってきて、そろそろ寝るか? というところ。


 ――カランコロンカラーン。


 入店の鐘が鳴った。誰だろうと入口にバッと勢いよく顔を向ける。

 するとそこには、ずっと待っていた人物がそこにいた。


「よっ、やってるよな?」


「ヒラユキ君!! いらっしゃい!」


 いつもより声が出た。即座に立ち上がって、彼を迎える。

 立ったままで悪いとは思ったけど、アタシは先に結論を聞きたくて、つい聞いた。


「あの、数十日ぶりなんだけど……どうだったの?」


「おいおい、そんなに気になるくらい心待ちにしてくれてたのか?」


「うん!」


「お……っと。超ストレートに言われちまった。オレびっくり」


「もったいぶらないで。ど、どうだったの?」


「あーまぁまぁまぁまぁ。そうだな、結論から言おうか――」


 そう言って彼はフードを何故かパサっと脱いで、綺麗な赤い髪と顔をあらわにして続けた。


「結論。オレの『いつも通り』は継続。ってことで、改めてよろしく頼むぜ、カフィノムの姉さん達も」


「っ! そ、そっか! やった……じゃないか。嬉しい? それもなんか違うわね……」


 思わず彼の両手を取って強く握る。

 だけど、自分で言っては変な言葉だ。こういう時はなんて言えばいいのかな。


「あ、ヒラユキ君よかったねー。お友達、大丈夫だったんだ?」


「あー、まぁな。超しょうもない理由だったんだがな。こんなに時間かけちまったのが悪いくらいによ」


「しょうもない理由? ヒラユキ君が言い出せなかったとか?」


「あー、鋭いなファイちゃん。ちょっと言いあぐねてた期間もあった。半分くらいがそれだ。でも、もっとしょうもないぞ?」


「な、なに?」


「意を決して……昨日だな。連中に話したんだが、『オレらの方も飲み足りないからいいんじゃね?』だとよ。なぁ、オレの振り絞った勇気返せって思わねぇか?」


「……ぷっ」


「今笑ったよな!? なぁ?」


「ゴメン! なんか、ヒラユキ君のお友達、酒場通いだっけ? なんか軽いって思うと……ゴメン」


「まぁ、そういえばそういう奴らだったなって思ったよ。重く考えてたオレがバカだったのかもな」


 もっと身内くらい信用すべきだな、と言って彼はとほほと席へと向かった。

 そっか……よかった。ヒラユキ君もここにいてくれるんだ。それがわかって、純粋に嬉しかった。

 彼とはもっと違う出会い方をしていたらいい友達になれそうだったから。


 今からでもそれは遅くない。

 同年代の友達ができるのは、今までのアレを考えるとアタシとしてはすごく特別だから。

 だからこそ、シキさんの「よかったね」が適切だった。そう言えば良かった。


「そんじゃ、ファイブレ頼むぜ」


「あ、うん。今淹れるわ! ありがとう!」


「あれー、ファイちゃん人気者ー。てんちょう代わっちゃおうかなぁ」


「いや、シキ嬢が退いたらゼールマンの旦那、本気で泣くぜ?」


 若干シキさんがいじけていた。

 人気というか、ヒラユキ君の場合は単に安いからでしかない。

 生活がどうのこうの言う以前に、彼の倹約は趣味だ。

 ヒラユキ君自体、節約で生きてるところあるから。

 彼ならそう言う気がして、自分で何故か笑えた。


「あ、そうだ。旦那と言えばよ――」


 その話題を彼が口にしたその瞬間だった。


 ――カランコロンカラーン。


 入店の鐘の音と共に、すごい光景が目に入ってきた。

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