異世界喫茶カフィノム

-ラスボス前店-
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第4章 エスティア=レイウェル

【第37話】ファイブレ

公開日時: 2020年9月18日(金) 07:00
文字数:2,997

【カフィノム日誌】

 改めてシキさんに思いの丈を伝えた。色々あるけれど、先に進むか、居座るかの答えをすぐに出さないと決めた。

 決めないことを決めるって、結構勇気がいるなぁと思う。

 これからが、アタシの新たな一歩だ。





 休みを経て、気持ちを新たに始まったアタシのカフィノムでの生活。

 最初に来るのはやっぱりハルさんで、次にゼールマンさんだ。

 あとの2人は、今日は来るかな? アタシに変化はあれど、この日常は意外と変わらない。


 アタシはハルさんを声色高く迎えて、席へ案内する。

 座るなり、彼女はアタシをガシッと掴んで身体をぺたぺた触ってきた。


「ファイちゃん! あれから大丈夫だった!?」


 あ、そうだった。

 アタシ、ハルさんの目の前でコーヒーぶちまけて倒れたんだった……。


「ご、ゴメン! ちょっとバカやったわ、今は平気。ハルさんこそ、あの時火傷しなかった?」


「私のことはいいの。その様子なら大丈夫そうだけど、ダメよ具合悪い時は動いたら」


「ゴメンなさい……心配かけて」


 あの時きっと、ぶちまけたコーヒーがかかって熱かったはずなのに。

 それでもハルさんは、アタシのことだけを見てくれている。

 申し訳ないのはもちろんだけど、純粋に嬉しかった。


 アテにされてた頃は、そんな心配されたこともなかったな。

 いや、過去はもう過去だ。

 アタシは前を向いて、今は進まないことを選んだんだから。


 うまくやろうと思うな、取繕おうと思うな。

 ありのままで、アタシのやれる限りのことをカフィノムでやるんだ。


「ファイちゃんが元気なら良いのよ。注文、いいかしら?」


 少しだけ笑って、アタシの頭をぽんぽんしてくれた。

 それからハルさんはメニューに目を落とす。


「今日はどうしよっかな……っと。ん?」


 メニューを見るハルさんが、変な声を出していた。

 直後、へぇーと言いたそうなニヤつきをして、注文をする。


「それじゃあ、ファイブレをもらおうかしら?」


「えっ!? ちょっ、えっ!?」


 カウンターでゼールマンさんへのコーヒーを淹れるシキさんを二度見する。彼女はうんと一度だけ頷いていた。


 慌ててメニューをアタシも見る。

 そこには手書きで、『ファイちゃんが一生懸命淹れるコーヒー ファイブレ! 金貨2枚』と可愛い丸文字で書いてあった。

 なるほど、シキブレより安いのね。まだ未熟者だしね。

 って! そうじゃない!


「シキさん!? いやいやいや! えっ、大丈夫!?」


「大丈夫大丈夫。こういうのは、場数だから」


「いつの間にこんなご丁寧にメニューにまで……」


「私のんびり屋さんだけど、こういうのは早いんだー」


「どこからツッコんでいいかわかんなくなってきたわ……」


 お湯をコーヒー粉に注ぎながら、シキさんはグッと親指を立てていた。

 確かに泥水よりかはマシかもしれないけど、まだシキさんには程遠い。お客さんに出していいものなのかもわからない。


 そんな時、ハルさんがアタシに肩を置いて続けた。


「ファイちゃん。私は決してバカにするために頼んだんじゃないのよ?」


「ハルさん? で、でもアタシ! まだうまくやれるかなんて――」


「大丈夫、怖いもの見たさよ。好きに淹れて頂戴!」


「全ッ然フォローになってないんだけど!? そこで慈愛の笑みを浮かべないで!?」


 つまるところ興味本位か!

 ハルさん……いや、軽口を叩き合える仲は良い方に捉えよう。これは今までアタシになかった関係性だ。


「大丈夫だよ、ハルさんなら受け入れてくれるよ。私も、応援してるから」


 シキさんの言葉と同時に、ゼールマンさんもアタシを見て、うんうんと頷いていた。顔は厳格そうだけど、応援されていることだけはわかる。


 するとその時。コーヒーを飲んでもいないのに、ハルさんが途端に真面目そうな顔つきになって、アタシをじっと見て言った。


「ねぇファイちゃん。言わせてもらうけど、私はマスターほどの味なんて求めちゃいないのよ」


「っ!」


「私は、メニューに書いている通り、ファイちゃんが頑張って淹れるコーヒーを飲みたいの」


 その言葉に、ハッとした。

 そうか。アタシはまた、『なんでもうまくやろう』と思いすぎてる。


 当たり前だ。アタシはやっぱり馬鹿か?

 5年間コーヒーを淹れてきたシキさんの味に到達なんて、こんな短期間にできるはずがない。


 完璧の意識を捨てて、自分のできることを今精一杯やるって、こういうことだ!

 昨夜のノワの言葉が、今やっと理解できた気がする。ハルさんは、この大事なことを身を持って教えてくれようとしてるんだ!


「わ、わかったわ! ハルさん、アタシ頑張るから!」


「うん、楽しみにしてるわ」


 それから彼女は、シュボっとタバコに火をつけのんびりし始めた。

 アタシはシキさんの隣で、今までやっていた手順通りでコーヒーを淹れた。


 大丈夫、大丈夫。これが今のアタシの全力ってことを、ハルさんに見てもらう。

 でも、それなりにマシな味にはなっているはず。だからそこまで大きな間違いにはならないはずだ。


―――――――。


「…………まっず」


「ですよねー! わかってましたぁーあはははははっ!」


 カップを置いた瞬間、口元を歪ませて率直に言われる。もう笑うしかなかった。

 とはいえ賛辞をもらえるなんて毛頭ない。むしろ、惨事だ。


「これは、悪酔いするわね。でもこれからよ、ファイちゃん」


 言いながら、水をグイと一気に飲んでいたハルさん。そんなにか。頼んだのは彼女だけど、ちょっと悪いなと思った。


 でも、きっとアタシに足りないのはもうひとつ。そういう『失敗経験』だ。

 今までうまくやれたか取繕うことしかしてこなかった。

 その意識を変えよう。アタシはもう、一昨日までのアタシじゃない。


「そ、それでハルさん! どの辺りが最高のシキブレと違った!?」


 エプロンのポケットから紙切れを出して筆を取った。

 反省点はすぐに振り返るべき。これについて、アタシはストイックになるべきだ。


「そうねぇ。詳しいことは知らないから所感なんだけど――」


 あくまで客目線でハルさんはファイブレの感想を聞かせてくれた。

 端的に、シブいらしい。泥水ではなかったとフォローは入れてくれたけど、なるほどシブいんだ……。


 それについて、そうなる原因をシキさんが解説してくれた。

 お湯が熱すぎたり、豆を細かく挽きすぎていたり、早く注ぎすぎたりと色々と反省点が見えてくる。


「試行錯誤して、イイ感じの淹れ方が見えるからね。頑張ろう?」


「う、うん。すっごい勉強になった……」


 やらかしてわかる、色々なこと。

 やっぱり、アタシに致命的に足りてないのはこういう経験だ。

 カフィノムに来て、それを初めて経験して、次のアタシに繋がっていく。


 ハルさんに言われたのはそりゃヘコむけど、罵倒じゃないから傷つかない。これからも頑張ろうと思った。


 ――――カランコロンカラーン!


 アタシの新たな気付きと共に気合を入れ直すと、不意に来店の鐘が鳴る。 


「あ、エスティアちゃんいらっしゃ……えっ?」


 入ってきたのは、エスティアちゃんだった。

 彼女を見るなり、シキさんが困惑したような声を出していた。


「エスティアちゃん、服ボロボロ……」


「えっ、本当だ!?」


「エスは平気よ。いつものクッキーをちょうだい」


 身体は平気そうだけど、砂や泥だらけで、高そうな服は随所にやぶれがある。

 何食わぬ顔して窓際に座っていい状態とは思えない。そこで平然と席につくって、どんな胆力よ。


 と、とにかく事情を聞かないと!

 ストックしてあるクッキーを用意して、アタシはエスティアちゃんの席へと持っていった。

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