【カフィノム日誌】
ゼールマンさんが喋ったことについてシキさん、ハルさんと考えていた。
多分、彼はカフィノムを本気で愛しているから、その平穏が揺らぐのが心配だったのもしれない。
話にしか聞いてなくて、今までわからなかった彼のことを、少しだけ理解できた気がする。
昨日、ゼールマンさんが持ってきた袋は、コーヒー豆だった。
今日はシキさんが豆を厳選して混ぜる、『ブレンドする』仕事をするそうで、アタシが主に接客担当。シキブレと軽食の注文があった場合だけ彼女が動くことになっている。
常連もそれをわかっているのか、みんな水かファイブレを頼んでくれていた。
そんなコーヒー豆、常々どこから仕入れているんだろうと思うけど、多分城下町にそういう場があるんだろう。
ここに入ってから一度も外に出ていない。出る必要がないから情勢には疎い。
ただ、黒騎士は相変わらず、やってくる旅人を追い返し、若者の命は見逃し、そうでない相手は討ち取っているって。みんなから聞いた話だ。
「黒騎士はお変わりないのね。それで、今日はどんな特訓だったの?」
「精密射撃。毎日やってるのを、重点的に。エスが当てられなきゃ意味がないし」
お昼過ぎ、ヒラユキ君とやってきたエスティアちゃんと話していた。
今日は朝一で全員が揃ったから、アタシは彼女と2人で改めてゼールマンさんに謝った。
彼も謝罪が欲しかったわけじゃないだろうけど、余計な心配をかけてしまったことへのごめんなさいだ。
詫びを入れると、彼は少しだけ微笑んで頷き、アタシ達の肩に手をポンと置いてくれた。
結局、ハルさんの結論とアタシ想像はほぼ当たっていたらしい。
「シキさんがどうだったのかわかんないけど、エスも狙撃? みたいなことできれば幾分か違うでしょ」
「そうね。違う戦術を試すのはいいかも」
「まだ見逃される年齢だろうから、諦める気はないわ。今のうちよね」
「それもそうだけど、ヒラユキ君と共闘はしないの?」
『あー……』
2人してバツが悪そうな声を出していた。
その感じだと、一度やったのかやってないのか、試してはいそうな口ぶりだ。
「あんまりうまくいかなかった?」
「えぇと、その――」
「いいぜエス嬢。オレが言う」
「はぁ……頼んだわ人たらし」
エスティアちゃんに代わってヒラユキ君がやってきた。
彼女じゃ都合が悪いらしい。彼女が人を頼る光景も今ならではだ。
「ヒラユキ君?」
「まぁ、アレだ。オレとエス嬢はこう、それなりに悪くない関係にはなったが、アイツらがな」
「ヒラユキ君のお友達がどうしたの?」
「いや、その、な。オレの仲間とエス嬢の侍女……お仲間は超仲悪いんだ」
「えぇ……」
眉をひそめる。そこか。そこがダメなんだ。
やっぱりここにいると、本人以外の情勢には疎くなる。
一体何があったのよ。本当に最初のうちは一触即発だったんじゃないかしら?
「特訓もオレが御嬢の方に出向く形でやってて、仲間の2人はほぼ1日中酒場でどんちゃんしてるよ」
「ヒラユキ君的にはいいのそれ?」
「オレのカネじゃないしな。どうなってもアイツらの責任さ」
「あれ、意外とドライ!?」
「仲間でも締める所は締めないとな。ってことだ、オレ達しかまだ仲良くないのさ」
「すっごい仲良くなった覚えはないわよ。ヒラユキ、くれぐれも勘違いしないで」
「エスティアちゃん? 下の名前で呼ぶあたりダウトなんだけど」
はっとしてうろたえるエスティアちゃん。そして、アタシにだけ見えるように、彼は軽くウィンクして席に戻った。
そっかぁ……2人の仲は結構よくなっても、周りがまだまだなんだ。
黒騎士相手に、この2つのパーティが共闘して善戦できるのは、ずっと先かもしれない。それこそ、アタシが倉庫片付けるのとどっちが早いかって話になりそうだ。
――――――。
夕方、カフィノムもそろそろ閉店するくらいの時間。
豆の仕事を終えてシキさんも落ち着いた時に、ヒラユキ君が彼女アタシを呼んだ。最後にシキブレの注文かな?
「あー、すまん。ブレンドしたてのシキブレを飲みたいのはもちろんなんだが……違うんだ、すまん」
アタシの考えを読んだみたいな軽い言動とは裏腹に、彼はコーヒー状態のように真剣そうな顔つきをしていた。
「どうしたのヒラユキ君。怖い顔してるよ?」
「あぁ、それなんだがシキ嬢――」
それから彼は、「気にし過ぎかもしれないが……」と前置きして続ける。
「前、オレ達でとっちめた連中いるだろ? クズ3人組」
「えっ、あのぷんぷんな人?」
そこで、アタシの元仲間って言わない彼の配慮に感謝しつつ聞く。
このぶんだと、まだ連中に何かありそうだ。アタシのしがらみはまだ消えないらしい。
「そう。そのぷんぷんなんだが……最近、5人で動いてる。増えた2人は女と男」
「っ!」
残りの2人だ。間違いない。
パーティで最も幅を利かせていた女、ワンと最も暴力的だった男、トゥだ。
「連中、城下町に居座っててな。どうも最近、黒騎士やカフィノムの様子を全員で見ていることが多い」
「様子を?」
「黒騎士の動向を見てるのがそれっぽい理由だが、クサい。多分それはフリだ」
「カフィノムにまた悪いことしようと企んでる?」
「その通りだファイちゃん。アレで終わらねぇとは懲りないバカどもだ」
「アイツら……確かにこっちに何かする方が黒騎士より格段に楽よね」
「それでも、様子を見ているだけだ。だから気にし過ぎかもしれねぇって話」
「や、ありがとうヒラユキ君。アイツら、絶対に何かしてくるわ」
だよなぁ、と嘆息するヒラユキ君。
懲りないって話は本当にそうだ。連中、諦めだけは悪い。
「ともかく、オレも警戒しておく。シキ嬢もファイちゃんも気をつけてくれ」
その言葉にアタシ達は頷く。そして、閉店時間になって皆は帰っていった。
アタシの元仲間の5人か……カフィノムにまた悪いことしようとしてるなら、今度は許さない。
ヒラユキ君も警戒してくれるって言うけど、アタシもじゅうぶん気をつけよう。
アタシだって、カフィノムを守る。
それだけの恩を、ここでもらっているから。
そう決意して、誰もいなくなったお店の掃除を始めた。
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