【カフィノム日誌】
初日の朝から早速ハルさんの接客、もとい会話をすることになった。
お互いの事を全然知らないから、何から探っていこうかな?
「シキブレ、少し時間かかるからハルさんとお話してていいよー」
カウンターの一番奥の席にハルさんが座り、その隣にアタシが座る。真正面にシキさんが立ってコーヒーの準備をしていた。
レバーを回して豆を挽く姿は、いつものぽわぽわした彼女とは違って凛々しい。すでに香ばしいにおいがして、出来上がりが楽しみになる。
「タバコ、いいかしら? 煙たいのは平気?」
「大丈夫よ。はい、どうぞ」
指の先から小さく火を出した。このくらいの魔法ならアタシも苦労なく使える。
「あら、他人の火は初めてね! ありがとう、気が利くのね」
このくらいの察しがなくてはシキさんの弟子は務まらない。あれ……弟子ってよりも、『カフィノム見習い』の方がいいのかな?
タバコの先に火がついて赤くなる。ハルさんはそれを口元に持って行き、人差し指と中指でつまんで吸っていた。
煙を吸って、香りを楽しむ嗜好品なのかな? アタシにはわからない世界だ。ちょっと新鮮。
ハルさんはしばらくそれを楽しんで、天井に向けてふぅと白い煙を吐く。その時、指をくるくると回転させて弱い風魔法を使っていた。
「火のお礼に、面白いモノを見せてあげるわ」
微弱な風にあおられた煙は、ハルさんの指の動きに合わせて形を変える。やがて、天井で綺麗な竜巻が出来上がっていた。
「わっ、すご……」
「煙の芸術、どうかしら?」
「すっごいお洒落!」
「うふふ、お姉さんに惚れてもいいのよ?」
「いや、惚れないけど」
なぁんだ、残念。と言いつつ、ハルさんは少し風を強め、煙を天井の通気口から外へ出していた。
魔術師ならではのタバコの楽しみ方があるとは。
「ところで、ファイちゃんはどこの出身なの?」
「えっ、アタシ? アタシは北部出身で――」
この魔界という異空間を除いて、アタシ達の世界はひとつの大陸になっている。
東西南北中央と5つの都市があって、人間しか住んでいないそこに、それぞれに『領主』という統治者がいる仕組み。
それがいつからか、人型の魔物が現れて、人間を支配しようとしてきたのが発端。だけど実力は拮抗していて、一進一退のというのが世界の現状だ。
そこでお偉い方は、防衛する人間以外の旅人を育成した。それがアタシ達。元凶と思われる魔王を倒せば事態は収まるだろうという考えで、こうなった。でも、結果こうしてアタシ達は詰んでいる。
このカフィノムもそうだけど、あの城下町も黒騎士で詰んだ人間が勝手に興した場所なのかなとも思った。だから搾取されていないのかも?
魔物達がアタシ達の世界に勝手に拠点を築いたように、魔界にも勝手に人間の町ができているのは、なんとも奇妙だ。ちょっと笑える。
「両親もいるわ。都市でも安全な場所にいるから心配はしてないの」
「そうだったの。あ、私は中央出身でね。魔界のゲート近かったでしょ?」
「あぁー、やっぱり中央からは沢山駆り出されていたのね」
「そう。私はその中のいち旅人。ここの常連になって4年だから、そのくらい前に黒騎士にボロ負けしてこの状況よ」
今となってはいい思い出だわ。と言って、タバコを灰皿に押しつけていた。
中央で、アタシ達の世界とここを繋ぐ扉こと、ゲートが生成されたのが、旅人による魔王討伐のはじまり。それが大体4年前くらいだから、ハルさんは初期の頃の魔王討伐の旅人だったんだ。
ハルさんと話して、アタシ達の世界の現状と今の状況を一通り振り返る。
こうして考えると、焦ることはないと思えた。それならじっくりカフィノムやシキさんと向き合えばいいな、と落ち着きが出てきた。
当分戻ることのない場所だから、さして必要のない振り返りだったかもしれない。でも、常連の出身を知るのも引き出しのひとつと思えば、悪くはないと思えた。
「お待たせ、シキブレ」
「んん、今日もいい香りね。私の火のおかげもある?」
「うん、あるある。はい、ファイちゃんも」
「アタシも? ありがと!」
見ると、4人分用意されていた。
アタシ達のぶんを用意したにしても1人ぶん多い。
あれ? と思って見回すと、いつの間にかゼールマンさんがいた。そういうことか、あの人も早いのね。
羽織っている黒くて長いコートと、先が尖った黒い帽子を脱いで、どっしりと椅子に座る。その時、エプロンのアタシを見つけるなり、ふむふむと頷きながら感心している様子だった。
「ゼールマンさんのは私が持ってくねー。2人は先に楽しんでて」
「わかったわ。ファイちゃん、何か入れる?」
「コーヒーに?」
ハルさんが透明な容器に入った白い塊をつまんで、コーヒーに落とす。続いて、小さい陶器に入った白い液体をコーヒーに回し入れていた。
「これはカクザトーで、コーヒーを甘くしてくれる。このミルクは――」
「み、ミルクはわかるわ。アタシは多分、そのままが好きかな」
「ブラック派かぁ、ファイちゃんシブいわね」
「味覚が老けてるとはよく言われるのよね……」
そんな自嘲を披露しながらコーヒーに口をつける。ハルさんはくいっと一気に半分くらい飲んでいた。
うん、この芳醇な香りと絶妙な苦みが良い。きっと甘くすることでまろやかにはなるのかもしれないけど、この目が覚めるような味が好きだ。
「でも、どうなの? 喫茶店って場所が元の世界にないものじゃない? そのカクザトーで新しいおいしさを見つけられたり――」
「んーまぁ、そうねぇ……そうねぇ」
コーヒーについて話そうとしたら、様子がおかしかった。
ハルさんの目が半開きになって、こっくりこっくりと船を漕いでいる。それに心なしか顔が赤い。それどころか、耳や手まで赤くなって――
「は、ハルさん?」
「んーろうしたのぉ、ファイちゃあん」
――まるでお酒に酔ったような。そんな状態になっていた。
「えっ、嘘でしょ!?」
こ、コーヒーの効果って、お酒と同じだっけ!?
早速、嫌な予感がアタシの胸をよぎった。
ここの常連は変な人の集まりかもしれない。そんな嫌な予感が。
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