【カフィノム日誌】
あの……思考が追い付かないというか、もう受け入れるしかない。
ゼールマンさんは、黒騎士だった。
アタシが納得いかなかったことも、彼の説明で納得できてしまった。
ゼールマンさんは紛れもなく、黒騎士本人なんだ。
黒騎士……いや、すでにこの人は黒騎士でありゼールマンさんだ。
さっきの不器用さを察してしまったから、あの恐ろしい強さの黒騎士が目の前にいるというより、いつもの紳士なおじさまがいると思えるようにはなった。
シキさんが空気を和ませてくれたおかげで、彼も張り詰めた表情から普段通りの穏やかそうな顔になっている。
「心して聞いてほしい、と思っていたが、カフィノムにそれは似合わないようだな」
「ま、まぁそうだな。そうだと思うぜ旦那。このカフィノムに血と涙は似合わねぇ」
「ヒラユキ、それ気に入ったでしょ?」
「バレた? オレ自身オレを気に入ってるところあるからな」
「はいはい、ヒラユキ君にエスティアちゃん。ゼールマンが静かになるまで待ってるわよ」
「ハルさんそんな集会の演説みたいな……」
いつも通りのやり取りが繰り広げられる。
確かに、これがカフィノムだ。
アタシとシキさんは密かに顔を合わせて、微笑み合う。
これからゼールマンさんがどんなことを言おうと、スッと受け入れられる気がした。
黒騎士……だけど、ゼールマンさんはゼールマンさんだ。
誰よりも色々なことを知っている、不器用なおじさまが目の前にいるだけだ。アタシ達も自然体で聞くことがカフィノムと彼への敬意のはず。
「話さねばならないことは、主に3つある。ひとつひとつ、話そう」
奇しくも暴漢が来た時にシキさんが逆脅しをかけたあの状況に似ていた。
ゼールマンさんはひとつ息を吐いて、続ける。それでも緊張してそうだけど、大丈夫?
「まず、ひとつ。旅人がこの地に求めてる存在、魔王の話だ。私は人間ながら、昔魔王に喚び出された使い魔のひとり……傭兵と認識してほしい」
お……っと。いきなりそこを聞けるとは。
魔王にとっての使い魔、か。ゼールマンさんがちょっとでも人型の魔物かと考えてしまっていたから。
そんな思考をしている間。彼はそれよりもとんでもないことを言い出した。
それこそ、穏やかだったここの雰囲気を大混乱に陥れるくらいの爆弾をここに投下した。
「その魔王だが……今、魔王という存在は、どこにもいない」
『………………え……っ?』
全員がただその1文字を発して、口をぽかんと開けていた。
シキさんすら、その発言にはゼールマンさんに向けて身を乗り出すくらいの言葉だった。
――魔王は、いない?
ゼールマンさんの言葉を何度も頭の中で繰り返す。
今度は何度も何度も呟いてみる。魔王は、いない。
『ええええぇぇぇぇぇえええええぇぇっ!!!?』
一同、絶叫。シキさんがつられて、「えー」と小さく言っていたのは場違いながらちょっと可愛かった。
って! それより! 掘り下げないと!
シキさん、ムードを変えてもらっておいてゴメン。これ、穏やかな雰囲気で話される話題じゃなかった!
「ちょっ! ちょっちょっちょちょちょちょっ! えっ、待って。どういうこと!?」
これ以上になく狼狽してアタシが聞く。ヒラユキ君とエスティアちゃんに関しては、目玉がこぼれ落ちちゃうんじゃないかってくらいひん剥いてゼールマンさんを見ている。
魔王を倒すことが割とどうでもよくなってる勢は、えぇーこそ声を出したけれど、拍子抜けしたように肩が下がっていた。
「心して聞くほうがよかったろうに。まず、それが結論だ」
「へぇ、魔王っていないんだー……で済ませられる話じゃないんだけど!?」
そうだそうだ、と若者2人も便乗する。アタシらの精神的なショックはかなりのものだ。
だって、最終目的はそこだった訳で、それが存在しないってわかったら、これまでアタシ達が密かに狙っていたことの意味がなんにもない。
受け入れ難いけど、冗談で言っているようにはとても思えない。
「正確な話をしよう。魔王は、死んだ。私が看取っている」
「死んだ……って、なんで?」
「元々、ここの魔王という存在は非常に高齢だったそうだ。寿命、というものだったのだろう」
「ゼールマンさんとその魔王、付き合い長かったの?」
「長い訳ではなかったが、人間でありながら私を気に入っていたらしい。本で見ただけの種族に興味があったようだ」
この話は重要でもなければ長くなる、と言って彼はそこへの話題を止めていた。
魔王とゼールマンさんは仲が良かった、そこだけわかっていればいいらしい。
「若者達よ、ひとつ問おう。何故、人型の魔物が元々いた私達の世界に侵攻してきたかわかるか?」
突然、ゼールマンさんが質問をする。
それがわかれば、2つめの話すことにつながり、私のしていることの少しは理解できる。そう彼は言った。
アタシ達は腕を組んだり、こめかみに指を当てながら考える。
どうして魔物らが人間が住むところにわざわざ来たか。
詳しい事情はわからない。基本情報として、人型の魔物はバラバラに人間界の色々なところに拠点を築いて、アタシ達人間と一進一退、互角の攻防を繰り広げている。
ここの所感として、魔界はひどく荒廃していた。その最果ての地、ここの城下町は旅人が来始めて、黒騎士に詰んだ人々が興した場所。
魔物が人間界に侵攻して、人間も魔界に町をつくる、この奇妙な構図。
その根本は何故か、って……今の話から考えたら、言えることは1つしかない。
アタシは誰よりも早く手を挙げて、答えた。
「えっ……魔王が、死んだから?」
言うと、やはり汝は賢いと改まってゼールマンさんは頷いていた。
「その通り。魔王が死に、遺された眷属……部下の魔物らは統制がとれなくなり、魔界の資源を際限なく食いつぶしてしまった」
「それで魔界は荒廃した。そこで資源を求めた結果、人間界の存在をゼールマンさんがいることでわかってて、侵攻した……ってこと?」
「そうなる……な。私が喚び出されたことで魔物は人間界があることを知った、妥当な推理だ」
「魔王がいなくて、混乱した部下達が暴走してるってことよね」
「端的に換言すれば、そういうことになる」
魔王のことと、この世界の構図改めて理解しただろうか?
そう言って、1つ目の真実を語ったゼールマンさん。
こうしてわかる、外の世界の事情。カフィノムにいるだけだと本当にわからない。
それでも、重要なのは魔王がいないこと。
アタシ達は頷くしかなかったけど、正直受け入れられない。
あると思っていた目的が、最初からなかったって知った今、何をどうしていいかわからなくなっている。
そんな中、彼が今度は、『何故黒騎士として城を守っているか』について語った。話すべきことの、2つ目……らしい。
全部聞いたところで、アタシ達に未来なんてあるのかな?
そんな後ろ向きな考えばかりが、頭を駆け巡っていた。
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