キラキラ揺らめくシャンデリア。黒い壁に、ビロードのソファ。爆音のクラブミュージック。薄暗くてムーディな間接照明。
テーブルに並ぶのは、水割りセットと鏡月だ。
「マジ信じらんない」
肩を抱き寄せてる女が、腹立たしげに吐き出す。
黒髪のボブで、お嬢さん風のベージュのワンピース。メイクもナチュラル。パッと見は清楚などこぞの御令嬢だ。
「最近待機があるからおかしいと思ってたんだ。あの店長、マジでカス」
こう見えて、箱型高級ヘルスのナンバーワンちゃん。知らない間に、店のサイトでのプッシュがなくなってて、ピチピチの新人18歳が猛プッシュされてたっつってお冠だ。
この子、可愛いかっていうと……俺の好みではない、とだけ言っとくか。
そんでも俺のエース様なんでね。めんどくさいけど、まだまだ続く愚痴を聞く。適当にひどいなー、とか相槌打ちながら。いいんだよ。同意して欲しいだけなんだから。
「ただでもコロナで客来ないのにさ。こんなんじゃマオをナンバーワンにしてやれないじゃん」
マオ、が俺の源氏名。本名とは全然関係ない。
「無理しないでよ。俺はアユミが来てくれるだけで嬉しいからさ」
なーんて、優しく気遣うフリをしてみる。無理すんのも、毎日みたいに来んのも、こいつの好きでやってることだ。好きにすりゃいい。
「ほんと?」
「ほんと。アユミに会えたら幸せだよ」
更に、2時間くらいでポンと金使って帰ってくれたら最高だけどな。いる時はオープンラストってことも結構あんのがウザい。
「ねぇ、ナンバーワンになったらほんとに一緒に住んでくれるの?」
「ああ。ナンバーワンになりゃ、寮も出られるしさ」
うっそ。
寮なんか入ったことねぇし、そんな約束守ってたら、俺んちはアラブのハーレムだ。つまり、そう約束してる女は数えきれない。
「じゃあ、やっぱり今の店じゃダメだなぁ。店変わろっかな」
アユミがいる店は、名古屋で一番お高いヘルスだ。稼ぎたいなら、ランクは落とせない。
いい頃合いだな。
「どこの店でも客入り変わんないだろ?」
「そうだよねぇ。バックも下がるしなぁ」
「アユミんとこ、会員制だから感染対策もかなりしてるだろ」
ん? 引き止めてんのかって? そんなわけないじゃん。
「まぁね。よそに比べたら、客入りかなりマシだよ」
「だと、他のヘルス行ってもバック下がって心配増えるだけだよな」
「うーん……」
アユミはこう見えてリスクは避けたいタイプ。出会った時はおっぱいパブのキャストだった。キャスト仲間に連れられて、このホストクラブ・マリオネットにやってきたその日に、俺に一目惚れしたのが運の尽き。すぐに手ぇ出して、好きだよとか言ったら、1ミリも疑わずに彼女だと思い込んだ。
すぐに、万年ナンバースリーを守ってる俺をナンバーワンにしてやりたい、って向こうから言い出した。それにはおっパブの稼ぎじゃ足りない。ごく当たり前に風俗に変わりたいけどデリヘルは怖いって言うから、今の店を紹介してやったら大当たりだ。
今の店の店長と俺は通じてんだよ。指名客が安定したタイミングで、新規を減らしたのも俺の差し金。
「やっぱソープかな……客数同じでもバック上がるもんね」
「嫌なら無理するなよ? 俺はナンバースリーでも」
「ダメ。マオはナンバーワンになんなきゃ」
ほうほう、可愛いこというじゃないの。
「ありがとうな」
抱き寄せて頬にキスしてやる。俺、彼氏ですから?
「ねぇ、安心なとこ知らない?」
「うーん……金津ならちょっと知ってる店あるけど」
金津は岐阜だから、この名古屋から少し離れるけど、高級店がしっかりある。だし、こいつは一宮住みだ。岐阜は遠くない。
「そこ、教えて。早いうちに面接してくるよ」
はい、ソープ嬢いっちょあがり。3人目だな。
「じゃあ、俺から連絡入れといてやるよ。その方が確実に受かるからさ」
今の店と系列なんだけどな。それを知ってる嬢は殆どいない。
系列だからヘルスでの稼ぎを一時落としても、ソープの方で更に稼いでくれるならって、奴らも協力してくれる、ってわけ。
「お願い。あたし、頑張って稼ぐよ」
「ごめんな、負担かけて」
「大丈夫。マオの為だもん」
これで、俺がほんとにナンバーワンになったら困るんじゃないかって?
ならないよ。この店には桁違いの絶対的ナンバーワン、名古屋一有名なホストの麻琴さんと、ナンバーツー零夜さんがいるんだ。その2人がいるってわかってて、俺がここでナンバーワンになれるって思う方がどうかしてる。
「愛してるよ、アユミ」
ぐっと抱き寄せて、キスしてやる。大丈夫、店内は薄暗いからロクに見えない。
悪どい?
しゃーないでしょ、俺、魔王なんだから。
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