「魔王」

たきかわ由里
たきかわ由里

3

公開日時: 2021年3月24日(水) 20:00
文字数:3,889

 どうにか送り指名だけはくれたかおるさんに、更に追加で10枚くらいの名刺を渡した。別に目の前で捨てられたわけじゃないけど。とにかく、プッシュだ。印象に残らないと。

 彼女は、LINE教えてくれって直球で頼めば頼むほど教えてくれないタイプだろう。だから、何度も何度も別れ際ギリギリまで名刺を出して、俺のLINE IDを繰り返し見せた。今教えてくれって言わないから、後でLINEしてくれって。

 何であんなに必死だったんだ、俺。一週間経つ今も不思議で仕方がない。でも、かおるさんからの連絡をずっと待ち続けてる。

 その間、仕事はちゃんとしたし、エース以下数名へのお勤めも果たした。ぶっちゃけ、そんなにセックスが好きなわけじゃないから、割と苦行。めんどくさい。でも、一回手を出した以上、それきりってわけには行かないんだよなぁ。俺の場合、セックスが仕事だからさ。

 LINEは通知をピコピコ出し続けてるけど、肝心なかおるさんからのメッセージはひとつもない。

 まあさ、今更って気もするんだよ。音楽の話を誰かとしたいなんて。

 今の俺が音楽の話をしたところで、何にもならない。何の実りもない。俺には、音楽の才能はないから。

 音楽の才能は、じゃないか。音楽の才能も、だ。

 だから、音楽関係のツレとはすっかり切れたんだけど……ちょっと音楽の話題がチラついただけでこれだ。情けない。諦めが悪いんだよな。

 音楽を断念したのは、才能がないことが直接の理由じゃなかったんだけど……才能があれば、まだしがみついていられたかもしれないって今でも思う。

 音楽辞めて、一年半。

 未練がましいってわかってんのに、イヤホンもブルートゥーススピーカーも手放せない。

 悔しいけど、でも音楽が好きだ。

 かおるさんが、当たり前みたいにMotley Crueとその周辺の話をチラつかせた瞬間、俺はホストじゃなくて、ロック好きなガキになっちまった……ってことだな。

 東京でやってたバンドのメンバーの中じゃ、俺が一番音楽を聴いてた。ジャンルも広かったし、量も多かった。

 そのバンドはみんな下手だったけど、いいバンドだったんだ。

 でも、その中で一番下手で才能がなかったのも俺だ。

 どれだけ好きでも、どれだけ勉強しても、物にならないものは、物にならない。

 物にならないけど、でも、俺は音楽が好きだ。もっともっと、たくさんの音楽を知りたいし、聞きたい。

 LINEの通知音が鳴る。慌てて画面を見るけど、アユミからだ。ソープの面接受かったってか。当たり前だ。

 おめでとう、無理するなよ、なんて心にもないことを書いて送る。好きにしやがれ。

 好きな道を諦めた俺が自分を認められるのは、ナンバーだけ。麻琴さん、零夜さんに次ぐナンバースリーってのが、少しだけ俺に自信を持たせてくれる。

 ほんとは、金なんかにさして興味はないんだ。欲しいものもない。でも、その金が明確に見せてくれるのがナンバーだから、俺はせっせと女に夢を見せて、対価を頂く。

 夢を見せる、だってさ。知ってるよ、俺のやり方が下衆なのは。

 そのうち、女子大小路で女に刺されて救急車、運が悪けりゃ霊柩車じゃねぇかなぁ。

 つまんねぇな、俺の人生。

 つまんねぇから、音楽を聴く。

 音楽聴いてる時だけは、間違いなく面白い時間だ。その時間を共感できて、共有できる人がいれぱ、もっと楽しいってことも知ってる。

 かおるさん、連絡してくれねぇかな。俺と、音楽の話をして欲しい。

「ミーティング始めんぞ」

 フロアにやって来た如月さんが、ソファでダラダラしてる俺らに声を飛ばす。今日もオールバックに銀縁メガネでカッコイイ。めちゃくちゃ品良く見えるから、そこらで見かけても誰もホストだとは思わないはずだ。実際はすげぇ喧嘩の強い武闘派なんだけどね。

 それぞれ返事をして、如月さんを中心にずらりと並ぶ。

 麻琴さんと零夜さんは同伴出勤だから、今は不在。俺も今育ててる風俗嬢と同伴の予定だったんだけど、生理がひどくて起きれないってキャンセル。代わりに誰か呼んでも良かったんだけど、月が変わったばっかだし今日のとこはまあいいか、って。これが締め日前なら絶対都合つける。

 如月さんから、あれこれと伝達事項が知らされる。新しく決まったイベントスケジュールとか、間もなくやって来るクリスマスに向けてとか。コロナ拾って来んなとか。

 コロナなぁ。怖ぇけどなぁ。俺ら、耳元で愛を囁くのが仕事なんだよ。ソーシャルディスタンスをキープしてたら、糸電話で囁くしかないわ。アホか。

 話を聞いて頷いてると、手に持ってたスマホがぶるっと震えた。断続的に震え続けてる。電話か。

 画面を見ると、知らない電話番号が表示されてる。

 どうすっかな。如月さんの有り難いお話の途中なんだけど……客かもしれないもんなぁ。出とこう。

 ひょいっと手を挙げて如月さんの目を引き、スマホを指さしてから手を合わせ、ごめんなさいのジェスチャーを見せる。如月さんは頷いて、ドアの外を指さした。

 エントランスへの扉を開けて、まだ誰もいないクローク前で折り返しのコールをする。

 少し待つと、コールが途切れた。

「マオ、元気?」

 その声は忘れてない。少しハスキーな、セクシーな声。

「かおるさん!」

「ふふ、わかった?」

「わかりますよ。声、忘れてません」

「偉いじゃないの。流石ナンバースリーね」

「万年スリーですけど」

 この間初回クーポンで来たんだから、ホストサイトをチェックしたんだろうな。そこ見りゃランキングが載ってる。ちなみに、そこのサイトのホスト総合ランクだと8位。

「電話もらえるとは思ってませんでしたよ」

「財布開けたら、あんたの名刺が束で出て来たのよ」

「持っててくれたんですか」

「捨てるの忘れてた……」

「あ」

 そうだよなぁ。俺なんか、いくらでもいるテンプレホストだもんな。

「嘘よ。一枚は取っとくつもりだったわ」

「ありがとうございます!」

 素直に嬉しい。例え、会ったホストの名刺をコレクションするのが趣味なんだとしても。

「ちょっと聞きたいんだけど」

「何ですか!?」

 思わず食いつく。かおるさんがわざわざ俺に聞きたいって、何だ。

「今日、職場の若い子を連れて呑みに行くんだけど」

「マジですか!?」

 また、かおるさんに会える。そう思ったら心臓がちょっとドキドキと……。

「どっか初心者向けの新し目の店ない? あんまりヤバくないとこ。メンパでもいいけど」

「……は?」

「他の店に友達くらいいるでしょ」

「え……そりゃないっすよ……」

 ドキドキしてた心臓がしゅんと萎む。そうだ、担当を欲しがらない人なんだった。二度目の来店は難しいはずだ。

「小さめの店がいいわね。マリオネットは広すぎるわ」

「いいじゃないですか。うち来てくださいよ」

「修学旅行で同じとこへ二回は行かないのよ」

 ええ、そりゃごもっともです。小中高と行先は被らない。三十三間堂は一回だけだ。

 でも俺は、かおるさんに会いたい。

「引率なら二度目の京都もありじゃないですか? ホスト初体験なら、うちが典型的でホスクラ気分満喫できますよ。小さいとことかメンパはそれからでいいじゃないですか」

 俺が知ってる小さいホストクラブは、結構ヤバいとこなんだ。何とは言えないけど、完全に違法なことやってる。ガチの悪魔だ。俺の色恋営業なんか、ガキのごっこ遊びだってレベルで。そんなとこをかおるさんに紹介するわけにはいかない。

 メンズパブ、所謂メンパもマトモな店を知らない。いい店もあるはずだけど、俺の知り合いがいるのは1000円だって高いわって店だ。

 マリオネットは歌舞伎町の最高級には敵わないけど、それなりに真っ当な営業をしてる。安全性は充分。俺みたいなズブズブの色恋でどうにかしようってホストをかわせりゃ、普通に楽しく呑める。

 俺の客とそのお連れ様だ、ってなってりゃ、他のキャストも無茶な営業はしないはずだしな。ちゃんと、守ってやれる。

「それもそうね」

「知らない店より、知ってるマリオネットで決まりっすよ」

「こんな時期に締め日あるの?」

「違いますよ! 普通に15日と月末です」

 ありゃ。締め日前で必死なのかって勘違いされちまった。そうじゃないんだ。

「俺の指名しなくていいですから。フリーで入ってくれて構いません」

 かおるさんで売上取ろうなんて思ってない、って、これでわかってくれよな? 指名してくれりゃ、ずっと席につけるからそれは嬉しいけど、無駄金使うのが嫌だってんならそれでいい。

「それじゃマオの立場がないでしょ」

「俺の立場なんかどうでもいいですよ。妙な店でヤバいことになる方が心配です」

「心配してくれるの」

 かおるさんは笑ってる。笑いごとじゃないよ。かおるさんがどんだけ慣れてるのか分かんないけど、リスクは避けられるなら避けた方がいい。

「じゃ、マオのお気遣いをありがたく受け取りましょうか。1時間後に行くわ」

「良かった。おかしな営業かけないように釘刺しときますから」

「マオが席で見張ってればいいじゃないの」

「えっ?」

「マオを信用してあげる。あたしの担当、やりなさいよ。いくら先手打って釘刺しても、担当いなきゃ来る奴来る奴、お綺麗ですね、LINEくれ、ってめんどくさいから」

「ありがとうございます!」

 ボディガードってことだ。三度目の来店はないかもしれないけど、担当できる。

「頼むわね。ヘルプもマトモな子まわすようにしてよ。可愛い後輩連れてくんだから」

「はい!」

 キャストの中にも、こいつはヤバいって奴が二人くらいいる。そういうのは除外して、安全牌だけまわすように光瑠に言いつけとこう。後輩ちゃんからかおるさんに悪評が入るのは嫌だ。

「それじゃ、また後で」

 かおるさんはあっさりと通話を切った。


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