俺は人族の大陸にある帝国へと行き、そこで知り合った奴隷の少女を買って城へと戻った。
戻ると直ぐに少女を風呂に入れさせた。
なんだかんだで汚なかったからだ。
体を綺麗にさせ、地下二階にある女性専用フロアへと連れていかせ髪を整えさせた。
勿論服や靴も忘れずに用意させた。
俺にはこういったセンスなんてないので全てラミア達メイド衆に丸投げした。
「少しは見れるようになったか?」
「夢のようです。と言うか夢に見た場所です」
「だろうな」
なんせこの少女については、街で既に【鑑定】済みだ。
そして、この子は王属である。
ちなみに街のバレードで見たなんの覇気もない女王は王属でもなんでもない普通の人族であった。
考えられるのは、単純に元々普通の人族が国を興した、もしくは覇権争いが起こり王属が敗れた結果ってところだろう。
おそらくは後者だ。
「詳しく話しが聞きたいのだが、時間は沢山ある。まずはゆっくりと飯にしよう」
俺は少女を連れて食堂へと転移した。
「好きな所へ座ると良い」
アホみたいにデカイテーブルなのにわざわざ俺の近くの椅子に座った。
「もっと広い場所でも良いのだぞ?」
「あなた様の近くが良いです」
「可愛らしい事を言う。そういえば自己紹介もまだだったな。はじめまして、俺はアルス・ディルナル。この城の王だ」
「は、はじめましてアルス様。私は……名前がないんです」
これも【鑑定】したときに確認している。
産まれた段階からずっと名前がないということだ。
奴隷の娘、だから名前がないのだろうな。
そうなると生い立ちや国の事など何も知らない可能性があるな。
「俺の事は様などいらん、アルスで良い。そうだな……」
やばい、配下の悪魔達に名前をつけるのはなんの躊躇いもなかったが少女に名前をつけるとなると何も思い浮かばん。
責任重大ではないか。
「どうかしたんですか?」
「いや、なんでもない。それよりも食事にしよう。何も気にする事はないから好きに食べると良い」
テーブルに転移してきた数々の料理が並ぶ。
「嘘……夢見たい」
「夢ではない。好きに食べて良いぞ」
少女は転移してきた焼き立てのパンを手に取るとその熱さに驚き、床へと落としてしまった。
とたんに少女の顔はみるみる青ざめていく。
「気にするな。それよりも出来たての料理は思った以上に熱いからな、気をつけて食べろよ。勿論パンだけではなく他の料理もだ。口に入れる時も熱いからな、注意しろ」
「は、はい」
小さな返事をした後、焼き立てのパンを何度もパタパタと手で持ち替えながら皿へと運び、恐る恐る口へと運びハフハフさせていた。
今まで出来たての料理なんて食べた事がなかったのだろう。
冷えた料理が当たり前だと思っていれば、出来たての料理の熱さに驚くのは無理もない。
なんせ知っていても驚く程の凶悪な熱さだからな。
だからこそ美味いのだが。
気づけば少女は泣きながらパンを齧っていた。
横にあるスープや肉を勧めたが、ただ浸すら涙を流しながらパンを齧っていた。
これまで相当過酷な環境で育ってきたのだろう。
俺もこの子に贅沢をさせる気はないがせめて普通の生活ぐらいは教えてあげたいと思った。
「よし、名前を決めた『エマ』と名付ける。気に入らなければ別の名前にするが」
「あ、ありがどうございばず、え、エマがいいでず。ありがどぉーー」
更に泣き出した。
これは収集がつかんヤツだ。
俺はしばらくエマの事はほたってゆっくりとコーヒーを飲みながら待つ事にした。
「アルス様はエマのパパだったんですね。ありがとうございますパパ」
落ち着いて喋り出したと思ったら、なんでいきなり俺がパパになった!?
「俺はエマの父親ではないぞ」
「ママが言ってました。名前はいつかパパがくれるんだって。それまで頑張れって」
それじゃー俺がパパかぁー、って違う!
「俺が名前をつけたが、俺はパパではない。と言うかママはまだ生きているのか?」
「ううん、ママは死んじゃった。国に残った悪い人だからって……」
なるほど、処刑されていたか。
「悪い事を聞いたな。エマはいくつになる?わかるか?」
「たぶん十歳ぐらい?そう言われてたから」
年齢もアバウトか。
それはそうだろうな。
「他に覚えている事はあるか?」
この後もゆっくりと食事をしながら話しを聞いたのだが、やはり、産まれた日や年齢などは、はっきりとは覚えていなかった。
当然母の名前も覚えていなかった。
「でも、ママはいつかエマが王様になるからエマは死んじゃ駄目だって言ってた。パパが迎えに来てくれるからって」
なんじゃそりゃ。
確かにエマは王属だから王になることも可能だろうが、最低限の後ろ盾はいる。
いくら血を受け継いでいた所で証明ができなければどうにもならない。
血筋だけではどうにもならない事もある。
「何にせよ、体調が良くなるまでしばらくはこの城で自由に過ごすと良い」
「はい、パパ」
だからパパはやめろっての。
「飯を食べたら城を案内してやるからな」
「ありがとー、パパ」
……これはパパは確定なのだろうか。
まぁ、好きに呼ばせよう。
そのうちわかる事もあるだろう。
俺は簡単なテーブルマナーを教えながらエマとの食事を楽しんだのだが、想像以上にエマは賢い娘のようだ。
ぎこちないが直ぐに基本的なマナーは覚えた。
ちゃんと教育すればしっかりとした大人に育ちそうである。
「エマは覚えるのが早いな」
「エマ、しっかりお勉強してパパのお嫁さんになるの」
「ははは、それは楽しみだな」
「うん、エマ頑張る」
何をいっちょ前に可愛らしい事を。
って、おい、ディアブロ目を輝かせるな!
俺は別にロリコンではないぞ!
さすがにこれは違法だ!
間違っても結婚の準備なんかするなよ!
これはフリではない!
って子供の手前、声に出して否定はしなかったが、否定すればするほどフリに聞こえるのは何故だろう。
「セレネが起きたら飯を食わせて北の海にほたっておいてくれ。俺はエマに城を案内してくる」
「かしこまりました」
こうして俺はエマに城の中を案内することにした。
いつものようにまずは一階のエントランスホールへと行き、玄関である門を開け、魔術で体を浮かせると一気に外へと出て外側から城の外観を見せた。
かなりの高さを飛んでいるのだが特に怖がる様子もなく城の外観を見ては『うぁー』とか『きゃー』とか言って喜んでいた。
怖くはないのか尋ねると『パパが一緒だから大丈夫!』と言われた。
少し外を飛んで遊び、再び城へと戻った時も驚かされた。
突然立ち止まると鎧くん達に挨拶をしたのだ。
『エマです、宜しくお願いします!』だってさ。
ここに来たヤツで鎧くんに挨拶をしたのはエマが初めてではなかろうか。
良く出来た娘である。
その後連れて行った地下三階のキッチンや地下二階の女性フロアでも会うヤツに度々自己紹介をしていた。
そんなに挨拶ばかりしていたら日が暮れるぞ。
三階の美術館を軽く見て、四階の図書館でメティスに今後勉強で連れて来ることが多くなる事とエマ用に子供向けのコーナーを作って欲しい事を伝え、五階のレジャー施設へと来た。
なんだか凄いな。
駆け回る白虎と麒麟、空を飛ぶ朱雀と鳳凰、プールを泳ぐ青龍と応龍、陸でのろのろ歩いている霊亀とその上で動かない見た目がキャラクターな玄武。
目の前をチョロチョロしているのが新入りのドラゴンだな。
って、既に黒と茶色の二体になっていた。
黒が山にいたダークドラゴンで、茶色が砂漠にいたアースドラゴンか。
エマはここでも一体ずつみんなに挨拶をしていた。
本当にしっかりした娘である。
しばらく霊獣達と遊ばせていたのだが疲れたのかエマの動きが急に遅くなりうとうとし始めたので、寝室へとエマを運んであげた。
夕食までしばらく寝かせてあげることにしたのだが小刻みに体が震えていた。
「嫌だ、嫌だ。叩かないで、お願いやめて」
心の傷が直ぐに癒える訳ではない。
奴隷だった日々がいきなりなくなるわけでもない。
それでも一言も俺に愚痴や弱音は言わなかった。
みんなに挨拶をしていたのもこの子なりにここで生きて行くための手段だったのかもしれない。
こんなに小さな子が周りに気を使い、震えながら毎晩眠らないといけない世界があった。
そんな事は頭ではわかってはいたが現実として知ってしまった。
知ってしまった以上は無視をして過ごす事など出来ない。
奴隷制度……絶対に潰してやる。
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