俺が魔王に転生して二日弱。
問題が発生した。
今更ながら俺はいろんなことに興味がなかった。
大雑把に世界については聞いた。
だがそれ以外のことに目を向けていなかった。
もっと身近なところに目を向けるべきだった。
猛烈に反省した。
突然死んだショックがあったのかもしれない。
突然の転生に戸惑ったのかもしれない。
なんでも設定のこの世界に戸惑っているのも事実だ。
すぐに元の世界に戻るとタカを括っていたのもある。
にしても興味がなさ過ぎたのは間違いない。
揺るぎない真実だ。
実際にこの二日間、まったく不自由しなかった。
それがいけなかった。
知らないうちに環境に甘えていたのだ。
もっと身近な所に目を向けなければいけなかった。
それに気づいた。
気がついてしまえば、改善が必要であると思ったわけだ。
なんでこんなことを考えているのか?って。
衝撃の事実が発覚したからだ。
衝撃だ!
なんと、
俺には名前がない!
名前がないのだ。
作者、もとい、神が名前を付け忘れていたわけではない。
おそらく原因は魔族の習慣にある。
魔族には名前がないのだ。
悪魔リーダーにも確認はした。
きちんと確認した。
魔族には名前がない。
かわりといっても変だが種族名しかない。
俺、魔王(正確にはマスターらしい)。
悪魔リーダーはマスターデーモン。
その配下はデーモンロード。
さらにその配下はアークデーモン。
勇者に惨殺された狼はデーモンウルフ。
など。
でも個体名という概念はない。
何体いてもアークデーモンはアークデーモンなのだ。
アークデーモンA、アークデーモンB、アークデーモンCとかもない。
デーモンならデーモンなのだ。
前世でいうなら、おい日本人みたいなことか?
東京都民、福岡県人、京都府民、北海道民、みたいなことか?
魔族は同じ種族が何体いても何故だが個別に意思の疎通が出来てしまうのだ。
だから誰が誰になにを言っているのか理解出来てしまうのだ。
そんな文化、能力がいけなかったのだろう。
個体名がない!
なんでこんなことを考えているかというと、全てはあいつが悪い。
そう、この騒動の原因は一切合切あいつ、『セレネ』が悪いのだ。
朝になり玉座の間へと現れた勇者。
「おはようございます。昨日はごちそうさまでした。初めてお腹いっぱいになれて幸せでした。部屋もありがとうございます。」
「はいはい、おはよう」
朝のテンションとは思えないほどの満面の笑顔とハイテンションで感謝を言われた。
「食べすぎたせいですかねぇ、まだ少し身体が重いんですよねぇ」
「ゆっくり休めたか?」
「はい、後は朝食を食べたら完璧です」
「おい勇者、昨日の今日でまた食べるつもりか?」
「当たり前じゃないですか、昨日は昨日、今日は今日ですよ」
「はぁ、わかった食事をしてくるといい」
「わぁーい、ありがとうございます!」
昨日はあんなにヘバッていたのにどんだけ元気なんだ。
食堂へスキップで行こうとしていた勇者が突然立ち止まり、振り返って、爆弾を落としてきた。
「そういえば私のこと、『おい』とか、『おまえ』とか、『勇者、勇者』呼びますけど、私にはちゃんと『セレネ・クヴァリル』って名前があるんです。セレネって呼んでください」
呼ばん、そもそも呼び名などどうでもいいだろ。
「そういえば魔王の名前はなんていうんですか?」
うん?俺の名前?
あッ?
あーーーー!!!
オレナマエナクナイ?
「朝から煩いぞ勇者!早く食事をしてこい!早く行かないなら食事抜きにするぞ!」
慌てた俺は早口でまくしたててその場を有耶無耶にした。
「えっ、食事抜きはダメです!食事にいってきまーす。後、私の名前はセレネですからねー」
そう言い残して勇者は食堂へ走っていった。
と、まぁー、こんなやりとりがあったわけだ。
とんでもない爆弾落としていきやがった。
名前なんて気にもしてなかった。
別に今でも気にははならないし、いらない。
名前なんてなくても意思の疎通が出来るならまったく困らないからな。
だが、名前が『ある』のと『ない』のとでは全然意味が違う。
名前は『ある』が名乗らない。
これは格好いい。
あえて名乗らないのだ。
名前が『ない』から名乗れない。
これはダメだ。
だって名乗る名前がないんだもん。
悪魔リーダーに俺の名前を尋ねてみたが、返ってきた答えは、
「魔王様は魔王様です」
そだねー。な回答だった。
ってわけで名前を考えることにした。
自分でつけるのもどうかと思ったので悪魔リーダーに頼んだら、
「私が魔王様のお名前を?恐れ多くもそのような蛮行は出来ません。不可能でございます」
と凄まじい勢いで完全に拒否された。
なんで自分でつける以外にないからしょうがないのだ。
そんなこんなで名前を考えることにしたのだが、好きにつけていいとなると全く浮かばない。
恐ろしいほど浮かばない。
自由を望みながらも自由をあたえると途端に動けなくなる指示待ち社畜代表のブラック企業勤めの日本人ぐらい考えが浮かばない。
まぁ今は魔王なんだけど。
だが、人の名前はすぐに思いついた。
思いついたので悪魔リーダーに『ディアブロ』の名をあたえた。
そんな彼は先程から歓喜に震え、涙を流し歓喜し、叫んでいる。
「こんな私が主から名を受け賜るとはぁぁー、感謝!感謝致します!主よ!我が主よ!この命尽きようとこの身が灰になろうとも何度でも蘇り貴方様に従います。このディアブロの全てを捧げます!」
正直うるさい。
そういえば、名前を考えようと思って前世の記憶を思い出そうとした時にあることに気づいた。
自分の名前が思い出せなくなっているのだ。
行動の記憶はちゃんとある。
あるのだが自分も含め人の名前がすっぽり抜け落ちているのだ。
認識としては、自分、上司、部下、同僚、同期、友人、同級生、父、母なんて感じになっている。
人のことはちゃんと名前で呼んでいたし、自分も人からは名前で呼ばれていたはずだ。
ある日常の場面を思い出してもその中に名前だけがないのだ。
覚えている会話からも名前が消えていた。
固有名詞ではなく感覚で捉えている、感覚で話しているそんな感じに変わっていた。
今の今まで気づかなかった。
だから尚更困っている。
というのも前世の名前をパクれなくなったからだ。
なんかきっかけがあればと思ったのだが。
上手くいかない。
ちなみに魔王城があるこの大陸の名は、ディルナル。
いっそのことディルナルでいいじゃん。
と思って言ってみたら悪魔リーダー改めてディアブロからダメ出しがでた。
「こんな大陸如きの名を魔王様が名乗るなどありえません!」
パクリはダメとちょっと怒られた。
名字的な使い方ならギリ許されるそうだ。
前世の地球がアース。
このままは流石に。
アーサー。なんか違う。
アルス。
おっ、いーんじゃない?
アルス・ディルナル。
ぽいじゃん。
「今日から俺の名は『アルス・ディルナル』だ。呼び方はいままと同じで構わぬ」
「なんと素晴らしい日なのでしょう!これを記念して本日を『アルスの日』とし、本日から魔王城改めて『アルス城』といたしましょう!なんと素晴らしいのだぁ!」
「いやいやいや、そんな大事にしなくていい」
「かしこまりました。アルス様!」
「いや、だから急に呼び方変えなくていいからね」
「かしこまりました。アルス様!」
「何度も呼ぶな!恥ずいわ!」
またしてもディアブロにダメなスイッチが入ってしまったようだ。
「アルス様バンザーイ!アルス様バンザーイ!」
やはりダメだ、こうなったら諦めるしかない。
とりあえず今更ながら、俺の名が決まった。
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