街で偶然出会ったセレネの母親を連れて、城の食堂でこれまでの経緯を話している。
さすがはセレネの母親なだけある。
なかなかの強者だ。もちろん違った意味でだ。
「お母様、いい加減にしてください。私の結婚の話はどうなったのですか?お母様のお引っ越しのお話になっています」
「黙りなさいセレネ!もはやあなたの結婚なんてどうでもいいのです!私も一人の女です。女に生まれたなら一度は城に住みたいと思うものです。今ここに子供の頃からの憧れを叶えられる場所があるのです。それを望むなにが悪いと言うのですか!」
さすが|元祖《ははおや》だ。めちゃめちゃ正論っぽく、見事なまでに本音だけを貫いてきた。
「はあ?何言ってるんですか!私の結婚はどうでもいいんですか!」
「あなた達はもう結婚してしまったのです!認めるも認めないも、結婚しているのですよ!親である私に内緒で!内緒でですよ!それを認めろと言われても、認めざる得ないじゃありませんか。結婚しているのですから!そしてそれは全て過去のことです。過去のことなんてどうでもいいのです!それよりも大事なのは今後についてです。大事な未来のことです。あんな中途半端な領地の、中途半端な街で、死ぬまで暮らさないといけないのですか。それなら夢見ていた城での暮らしを選んでなにが悪いのですか」
お義母さんは欲望に一直線な人だった。
映画とかで見たわがまま貴族ってイメージそのものだ。
見事なまでに貴族。
「マイアさんのお気持ちはわかりました。この城の一階に客室として用意してある部屋があるのでそこでよろしければいつでもお使いください」
「ちょっとアルスまで!私の結婚の話し!」
「言質はとりましたよアルスくん。今更無しとは言わせませんよ」
「だから私の結婚の話しわ!」
「黙りなさいセレネ!」
「何なら今から部屋へご案内いたします。一度拝見されたほうがいいと思いますし、一緒に来ていただいても良いですか?」
「あら、お願いするわ」
「わ、私の結婚の、はなし……」
お前も来いと落ち込むセレネに合図して三人で一階のエントランスホールへと移動した。
「マイアさん、こちらの通路沿いにある部屋は全て客室としての空き部屋になっていますので、住まわれるならお好きなところを選んでください」
お義母さんはキャー、ステキーとか言いながら走って行った。
なんて疲れる母娘なんだろう。
「アルスごめんね」
「別にセレネが悪い訳ではないし、謝ることではない」
「でもありがと」
お礼を言われる意味もわからんがな。
「何よここ!お風呂、お風呂が凄いわ!お風呂から近いここの部屋が良いわね」
マイヤさん、部屋を見に行ったと思いきや真っ先に向かったのは露天風呂だったらしい。
そしてそこに一番近い部屋を希望のようだ。
そこは男性フロアだったような気がする。
俺が決めたわけではないが問題ないのか?
マイアさんだけじゃなくてクヴァリル侯爵も住むんだから男性フロアか。
まあ他に誰も使わんからどうでもいいっちゃどうでもいいのか。
「確認なのですが住まわれるのはクヴァリル侯爵とマイアさんのお二人で宜しいでしょうか?部屋の広さや家具などあらかじめ言っていただければ住まわれるまでに変更いたしますので」
「うちの使用人も呼んでいいのかしら?」
「もちろんかまいません。何人ほどにお連れになりますか?」
「私達のお抱えだけだから十人ほどかしら」
案外多いな。使用人の部屋を考えると少し狭いのかもしれない。
「これだけの広さがあれば充分よ」
いや足りないな。拡げておこう。
多分だがお義母さんは使用人のことなど考えていないような気がする。
いや絶対に考えていない。
俺は労働基環境にはうるさいのだ。
ブラック企業クソ喰らえ!
使用人にも快適な空間を与える。
きっちり三食美味い飯も食わせる。
場合によっては、おやつも夜食も出す。
「住まわれるまでにもう少し細かいところも整えておきます。部屋はこちらで決まりでいいですね?」
「部屋はここで良いです。後はアルスくん好みでお願いしますわ」
「わかりました。それではマイアさん、クヴァリル家までお送りいたします。セレネはどうする?たまには実家でゆっくりするのも悪くないだろ?」
「そうなんだけど私、王国の騎士団に入隊してからは騎士団専用の寮で生活してたから家に行っても私の部屋がないと思うよー」
へえ。家を出て、一人で生活していたのか。以外だな。
「何を言っているのですか。仮にもクヴァリル家は侯爵家ですよ。あなたが泊まる部屋ぐらいは直ぐにでも用意出来ます。用意は出来ますが帰ってくる必要はありません」
「えっ、私は家に帰ったらダメなんですか」
「ここで生活すると決めた以上はここで生活しなさい。結婚式の前日ぐらいなら帰ってくるのを許可します」
「えっー、普通結婚式を挙げるまでは家にいろって言うんじゃないんですかあー?」
「黙りなさいセレネ。あなたは既に結婚しているのです。ここが貴方の新しい家になったのでしょう?だったら実家に帰ってくる必要なんてありません。ではアルスくんお願い出来るかしら」
俺はマイアさんの脳内にある屋敷の位置を魔術で読みとり、直接マイアさんをクヴァリル家の屋敷の門へと連れて転移した。
「それでは後日改めてご挨拶に伺わせていただきます」
「ふふふ、楽しみにしてるわね。それと今日はありがとアルスくん。とても楽しかったわ」
「こちらこそ、喜んで頂けたようで安心しました。セレネの件に関しては大変ご心配をおかけしました」
「いいのよ。あの娘の楽しそうな姿なんて何年ぶりかしら。親としては娘が幸せならそれでいいのよ。お金持ちなら尚の事ね」
さすが侯爵家夫人。しっかりなされている。
「パーティー楽しみにしてるわ」
「その前に挨拶が先ですが。後、こちらはお土産になります。我が城で作った物になります。よろしければクヴァリル侯爵と召し上がってください。驚くほど美味しいと思います」
「ふふっ、ありがと。アルスくんはいろいろなところにまで気が回るのね。さすがは生まれ変わりってとこかしら?」
「いえ、城の中になかなか頭の回るうるさい執事がいるものでして」
「あら口もお上手ね。食堂からお部屋に移動する前に、アルスくんが執事に指示を出していたのは気づいていたわよ」
さすが侯爵夫人。本当によく見てらっしゃる。
「ではまた後日、挨拶に伺います」
「はーい、アルスくんも気をつけてね。お別れにキスぐらいならサービスするわよ、ふふふ」
「冗談は程々にしてください」
「あら、こうみえて私、結構本気なんだけど」
「尚更困ります」
本当に母娘って怖いぐらい似るな。
要所要所にセレネが現れる。
違うこっちが|元祖《オリジナル》だった。
「申し訳ないのですが、本日はこれで失礼いたします」
「あら、本当に残念だわ。ではまた後日ね。楽しみに待たせてもらいますわ」
俺はマイアさんへ、一礼すると転移で城へと戻った。
「おかえりなさいませアルス様」
「いろいろと助かった。ディアブロ」
「ありがとうございます。街でアルス様がマイア様と出会われたので急遽準備致しました」
こいつは俺の全てを見ているから怖すぎる。
そして俺の行動パターンをよく知っている。
「セレネはズタボロだったと思ったがよく間に合ったな」
「はい、すぐに訓練を中止させ、セレネ様の傷は回復用のポーションを使用し、その後、浴室へと向かってもらいました」
「で、そのセレネは?」
「食堂でございます」
あーね。
いつものように別の|戦い《ファイト》をしているのか。
「もう夜だしセレネの食事が終わったらそのまま寝るように言っといてくれ。朝からはまた訓練の続きをやらせろ」
「かしこまりました」
俺はどうしようかなぁー。
暇なはずなのに、何故かイベントが多すぎて疲れた。
結局その日はダラダラと風呂に入ってからゆっくりと寝た。
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