俺達は精霊大陸に続き、秋津島とも奴隷制度の撤廃を約束させた後、人族大陸の王国へと来ていた。
とはいえ、今回もかなり離れた場所から街を眺めていた。
「凄く大きな街ですねー、パパ」
「そうだな。今まで見た所とは住んでいる人の数が違うからな」
「はぁー、懐かしいです」
そう、ここはセレネの故郷である国だ。
敢えて此処を選んだのはセレネの名が多少なりとはいえ使えるかもしれないと思ったからだ。
何の関係もない残り二ヶ国よりは、ましな気がしないでもない。
「さぁーてと行くとするぞ」
いきなり王の所まで強行突破してもいいのだが、まずはちゃんと話し合いをしてからだろうな。
俺は城の正門近くへと転移した。
正門へと繋がる通りにいた兵士に、王に会いに勇者が来たと伝言を頼んだ。
しばらく待つと兵士達のリーダーと思わしき人物がやってきた。
「セ、セレネ様。よくお戻りになられました。申し訳ないのですがしばらくお待ちください」
リーダーらしき人はそのまま城へと慌てて走っていった。
更に待たされたが、丁寧に城の中へと招かれた。
そのまま城の中を歩き玉座の間まで通された。
「おお、勇者セレネよ。よくぞ無事に戻ってきた」
「大変ご迷惑をお掛けしました、シルヴァ王。この通り、私、セレネは無事にございます」
……セレネがちゃんと対応している。
……マジか。
「それは良い。それよりこれまで何処へ行っておった。経緯を話してくれぬか」
「はい、ラストール山脈沿いの村に出現した活性化した魔物の群れを討伐した後、魔族に攫われ魔王城へと連れて行かれました」
「な、魔王城だと?」
「はい、今はそこで生活をしております」
「ま、待て。勇者よ。何を言っておるのだ?」
間違ってはないがそれだけ聞くとテンパる王の気持ちもわからんでもない。
「申し上げた通り、魔族に連れ去られ現在私は魔王城で生活をしております」
「貴様、勇者でありながら悪魔に魂を売ったのか?」
「失礼ながら売るも何も残念ながら勇者の魂は殺されました。伝説と云われる聖剣も折られました。魔王と出逢って直ぐにです」
一応、心の中で訂正しておくが、勇者の魂なんて殺してないし、聖剣も折っていない。あれは剣が勝手に折れただけだ。
「な、なんと?勇者が死んで……伝説の……神の祝福を得た……オリハルコンで出来きている聖剣が……折られた……」
話しが訳のわからん方向に向かっとる気がするんだが、気のせいか?
「で、では、勇者ではないなら、お、お主は何者なんだ?」
「私はただの一人の女、セレネでごさいます。今は魔王の妻をしております」
「……魔王の妻?」
凄いな、一国の王をポカーンっとさせとるぞ。
「はい、魔王を殺すために日々己を高めている所でございます」
「い、言っている意味がわからんのだが。ゆ、勇者が魔王の妻、魔王を殺すため、とは……」
「言葉の通りです。愛する魔王を殺すために日々尽力しております」
「なぜだ、なぜ愛する夫を殺そうとする?」
「それが私の愛する魔王の望みだからです。その望みを叶えるためなら、それこそ悪魔にも魂を売りましょう」
「……それでは何故この国へと戻って来た」
「魔王の望みを叶えるためにございます」
「その望みとはなんだ」
「奴隷制度の撤廃と奴隷の開放、奴隷の生活と安全の保証をお願いしに参りました」
「それは出来ん話しだ。奴隷は労働力だ。奴隷がいなくなればこの国は滅びてしまう。いくらそなたの頼みとて聞く事は出来ん」
「それをお願いしに来たのです。既に精霊大陸にあるアルフヘイム国、黄金の国と呼ばれる島国の秋津島とは誓約を結びました」
「なんだと精霊大陸アルフヘイムだと」
「そして何もこのウルティア王国だけで終えるつもりはありません。この国の後はウルド王国、ウルヘイド帝国にも同じように誓約をお願いしに行きます。そして世界各国にもです」
「馬鹿な。そんなことできるわけがない」
「それが出来るから『魔王』なんですよ」
「話しはわかったが、はいそうですかとその話しを信じる事は出来ん、アルフヘイムや秋津島が誓約したという証拠もないだろう」
「これで良いか?」
俺は二枚の紙を提示した。
魔術を使って再現した誓約書だ。
セレネがその紙を持って王へと見せに行った。
「こ、これは、ま、間違いないようだな」
何度も何度も紙を見比べ内容の確認をしていた。
「勇者とその一行よ。いくらこれが本物であったとしても簡単には決めれない問題なのだ。既に奴隷として扱っている場合の対応、商人が抱えている奴隷の対応、それ以外にも捨てられた奴隷の対応など数えれば切がないのだ」
「こうやって話している間にも死にゆく奴隷がいます。決断が早ければ早い方が良いのは間違いありません。救われる命が多くなる。それは忘れないでください。ですが今決めろと言っている訳でもありません。魔大陸ディルナルとしてはどんな協力も惜しみません。商人の売上の確保と言うのであれば魔族が狩った魔獣の卸業者として優先しましょう。今後の事を考えているのは私達も同じです。その上でご判断を願いたいのです」
「魔王と勇者が手を組んだ、か。ははは、力でねじ伏せる事も出来よう。何故にそうせぬ。そのほうが早いし楽であろう」
「あなた方とは違うという事です。力でねじ伏せるのではなく、話し合いで決めたい、これが魔王の願いです」
なんとなく感動した。
まともに話すセレネ。
ちゃんと聞き受ける王。
チープなやり取りなんだが一生懸命さは伝わってきた。
「わかった。今は答えを出せぬが前向きに検討しよう。奴隷を扱う商人とも魔物の素材を卸す方向で交渉してみよう。今日のところはそれでいいかな」
「ありがとうございます、シルヴァ王。返答は後日に改めてさせて頂きます。それで宜しいですよね」
「わかった。今日会議を開く事にしよう。ところでそなたが連れている者達は何者だ?使用人、というわけではなさそうだが」
「私の夫の魔王と娘のエマです」
王へとウインクするセレネとドヤ顔するエマ。
「ま、魔王?」
「申し遅れました。紹介に預かりました魔大陸ディルナル国国王、魔王アルス・ディルナルと申します。以後お見知りおきを」
「魔王と勇者の娘、エマなの!」
エマさんや、凄い肩書きだけど娘ではないからな。
アホなセレネがそう紹介するのはともかくエマさんはこういう場ではやめなさい。
「う、ウルティア国国王シルヴァ・ウルティアです。本物の魔王と……娘?」
「ははは、この娘は成り行きで他のヤツの奴隷になっていた娘を買っただけだ。本当の娘ではない」
「それで奴隷の開放を?」
「違うと言えば嘘になるな。お前は恐怖に震えながら眠った事はあるか?」
「なるほど、その恐怖を取り除く為、ということですか。お考えは理解しました。ですが我々が聞いていた魔王の話しとはずいぶんと違いがあるようですが」
「俺が魔王であることに間違いはない。証明も出来ないがな。信じる信じないはそちらの自由だ」
「いえ、貴方が魔王である事は疑っておりません。今まで我らが聞いていた話しが違い過ぎるな、と」
「ちなみにどんな話しだったのだ?」
「角がはえた牛のバケモノであり蝙蝠の羽をはやした悪魔であると。性格は冷酷で残虐。世界を我が物にするために存在していると」
「ははは、確かに配下にそんなのがいるな。その話しは間違いないぞ。それが元魔王だ。現在は俺の執事だがな」
「そ、そうなのです、か?」
「一つ訂正をするなら、魔族は世界征服や世界の破壊なんぞに興味はないぞ。現にこれまで魔族が攻めて来たことはあるか?」
「い、いえ、ございません……」
「だろ。奴隷制度の撤廃を約束するなら、こちらは不可侵条約を結んでやろう。お互い平穏に過せるのが一番だろ」
「本当にお約束して頂けるのでしたら」
「ひとまず話はそれだけだ。シルヴァ王よ、良い返事を期待しているぞ。行くぞ」
「「はーい」」
俺は二人を連れて次の国へと転移した。
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