魔王城の食堂。
目の前には今までに見てきたどんな高級な食堂よりも豪華な造りの大きな食堂。綺麗で真っ白な長いテーブル。細部まで造り込まれている椅子。足が浮いていると錯覚するぐらいフワフワな絨毯。
王宮よりも上質な空間だった。
そんな部屋のテーブルの上に置かれている料理の数々。
出来たてなのだろう。
湯気を上げる料理の数々。
やっとありつけた久しぶりの温かい食事だった。
私の理性はどこかへ消え去った。
産まれて初めて周りの目もマナーもなにもかも一切を気にせず食べた食事。
私が食べたいように食べると必ず怒られた。
音をたてるな、こぼすな、汚すな、道具を使え、左で持つな、右を使え、ホークは左でナイフは右。
周りにいた執事やメイド、教育係から毎日怒られた。
なにも考えず、なにも気にせず、わたしの使いやすい左手を使って好きに食べ物を食べた。
幸せな、本当に幸せな時間だった。
いままで出された量だけを食べてきた。
貴族らしく食べる。足りなくても文句を言ってはいけないと教えられてきた。
産まれて初めてお腹いっぱいになれるまで、満足がいくまで食べれると思っていた。
それを!
それをあの男は途中で遮った!
わたしの食事を遮ったのだ!
挙げ句の果てに何処だか全くわからないところに捨てられた。
「あいつ、あいつだけは絶対許さない!絶対許さない!」
私は復讐に燃えていた。
生きて帰って、絶対にあいつに(勝負どころか傷一つつけられない相手だけど)嫌がらせの一つぐらいは絶対にしてやる。
そして、約束通りにお腹いっぱいになるまでご飯を食べる!
目標も新たに今の状況をどう脱出するか考えていた。
今、私は魔物の集団に気づかれないように身を隠れていた。
というのも、
捨てられた場所は魔物の群生地だった。
千はくだらない。
これでもかってぐらい魔物の溢れる中心地。
そこにいきなり捨てられた。
助けた村を襲っていた魔物は小型の狼(ランク2)だった。
しかし周囲を取り囲む狼はそれより明らかに大きな体をした狼達(ランク4)。
まともに戦うと危ない。
数の暴力にやられる。
今までの経験がこの状況に警鐘を鳴らす。
私は危機を脱する方法を瞬時に決める。
魔物の数が少ない所を狙って、一気に蹴散らしてこの状況を脱する。
足を踏み出そうとした瞬間、違和感に気づく。
聖剣がない。
鎧は着込んでいたが、武器がない。
自分が青ざめていくのを感じると同時に狼の群れは一斉に襲いかかってきた。
咄嗟に自分に白い雷を落とした。
身につけている鎧は電気系統の攻撃を完全に無効化する。
自分にダメージがないのを知っているからこそ出来る強行手段。
魔力の大半を消費してしまう大技の雷を使った。
私を襲おうと向かってきた狼たちは一瞬で黒ずみになる。
と同時に魔物の数が一番少ない箇所へ一気に走った。
「私のご飯の邪魔をするなぁー」
渾身の左ストレートを繰り出し、狼たちを蹴散らす。
私は産まれてから一度たりとも人も動物も物すらも叩いたことなどない。
初めての魔物を殴ったのだが自分でも驚くほどのなかなかの威力を発揮したのだった。
これならいけると魔物を殴りまくって道を作った。
そうやって出来た道をひたすら走った。
死ぬほど走った。
だが、狼たちが追いかけてくる。
壮絶な鬼ごっこが繰り広げられた。
かなりの時間走りながらなんとか狼たちを巻いて木の影で身体を休めていた。
だが、魔物は鼻がきく。
恐らくまたすぐに気づかれる。
そうなるとまた壮絶な鬼ごっこが始まってしまう。
なんとかしなければいけない。
せめて聖剣があれば。
弱い自分の心が勇者とともにあった聖剣を求める。
また聖剣を手にして勇者にもどりたいのか?
ふと、私は頭をよぎった甘い言葉に頭をふる。
聖剣はいらない。
私は私の力で生き残る。
そう、決意する。
ワァオォォーーー!
狼の群れに見つかった。
「いやぁぁーー!」
再び壮絶な鬼ごっこの鐘(ゴング)が鳴る。
こんなやりとりを何度繰り返しただろう。
いろんな汁でグチャグチャになった身なりも気にせず、生きる道を探す。
どうにかしてこの状況を脱しないと。
使える武器はない。
雷の魔術はさっき使った。
この身体一つで生きる道を探すしかない。
そんな状況でこれまでにない感覚に襲われる。
生き残るための道が見えるのだ。
危なくない安全な道が。
極限の状態になったために身についた能力。
「絶対生き残って甘い飲み物まで飲むんですからねぇーー」
再び少女は走り出す。
新しく身についた能力に気づかないまま。
ひたすら走る。
どれくらい逃げ続けただろう。
ふと嫌な気配がした。
後ろ!違う上空?!
確認する間もなく私は爆風で吹き飛ばされた。
吹き飛ばされた身体を無理やり立て直し周りを確認する。
後ろから追いかけて来ていた狼たちも見事に吹き飛ばされていた。
上空には魔王の姿。
あいつだ!あいつがやったのだ!
くそ!なんなんだ!どれほど私に恨みがあると言うのだ!
私があいつに何をしたというのだ!
ふと目をやると地面に剣が突き立っていた。
これを届けてくれたのか。
なぜか理由はわからなかったが嬉しかった。
剣に手をかけ喜んだ。
けど、抜けなかった!
本当にあいつは最悪だ。喜ばせるだけ喜ばせてからの嫌がらせ。
私に武器を渡す気はなかったのだろう。
考えても仕方ない。
私は再び追いかけてくる狼達の群れから逃げた。
ひたすらに逃げた。
逃げ続けていると再び爆撃に襲われた。
二度目ということもありさっきよりは早く立ち上がれた。
あいつの居場所も予想通りだった。
いきなり上空から爆撃なんて何を考えているのだろう。二回目だ。二回目。
そういえばと思い、ふと、爆心地へと目を向けた。
キレイな剣だった。
さっきのようにまた抜けないのではないかと思いながらキレイな剣の柄に手をかけた。
今度は抜けた。
そして見た瞬間心奪われた。
私が今まで使っていた聖剣は重さを感じないようになっていた。
聖剣は剣なのに箸より軽いのだ。
そして斬ったときの反動や手応えも感じないようになっていた。
聖剣は特別だった。
私は聖剣以外の武器は持てない程に非力だ。
訓練のときにはいろんな武器を持たされた。
だがどの武器も重かった。
鉄の剣どころか木剣すらまともに振れない。
私は聖剣以外振れない女になっていた。
たまたま聖剣が持てたから勇者にされた。
自分が特別なわけでも強いわけでもない。
この透明な剣は私がいままで振るったことのあるどの剣よりも軽かった。
力を込めなくても持てる程よい重さ。
それでいて力を込めたときの剣先の反応の早さ。
初めて自分の力で扱える剣だった。
気づいたときには魔物の群れを蹂躙していた。
初めて魔物を斬った手応えを感じた。
見事なまでの斬れ味だった。
その切れ味に驚いた。
そしてその切れ味に酔いしれた。
初めて自分の手で、自分の力で魔物の群れを倒した。
手に残る感触がある。
まだやれると剣が応えてくれる。
私の限界はここではないと言われている気がした。
気づくと魔王が迎えにきてくれていた。
魔王の顔を見た瞬間、いろんな感情が爆発した。
何も考えずに心のまま文句を言い放った。
文句を言っていたら何故か急に感謝の気持ちが強くなった。
素直に剣のお礼をしよう、と思った矢先、首根っこを掴まれ、魔王の城に連れて行かれた。
そしてすぐさま、鎧を着たまま湯船にほたり込まれた。
私は溺れた。
「まさかこんな立派なお風呂があるとはねぇー」
待望のお風呂。
貸し切り状態だったこともあり広い湯船に使ったまま鎧を外し、濡れて肌にまとわりついた服も脱いだ。
純和風のとてつもなく広い露天風呂だった。
開放感抜群。
日の落ちた夜景にライトアップされた遠くの山々も綺麗だった。
いつ以来だろう?
活性化された魔物の討伐に招集される前に入って以来の待望のお風呂だ。
先程まで狼との鬼ごっこでいろんな汁にまみれた身体も念入りに洗って綺麗になった。
ベタベタの髪の毛も綺麗になった。
身体を洗いお風呂に浸かる。
こんなことを何度も繰り返した。
このあと、ひょっとしたら魔王と一緒に夜を過ごすことになるかもしれない。
「よし、もう一回身体洗っとこう!」
年頃の女の子のお風呂は長いのだ。
念入りに身体を洗った、お風呂上がりのケアも怠らない。
幼い頃は当たり前のようにしていた体のケア。
勇者として選ばれてからは身体のケアなどとは無縁の生活となった。
そんなこと気にもしなくなった。
だが準備されていた道具の数々をみて思わず手に取ってしまった。
「ふんふんふーん。」
いろんな道具を恐る恐る試しに使ってみた。
久しぶりに扱う道具に、いい香りのする道具に酔いしれた。
「よし、完璧。肌すべすべだ。髪もさらさら」
一通りのケアを終えて満足しているとあることに気づいた。
「あっ着替えがない」
さっきまで着ていた服はボロボロに汚れているし、折角綺麗にしたのに鎧なんか着たくない。
ふと気づくと、横に置いてある籠が目についた。
籠に入ってあるのは新品の肌着や純白で薄い生地のドレスだった。
「これは着ていいってことだよね?」
他に着る服はない。
この際だ、厚かましくいこうと服を着た。
肌着もドレスも自分のサイズピッタリに調整がされていた。
鏡に写った純白の、シンプルなデザインのドレス姿の自分を見て自分ではなくなったかのような気分になった。
「これがわたし?似合ってんじゃん」
鏡の前で無駄に何度も回った。
鏡に写る自分に酔いしれた。
凄く気分がいい。
なんて素敵な環境なのだろう。
まるでお姫様にでもなったような気分だった。
お風呂を出ると背の低い可愛いメイドの子が待っていてくれて、次の場所へと案内してくれた。
「食事の準備が整っております」
案内された食堂の長いテーブルの上には、先日以上の量の料理がところ狭しと並んでいた。
「美味しそう」
案内してくれたメイドが『おかわりもございます。ご自由にお食べください』と言ってくれた。
あそこに並んでいる料理。
全部が私の?私が食べていいの?
私の中で理性が飛んだ。
この料理全部私のだ。
好きに食べていいんだ。
夢中で食べた。
好きな物を好きなように好きなだけ。
途中で、いつの間にかテーブルの反対にいた魔王に気づいた。
相変わらず無愛想なそれでいて無表情な顔で私のことを見ている。
だがいまはそれどころではない。
いまの私は目の前の食事に夢中だ。
も、もう無理。食べれない。
心ゆくまで無心に食べた。
こ、これがお腹いっぱいってやつなの?
もういらないってぐらい食べた。
なんて幸せなんだろう。
我慢してきた、我慢が当たり前だと思ってきた今までは何だったのだろう。
なんで今までちゃんと食べてこなかったのだろう。
こんな幸せなことがあるなんて知りもしなかった。
よし!
「デザートください」
「まだ食べるんかい!」
魔王から心無いツッコミが入った。
デリカシーのない人の意見なんて無視だ。
食べたらデザート!
デザートは別腹、女子の基本でしょ。
用意された数種類のデザートを全種類何回もおかわりをした。
その後出された甘いドリンクも何度もおかわりしながらゆったりと飲んだ。
食べすぎたせいか少し身体が重たいけど幸せすぎる。
こんな生活がずっと続けばいいのにと夢見てしまう。
夢心地のまま食事を終えた私は、メイドに案内され豪華な寝室に行った。
装飾の綺麗な家具に囲まれた綺麗な部屋。
そこにある一際大きなベッドはふかふかだった。
王様の城に呼ばれたときに用意された客室の物とは比べ物にならない極上の柔らかさのベッド。
お腹いっぱいになった私は何も考えられず柔らかなベッドへ身体を預けた。
何もかもを嫌なことを忘れさせてくれるような極上な空間に包まれて私は目を閉じた。
私は幸せに包まれて眠りについたのだ。
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